七海さんはオトしたい
「はい、秋斗くんあーん」
「あ、あ……ん」
「おいしい?」
「お、おいしいよ」
「えへへー」
ここはお昼休みの屋上。
一緒にいるのは七海雫さん、同級生。
七海さんがどんな人か。
ものすごく簡単に言うと絶世の美女で天才。
廊下を歩けば男子の視線を根こそぎかっさらい、テストをすればオール満点。
今まで告白された回数は数知れず。
誰にでも分け隔てなく優しい天使のような性格をもち、頼れるリーダーシップの持ち主。
そして、お嬢様である。
なにも不自由なところがない完璧超人なのだ。
そんな人と何をしていたかというと冒頭のセリフを読めばわかると思う。
「はい、卵焼きも」
「え、いやもう大丈夫だ……よ? お腹いっぱいだし」
「そ、そんな……やっぱり美味しくなかったんだね……」
「違う違う! おかずはめちゃくちゃうまいよ! その貴重なおかずを俺なんかが食べてしまうのはもったいないかなって……」
「いいのいいの! 秋斗くんのために作ってきたんだから! はいあ〜ん」
その後もあ〜んをされ続け、最後まで七海さんの作ってきたお弁当を完食した。
さて、俺の七海さんの関係だが……ただの友達だよ。
少なくとも俺はそう思っているけどね……。
なぜここまで親密になったのか少し時を遡ろうか。
* * *
つい昨日の出来事。
俺は学校に到着し昇降口にある自分の下駄箱を開ける。
開けた瞬間、一枚の紙が下に落ちるのが視界に入った。
なんだろうっと思って手に取ると、
「うわマジか、このご時世に下駄箱ラブレターかよ。ま、どうせイタズラでしょうけど」
そんな事を思っていたのだが、いきなりクシャクシャにして捨てるのもと思い、そのままバッグにしまった。
「よ、読むだけだったらいいよな」
休み時間にでも読もう。他の人にはバレないように。
そして朝のホームルームが終わったあとの休み時間、バッグの中から先程のラブレターこっそり開いて読む。
『榊 秋斗様
突然の手紙、お許しください。
私は2年A組の七海雫と申します。
少しお話したいことがありますので放課後、体育館裏までお越しください。
2年A組 七海雫』
うわ……マジもんだこれ。
筆跡を見るからに女性が書いた文字で間違いない。
誰かが七海さんの名前を使ってイタズラで書くなんて事はしないだろうからな。
果たしてこれは行くべきなのだろうか。
これを真に受けて実際に行ったとして本当にイタズラだったときの恥ずかしさが半端ない。
しかも相手も相手だ、そのへんの女子だったらまだ良かったかもしれんが、学校のアイドル七海さんとなると話は別だ。
いや待てよ? これが告白だとは言い切れないじゃないか。
RINE交換しようとかかもしれんぞ。
危ない危ない、危うく勘違い自意識過剰野郎になるとこだった。
「まあいいか、行くだけ行って何もなかったらそれはそれでいいや」
吹っ切れた思いで、この手紙を信用した。
そして放課後――
手紙に書いてあった通りに体育館裏へ向かう。
今思えば『体育館裏』というのもかなりベタだと思う。
人目のないところって言ったらそこになるのはしょうがないのかもしれないが、まあベタベタだな。
一応、身を隠して確認しよう。
これをするためあえて遅めに来た。
壁に背中を押し当て、バンダナを巻いた蛇の如くそ〜っと顔をだす。
「マジだ……」
覗いた先には後ろに手を組んでぼんやり木を眺めている七海さんの姿が。
これは行かないとまずいな。
幸いに周辺には人がいない、行くなら今だ。
ただ、足が動かない。
くそこんな事で怖気付いてるなんて情けねぇ。
「なんだ、来てたんですね」
「どわああああ!!」
角からヒョイっと顔を出して声をかけてきた。
予想してなかったのでめちゃくちゃ驚いた。
「遅いので帰ったのかと思いました」
「ああ、ごめん。いると思わなくて」
「フフ、ここに呼んだという事はもうお分かりですよね?」
「え、えっと……」
どうしよう。
高らかに『もっちろん! 告白だよね!』なんて言えるわけないし。
わからないフリをするのもどこかモヤモヤする。
こうなったら……。
「ふりふりとQRコードどっち派?」
「な、なんの話でしょうか?」
「いいからいいから。どっち?」
「QRコードで……すかね?」
「はい! 読み取って!」
「え、ええ」
七海さんは訳もわかっていない中、俺の言う通りにQRコードを読み取る。
「呼んだのってこれのためだよね」
「これも含まれていますが、1番の目的は違います」
あれ? マジで?
「最近の男性というのは本当に鈍いんですね」
そんな事言われたらもう残る選択肢が告白しか残ってないじゃん。
いやでもあの七海さんが俺なんかに告白してくるのを考えたら、ありえないな。
ないない。天動説と地動説がひっくり返るぐらいありえない。
「直接お声をかけようかと思いましたが、緊張してしまいあのような形になりました」
「あ、うん……」
「私の話聞いてくれますか?」
コクリとうなずき、固唾を飲み込む。
来るのか来るのか。
いやもう七海さんめっちゃ恥ずかしそうにしてんじゃん。
目も合わせてくれないじゃん。
「ま、ままままままま前かららららら」
ん?
「すすすすすすすすすすすすすききききききききききででっででっで」
「一旦深呼吸しようか?」
「そうですね。すぅーーーーーーーはぁーーーーー」
「落ち着いた?」
「そ、そうですねハァハァハァハァハァハァァハァ」
「次は過呼吸!」
「大丈夫です。今のは嘘です」
「嘘かよ!」
「思った通り、榊さんは優しいですね」
「いやいや目の前でそんな風になったら誰でも心配するよ」
「そうやって謙遜するところも素敵です」
「ええ……」
反応に困っていると、七海さんは俺の両手を持ってグッと握りしめる。
俺を見つめるその瞳は少し潤んでいてそれに吸い込まれるような、そんな魅力があった。
「……大好きです。だから私の彼氏になってくれませんか?」
耳を疑った。
あの七海さんが俺にそんな事言うはずないと。
だが、しっかりと聞き取れたその言葉に、俺は先ほどよりも反応に困った。
「え……っとそうなった理由を教えてもらえないかな?」
「あの日みたんです……榊さんが……」
俺七海さんの前で何かしたっけ?
いや何もしてねぇな。そもそも面と向かって話すのこれが初めてだし。
「廊下に落ちてるゴミを拾って、ちゃんと分別して捨てていたのを」
「え?」
「ちゃんとラベルを剥がし、誰も気にしないボトルのキャップまで外してゴミ箱に捨てていたのをみて、この人素敵だなって思いました」
「マジで言ってる?」
「はい」
「だとしたら好きになった理由めちゃくちゃ薄っぺらくない!?」
「そんな事ないです! 細かいところまできちんとする人は素敵です!」
「じゃあさ、それが俺じゃなくて他の人だったらその人を好きになってたの?」
「いいえ。それはありえません」
あ、意外と中身まで見てくれる人なのかな。
「榊さんの顔が私の好みドストライクなので、他の人を好きになるはずがありません」
「予想以上に面食いだった!」
俺そんなにイケメンじゃないんだけど。
中と下の間ぐらいの立ち位置だと思うが……。
「俺イケメンの部類じゃないと思うんだけど……」
「私からしたらイケメンですよ。見てるだけで濡れます」
「どこが!?」
「話はそれくらいにして、そろそろ返事の方をお聞きしたいのですが……」
どどどどどうしよう。
ぶっちゃけ女子に告白されるのも初めてだし、ましてや付き合うというのも初めてだし。
おい今『童貞』って言ったか?
「申し訳ないけど、七海さんの気持ちには応えられない」
「そうですか……」
ああ、この気まずい空気がめちゃくちゃ罪悪感を募らせる。
告白を振るってこんな気分になるんだな。
七海さんの告白を振ったっていう事がもしバレたら他の男子に殺されるかもしれん。
「じゃあ」
少し沈黙が続いた後、七海さんが話を切り出す。
「勝負、いや賭けをしましょう」
「賭け?」
「事実私は振られました。ですが振られたからと言って榊さんの事諦めたわけじゃありません」
「う、うん」
「そこで榊さんが私のことを好きになってもらうためあらゆる手を使って振り向かせます。そのルールとして榊さんには『拒否権』がありません」
「うん……え!? 拒否権なし!?」
「はい。見事榊さんを振り向かせる事ができたら私の『勝ち』で潔く彼氏になってもらいます」
「拒否権なしについて詳しく……」
「タイムリミットまでに振り向かせられなかったら私の『負け』です。榊さんの事も諦めます」
「って無視かい……そのタイムリミットはいつまで?」
「卒業までです」
「あと一年か」
「どうしますか?」
「わかった。賭けよう」
「ありがとうございます。では早速ですが」
「ん?」
「榊さんではなく、秋斗くんと呼びますね。敬語もやめます」
「そ、それは全然大丈夫だけど」
「私の事も雫と呼んで」
「わかった……し、雫」
「はい。ふふふ」
か、かわいい。
は! いかんいかん。この程度で振り向いちゃいかん。
「今好きになったよね!?」
「なってないなってない!」
「本当? いつ好きになってもいいんだよ?」
ニコっと笑顔になり俺の手を力強く握る。
タダでさえ美人の彼女がなんの曇りもなく眩しい笑顔を向けるなんて反則だと思う。
こんなのがあと一年も続くなんて正直耐えられるかわからない。
* * *
というのが発端である。
相変わらず拒否権が一切なく問答無用で雫の言うことを聞かなければいけない。
「私の手作り弁当食べて好きになった?」
「なったよ」
「え!? ホントに!?」
「お弁当をね」
「ぬぬぬぬ! 今のずるい! 減点!」
その減点になんの意味があるかわからんが。
「0点になるともれなく私の彼氏になります」
「なにその新ルール!? 」
「潔く彼氏になってくれればこんなめんどくさい事にならないのに」
「ルールの追加は雫の気分でしょそれ……」
「はい減点〜」
「なんでだよ!」
新たに減点法が追加されたこの『オトす作戦』通称『オト作』で俺はどんどんキツい思いをすることになる。
雫の猛攻はこのあともさらに続いた。
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