第68話
「え……レオノア様とエリオットが行方不明?」
お昼の休憩時間にバージル様に会議室に呼び出され、言われた言葉に頭が真っ白になる。
実は朝からレオノアの姿が見えず、その理由を知る生徒が誰もいなくて心配していたのだ。前に一度体調を崩したレオノアが登校せずに寮の自室で寝込んでいたことがあったので今回もそうなんじゃと思い、授業の合間に寮に戻ってみたのだがレオノアは不在だった。
わたしはますます心配になり学園の教師に相談した。何か緊急の用事で呼び出されて外出した可能性もある。その場合は外出届を出しているか、教師に報告をしているはず。
しかし教師達も誰一人レオノアの行方を知る者はいなかった。
レオノアのことは教師達で探すから授業に戻るように言われて仕方なく教室に戻ったものの、レオノアが心配でとても授業どころじゃなかった。
そして教師達が調査した結果、行方が分からなくなっているのはレオノアだけじゃなく弟のエリオットも姿を消していることが新たに分かった。そのことを教師達は先にバージル様に報告し、事情を聞いたバージル様がわたしに説明するために会議室に呼んだらしい。
まさかの展開に眩暈がした。
二人が行方不明になっているだなんて……
ふらつくわたしの身体をバージル様が支えてくれたので膝から崩れ落ちることはなかったが足に力が入らない。バージル様に支えられたままソファーまで移動し、そこに座ってから深く息を吐いた。まずは落ち着かなければならない。
「アシュリー、大丈夫か?」
「ええ、わたくしは大丈夫です。それより二人はいったい……」
「アシュリーからレオノアのことを聞いた教師達はまずレオノアの部屋を調べに行ったらしいんだ。そしたらこの手紙がレオノアの部屋に落ちていたと報告があった」
手渡された紙を開くと「探さないでください。私は大丈夫です」と書かれていた。慌てて書いたような文字を睨み、おかしいと首を捻る。レオノアの字はとても綺麗でわたしもよくお手本にしているが、走り書きだとしてもこんなミミズが這ったような字をあのレオノアが書くだろうか。
バージル様も同じようなことを考えているのだろう。しかもエリオットまでいなくなってしまった。
「レオノアの部屋は荒らされた形跡はなく、窓が開いた状態になっていた」
「……何かおかしくないですか?」
「あぁ、私もそう思う。アシュリーはレオノアと仲が良いから何か聞いていないか? それか最近様子がおかしかったとか」
「あっ」
頭の中に数日前の中庭でレオノアにエリオットのことが好きなのだと相談されたことを思い出す。
「……バージル様は二人が一緒にいると思いますか?」
「わからない。だが可能性はあると思う……何か心当たりが?」
「はい。ですが……」
涙を流し悩んでいたレオノアの秘密をわたしの口から言ってしまっていいのだろうか。
正直に言うべきか言わぬべきか迷っているとバージル様が「あぁ」と察しましたという顔でわたしを見つめる。
「アシュリーが言いにくいことって二人の関係についてとか?」
「えっ! なんでそのことを知っているのですか?」
「いや、見ていれば何となく分かるだろう」
「……それはすごいですわね」
「誰のことでも見ているわけじゃないけど。あの二人はアシュリーと一緒にいる時間が多いから勝手に私の視界に入ってくる」
「そう、ですか」
バージル様の心の機微を見逃さない洞察力恐るべし。
「二人が心配です。大丈夫でしょうか?」
「……どうでもいいが、少し心当たりがある。もしかしたらエリオットの行先は分かるかもしれない」
「エリオットだけですか?」
「ちょっと事情があって。ついて来てくれる?」
「はい!」
バージル様の案内でわたしは男子寮の前まで来ていた。
何で男子寮と思ったが、バージル様はずいずいと中に入って行ってしまった。当たり前だが、本来女子生徒は男子寮に入ることは出来ない。しかし今は午後の授業が始まっていて生徒の姿はないし、教師達はレオノア達の捜索に駆り出されている。
二人を見つける手がかりがあるならばと足は止めず、バージル様の後ろをついて行き寮のドアをくぐった。
「此処だ」
寮に入ってすぐのエントランス。
女子寮と造りはほぼ一緒だ。ここに何の手がかりがあるのかとバージル様の方を見ると、バージル様はわたしに向かって右手を差し出していた。
意味がすぐに分かり、その差し出されたバージル様の手を握る。
エントランスの螺旋階段のすぐ隣りに巨体の女がいた。身体がボールのように丸くて手足は短く太い。ずんぐりとした印象の陰鬱な女は頭を揺らして長い髪を振り乱している。
小刀みたいなボロボロの刃物を持った女は壁を何度も刺し、口をもごもご小さく動かしていた。わたしには何を言っているのか聞き取れないが、長い髪の隙間から覗いている血走った目を見た感じではきっと聞こえなくて良かったんだと思う。
何かいると分かっていたので驚きの声を出さずにすんだが、背筋がぞわぞわする不気味さだ。
「おい、エリオットはどこいった?」
バージル様がその不気味な女に声をかけたことに驚き、わたしはあんぐりと口を開けて横に立つバージル様を見る。
あまりに自然に不気味な女に話しかけたことに衝撃を受けてしまった。まるで人間に話しかけるのと変わらない、人ならざるものに対する怯えや不快さを感じているとは思えない口調なのだ。
バージル様の声に反応するように不気味な女の動きは激しくなる。
思わず一歩後ろに下がってしまうくらい身体を揺らす女の動きは激しい。怖がっていることに気が付いたバージル様がわたしを背後に隠してくれた。大きく逞しい背中にしがみつくようにくっつき、ひょっこり顔だけ出して不気味な女を見る。バージル様に守られているみたいで怖い気持ちは少し引っ込んだ。
「……どこに行ったか分かるか?」
しかも会話が成立している!?
大丈夫なのかしらとはらはらした気持ちでバージル様と不気味な女を交互に見る。正直とても混乱していたが、やり取りをしている間は口を挟まず黙っていた。
バージル様が「もう行こう」とわたしの手を引き男子寮を後にする。ちらりと振り返ると女が今度は壁に頭を打ち付けているのが見えた。滞在時間は短かったがとても疲れる時間だった。