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閑話 王子様の選択1

 その日は朝から落ち着かなかった。

 胸騒ぎというか、嫌な予感とでもいうのか。テーブルに広げた大きな地図を見下ろしながら、原因の分からないもやもやを追い出そうと乱暴に頭を掻く。


 エリオットとレオノアが行方不明になってから何の情報も得られていない。


 残っていた手がかりから直ぐに犯人を割り出せると思っていたのだが、そう簡単にはいかなかった。

 外出記録は紛失しており、連れ去りがあっただろう時間帯に門番をしていたはずの者が一人早々に職を辞めて家族共々王都を去っていたことが判明した。おそらくこの者が手引きをしたのだろう。

 次に馬車の特徴から探しだそうとしたが、それも失敗に終わる。目立つ特徴の馬車は目眩ましに使われて、犯人は馬車を何度か乗り換え王都を離れたようだ。追跡する時間がかかりすぎる。

 消えた門番にも追手をかけたが、まだ良い報告が届かない。


 それにしても犯人の目的は一体何だ?


 手引きした者は消え、犯人からは金品の要求や犯行声明もない。

 意図が読めないので、こちらから動きようもない。人の手と足を使って手がかりを地道に探すしかない。



 ぐぅっと腹の音が鳴り自分が空腹なことに気が付いた。

 そういえば昨夜からまともな食事をとっていない。ばたばたしていたので、すっかり忘れてしまっていた。

 集中力がぷつりと切れ、身体の力が抜けていく。

 椅子の背凭れに背中を預けながら瞳を閉じて、息を大きく吐き出す。



「……アシュリーの手料理が食べたい」



 室内には自分一人で気が抜けていたせいでぽつりと本音が出てしまった。

 疲れた時や、気落ちしている時はアシュリーの手料理が恋しくなる。幼い時からアシュリーの作る料理はとても美味しかった。胃袋を掴まれているとはまさにこのことだろう。

 伯爵令嬢とは思えない手際の良さで料理を作るアシュリー曰く、楽をしながら自分の好きなものを食べるただの手抜き料理らしいが、食が細かった私のために試行錯誤しながら作っていてくれたことを知っている。

 食事の楽しさを知ったのはアシュリーのおかげだ。

 王宮の料理人が作るような贅を尽くした料理よりも満たされた気がする。まぁ、好きな子が作る料理だから当たり前か。アシュリーが料理をするのを見るのが好きで、周りをうろうろしていると遠慮なく手伝いを言い付けられる。王子とて働かざる者食うべからず! そう言ってアシュリーは私を特別扱いしなかった。

 伯爵家の人達も最初はハラハラしていたのだが、私が嫌がらずに手伝いをするため最後はそれが当たり前みたいになっていたのが今考えると面白い。王子が料理をするなどよく許されていたものだ。


 手料理も恋しいが、アシュリーのことを考えていると本人に会いたくなってしまう。


 なぜ、私が我慢を強いられねばならない。

 こうなったのも全てエリオットとレオノアの二人が連れ去られたせいだ。


 二人とは知り合って長い。

 だが、それだけだ。親しいつもりもないし、向こうもそうだろう。


 姉のレオノアは一時私の婚約者の筆頭候補だったらしいが、私にもレオノアにもそんなつもりは塵ほどもなかった。レオノアの好意が誰に向けられているか私は昔から気がついていた。アシュリーと好意を向けられているエリオットは鈍感で全く気がついていないようだったが……


 ちなみに弟のエリオットは昔から嫌いだった。


 アシュリーとあっという間に親密になり、定期的に手紙のやり取りをしているのも気に食わなかった。何度か手紙を盗み読んだのだが、当たり障りのない挨拶と近況報告が書かれていた。そして毎回最後に書かれている見たことない秘密の暗号文字。

 他国の文字かと思い、文字に精通している者に調べさせたが分かる者はいなかった。

 アシュリーに聞いても「わたくしにも分かりませんわ」と困った顔をするだけ。手紙を読む時の表情はむしろそちらの暗号文字を眺めている方が真剣だった。絶対に理解していると分かっていても、嫌われるのが怖くてあまりしつこく聞くことも出来ず……

 そんな二人の交流を見逃していたのは、どちらも相手に好意を持っているようには見えなかったからだ。どちらかに恋い焦がれるような素振りがあったら、きっと私はあらゆる手段を講じて仲を引き裂いただろう。二人に絆のようなものを感じたが、自分やレオノアが抱えているものとは種類が違うように思えた。


 アシュリーと婚約した後も親しげに話しているのを見れば嫉妬もするし、邪魔な存在であることも変わらない。今もあいつは嫌いだ。


 わざわざアシュリーと離れ、率先してエリオットとレオノアを見つけ出そうとするのは二人のためというよりアシュリーのためだ。

 とにかく行動力がすごいのだ。考えるより先に動き出すのがアシュリーだ。エリオットとレオノアのためにと危ないことをする前に二人を見つけ出さなければならない。


 再び地図に視線を落とし、思考を集中させかけた時に扉が強く叩かれる。ノックの音にしては乱暴だと思いながら顔を上げる。

 何か新しい情報が届いたのかと期待して入室を許可したが、室内に入って来たのは学園に残してきたはずのアルスだった。いつも冷静なアルスらしくない。走ってきたのか、いつもセットされている髪が少し乱れている


「……何があった?」


 アルスのただ事ではない様子に嫌な予感が背筋を走る。


「バージル様、こちらが学園に届きました。落ち着いてこちらを見て下さい」


 アルスから差し出された少し大きめな封筒を受け取る。

 一度開封後、中が見えないように折り曲げられた封筒の口を開く。中に入っていたものを確認し、目の前が真っ暗になるのを感じた。


「バージル様っ!」


 背中を支えてくれようとしていたアルスを手で止め、封筒をひっくり返して中身をテーブルの上に落とす。

 一纏めになった水色の長い髪の毛。

 私がこの世で一番愛している人の色だ。


 一緒に小さく折り畳まれた紙があることに気が付き、震える手でそれを広げると紙は地図だった。赤い丸印に、アシュリーを殺されたくなければ一人で来いと血文字で書かれている。


「……アシュリー様が学園から姿を消したのは間違いないようです」

「学園に配置していた騎士達は何をしていたっ!」

「侵入者も学園から出ていく者もおりませんでした。ですが、もしやと思い王族用の」

「……抜け道か」


 女子寮、男子寮。

 どちらにも王族が緊急時に学園外に避難出来る抜け道が存在している。ほとんどの教師も生徒も知らない、一部の限られた者だけが知る抜け道。

 特殊な細工がされており、それを解除出来る者は更に限られている。まさかそこを利用されるとは。抜け道があることは知っていたはずなのに、連れ去られた二人のことばかりに考えを巡らせ、抜け道にまで手を回していなかった自分の間抜けさに腹が立つ。

 そのせいで一番の宝を掠め取られたのだ。

 

 

「はい。封鎖されているはずの地下道を確認しに行ったら人が通った痕跡がありました。アシュリー様はそこから連れ出されたのでしょう」

 


「……アルス、馬の準備を」

「お一人で行く気ですか?」

「一人で行く」

「危険です! せめて誰か連れて……」

「アルス、何も言うな。黙って馬の準備をしろ」


 怒りで頭が焼ききれそうだ。

 きっと今鬼のような顔をしているのだろう。アルスはそんな私に気圧され、口を閉ざした。小さく一礼して小走りで部屋を立ち去る後ろ姿から、テーブルの上のアシュリーの髪に視線を移す。


 頼むから無事でいてくれ。


 祈るような気持ちで水色の髪に触れる。

 もしアシュリーに怪我でもさせていたら、犯人を八つ裂きにして生まれてきたことを後悔させてやる。

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