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第73話

「え、エリオット? このタイミングで寝てしまったの?」


 幼子のように無防備に眠りについてしまったエリオット。

 すーすーと寝息が聞こえ、熟睡していることが分かる。


「……叩き起こすか? アシュリーちゃん」


 拳を握りながらへらっと笑うアーノルドにストップをかける。


「被害者のエリオットに暴力を振るうなんて駄目ですわ。それに捕らえられていたエリオットより、そこら辺の事情をもっと詳しく知っているだろう方がここにいらっしゃるんだからそちらに聞きましょう。ねぇ、ルーナ様」


 突然わたしに声をかけられて驚いたルーナの肩がビクッと跳ね、可哀想なくらい震えながら「あの、その」を何度も繰り返す。

 怯えてわたしと視線を合わせることも出来ないようだ。


「アシュリー様、ルーナ様は今回の自分の行いをとても後悔しておりました。私やエリオットが逃げられたのはルーナ様が逃げる手助けをしてくれたからなのです」


 それは知っている。

 リリーと覆面の男が話していたから。

 レオノアはルーナを庇おうとしているようだが、「はい、そうですね。分かりました」で済む話じゃない。


「わたくしがルーナ様を断罪するつもりはありません。だからわたくしに釈明されても困ります」


 今回の事件は大きくなりすぎた。

 公爵家の子供が二人誘拐されただけじゃなく、王子であるバージル様は意識不明の状態だ。従来通りなら王族に手を出したら処刑は免れないし、下手をすれば一族郎党も連座の可能性だって有り得る。バージル様が王宮に運ばれた時点でことは大勢に露見しているだろうし、穏便に済ます策がわたしではもう思いつかない。

 一介の伯爵家の娘にはどうすることも出来ない話になってしまっている。


「……分かっています。自分の弱さのせいで、私はリリーの誘惑に乗ってしまいました。許されないことだと今なら分かりますが、あの時の私は冷静に考えることが出来ませんでした」


 リリーとルーナの馬車でのやり取りを思い出す。

 ルーナの婚約者のダミアンの名前を出し、ダミアンを取り返してあげると言っていた。一種の洗脳状態にルーナはなっていたのかもしれない。悩んで心が弱っているところに、リリーが上手く付け込んだのだろう。


「アシュリー様もご存知ですよね? こ、婚約者と私のことを」


 問われてこくりと頷く。

 学園のカフェテリアで囁かれていたルーナと婚約者と親友の三角関係の話のことだろう。


「私、こんな性格だから二人に何も言えず、他の人にも相談出来なくて勝手にどんどん苦しくなっていたんです。周りが全て敵に見えて生きているのが辛く感じていた時にリリーに声をかけられました。『貴女の気持ちよく分かるわ』と言って一緒に泣いてくれたんです」

「……そう、リリーが」

「それで、リリーが言ったんです。私のお願いを聞いてくれたらダミアンをあなたに取り返してあげるわって」



 私も貴女と同じような思いをしている。

 大好きな人を奪われた。一緒に取り返しましょう。彼等を救えるのは私達だけしかいないのよ。



「その甘い言葉に踊らされてしまいました。リリーは最初に誰も傷付けないって言っていたんです。私はそれを信じて行動してしまった」


「おめでたいヤツだな。そんな話を信じるなんて」


 アーノルドが吐き捨てるように言い、それに反応してルーナの肩がまた跳ねた。まだ文句を言いたそうなアーノルドに「やめてください」とお願いして二度目のストップをかける。


 他人の弱さをを愚かだと罵るのは簡単だ。


「……自分では何も考えず、リリーの言うことを聞くのが一番正しく間違いのないことだと思いたかったんです。アシュリー様、謝って許されることじゃないと分かっています。それでも謝らせて下さい……大変申し訳ございませんでした。何でもしますので家族だけは助けてもらえませんか?」


 深々と頭を下げ、そのまま床に崩れ落ちながら涙を流して謝罪をするルーナに何と声をかけてあげればいいか思いつかない。

 わたしだって泣いて助けてもらえるなら泣くよ。意識不明だというバージル様が心配で、誰か彼を助けてと泣いてしまいたかった。


 バージル様がリリーに連れて行かれたのは、寮の中なら安全だろうと油断し、怪しいと分かっていたのにルーナについて行ったわたしの迂闊さが原因だ。わたしを助けるためにバージル様はあの薬を飲んだのだから。


 ルーナが愚かならわたしも愚かだ。

 わたしにルーナは責められない。


「……やめて、わたくしに謝らないで」



 でも、今のわたしに誰かを思いやる優しさの余力はない。



「大変申し訳ありませんっ! 全ては私が悪いのですっ! 罰ならわたしが受けます! ……だから家族は、家族だけは助けてください」


「やめてと言っているでしょっ!」


 淑女らしからぬ怒声をあげるとルーナが口を閉ざした。

 涙と鼻水を流し必死な表情のルーナと今のわたしはきっと同じ顔になっているだろう。


「やってしまったことはもうどうしようもないっ! 取り返しのつかないことというのは世の中にたくさんあるわ」

「……は、はい」

「それでも守りたいものがあるなら行動し続けるしかないの! お願いっ……少しでも償いの気持ちがあるなら貴女の知っている情報を全て話して。薬のことやリリーが何を企んでいるのか」

「分かりました。私が知っていることは多くないですが何でもお話しします」


 わたしもルーナも過ちを犯してしまったが、大切な人を守るためにここで止まってしまうわけにはいかない。わたしはバージル様、ルーナは家族。

 過去を後悔して嘆くより先に動かないと。

 ずっとおどおどしていたルーナの瞳に決意のような強い思いが揺らめいて見えたのはきっと見間違いじゃないだろう。わたしに力を貸し、家族を助けるために少しでも汚名を返上するつもりだ。


「で、これからどうする気なんだ? アシュリーちゃん」


 アーノルドはさっきまでのへらへらした笑みを引っ込め、真面目な顔になっている。好戦的な男に突撃の合図を急かされているみたいだ。

 焦らずともその時はすぐ来る。


「あら。決まっていますわ……王宮に乗り込んで、わたくしの男を奪い返します」


 準備が出来次第すぐにバージル様のところへ行こう。

 待っていなさいよ! リリー!

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