第67話
静かになった中庭にわたしとクラークが二人だけ取り残されたわけなのだが、クラークは青い顔のままベンチに戻った。項垂れるようにベンチに座ったクラークの横にわたしは並んで座る。
「一体どうしたんですか?」
「……さっき、あの女に何を言われた? 僕のこと?」
わたしの質問には答えない。
それよりもクラークはわたしとリリーが何を話していたかを気にしているみたいだ。
目も合わせてくれず、投げやりみたいに言い捨てるクラークが心配になる。苦しそうに表情を歪め、理由は分からないが絶望している……そんな横顔だ。
「いえ、クラーク様のことは何も……わたくしのことは言っていましたけど」
「何も? 本当に?」
「ええ、クラーク様のことは本当に何も言っていませんでしたわ。それにしてもわたくしとリリーは本当に気が合わないみたいです。一緒にいると騒動ばっかり起こして周りに迷惑をかけてしまいますから」
「……どちらにしてもあの女とアシュリー先輩は一緒にいない方がいいと僕は思います」
「それはわたくしも同感です。バージル様にも同じことを忠告されていたのに、昨日の今日でまたクラーク様にも迷惑をかけてしまい本当に申し訳ないです」
「気にしないで下さい。それじゃあ僕はもう行きます。アシュリー先輩も早くここから離れた方がいいですよ。もしかしたらあいつらがまた戻ってくるかもしれないですし」
「そうですわね。あの、クラーク様……お顔の色が悪いですが、体調が宜しくないのでは? 保健室……は、リリー達が行ってしまったし、また会いたくないですよね。どうしましょうか」
「いや、平気です。体調が悪いわけじゃないので。少し休めばよくなると思うから僕は寮の自分の部屋に戻ります」
ふらっと立ち上がったクラークの足下がおぼつかないようだが、本当に一人で大丈夫かしら。
「やっぱり心配なので寮までご一緒します。わたくしでよろしければ手をお貸ししますわ。わたくしでも杖の代わり位にはなると思うのですが……」
寮に戻る前に倒れてしまうんじゃないかと心配になって提案したのだが、クラークは立ち上がったわたしとすぐに距離をとった。手を伸ばして触れないくらい離れられれば支えることも出来ない。
「バージル様の婚約者であるアシュリー先輩の手を煩わせるほどじゃないので放っておいてください。それにそのせいでバージル様に余計な誤解をされたり機嫌を損ねられたらこっちの迷惑になりますので」
「そうですか。でも、あの、……本当に大丈夫ですか?」
「はい」
クラークはさっきよりはしっかりした足取りで男子寮がある方へと歩き出してしまった。
「クラーク様っ!」
口元に手を当てながら少しだけ声を張ってクラークの名前を呼び、ゆっくりこちらを向いた少年に向かって「さっきは助けてくれてありがとうございました」とお礼を言う。
わたしが怪我をせず、リリーの取り巻きを追い返せたのは全てクラークのおかげだ。ただ乱暴な方法での撃退だったため、過剰防衛だと後で問題にならないか少し不安にも思う。あの男子生徒の指は変な方向に曲がっていたし。
「お強いのでびっくりしました」
「……こんな体格だから腕力じゃ敵わないですけど、戦い方はいろいろあります。囲まれて一気に向かって来られていたら僕にはどうしようも出来なかったですが、一人を退かせるくらいなら出来ますよ」
「あの生徒は大丈夫でしょうか。怪我をさせてしまったことが問題にならなければいいのですが……」
「多分大丈夫ですよ。自分の立場をちゃんと理解しただろうし、もしも文句があるようなら僕の方がしっかり対応しておきますから」
無表情で別にアシュリー先輩のためにやったわけじゃないので気にしないで下さいとツンデレ発言をしたクラークは軽く頭を下げて去って行ってしまう。
呼びかければ反応してくれるが、まるで二人の間に見えない壁が出来てしまったみたいでクラークをこれ以上引き留めることが出来なかった。さっきのクラークとリリーの会話が原因なのだろうが、あれだけじゃ全然意味が分からない。でもあのやり取りから想像すると、クラークの秘密をリリーが知っていてそれを匂わせたのだろう。前世のゲームで得た知識なのだろうけど、何か嫌なやり方だわ。
二人で何を話していたのかと強引に聞き出すことも出来ないし、心配だったが立ち去るクラークを見送ることしか出来ない。
ゲームに出てくるキャラクター達にはそれぞれトラウマがあり、それをヒロインであるリリーが癒すというストーリらしいので、きっとそれを利用したのだろう。
クラークの気持ちになってみたら非常に気持ち悪い。
リリーは自分がヒロインだと言ってわたしの忠告など聞かないし、彼女の中ではここは何をしても許される乙女ゲームの世界なのだ。
そんな考え方じゃいつか取り返しのつかない間違いが起きてしまうんじゃないだろうか。この予感は外れてくれればいいのだけど。
わたしがリリーを心配するっていうのも変な話かもしれないが、出来るなら争いたくはない。もちろん巻き込まれたくないというのが大前提だが、それでも前世は同じ日本人なのだからちゃんと話せばリリーとも理解しあえるんじゃないかという希望みたいなものがほんの少しだがいつまでも残っていて捨てきれないのも事実だ。
エリオットとはすんなり理解しあえたからそう思ってしまうのかもしれない。
でもそれは難しいことなのかな。
同じ日本人だから理解しあえるのか? それなら前世で争い事が起きないことになる。でもそうじゃなかった。言葉が通じていても全ての人が理解しあえるわけじゃない。人間は複雑なのだ。人生80年とすると四分の一も生きられなかったわたしにも分かる。
まぁ、今考えてもどうしようもないことか。
クラークも言っていたがこれ以上厄介事に巻き込まれないよう、わたしもさっさと寮へ帰って残りの休日をゆっくり過ごすことにする。
その後、わたしとリリーの階段付き飛ばし事件はあっという間に学園中に広まってしまったものの、レオノアや友人達、そしてバージル様やエリオット達のおかげで噂はわりとすぐに収束した。詳しい方法は教えてもらえなかったが、特にバージル様の圧が凄かったとだけはエリオットが教えてくれた。
これで平穏な学園生活に戻れるかと期待したがそんなわけもなく。
一つ問題が解決しても、また一つ問題が起きるのだった。