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第63話



 朝の目覚めはとても爽やかだった。


 昨夜は疲れていたからか食事も取らずに眠ってしまったせいで空腹だが、頭はすっきりしている。

 身支度を整え、わたしは朝食を食べにカフェテリアに向かうことにした。今日は七日に一度の休息日にあたる日で、この日は学校も仕事も休みになる。前世でいう日曜日みたいなものだ。


 寝過ぎともいえる時間だが、今日は休息日。

 わたしと同じように遅くから起き出したのだろう生徒達がカフェテリアに集まっていた。


 わたしの姿を見た一部の生徒達がひそひそと話しているのが見え、気分が少しだけ落ち込む。そりゃ色々噂になっているか。

 居づらい空気に部屋に戻ろうかと考えた時、「アシュリー様」と呼ぶ声が聞こえた。


「おはようございます、レオノア様」

「おはようございます。身体は大丈夫ですか?」

「ええ、大丈夫です」

「こちらに座って。足が痛いのでしょ? 食事を運ばせますから」


 レオノアはわたしが足を怪我していることを知っているようだ。

 案内された席にはいつも行動を共にする少女達が集まっている。皆が心配そうな顔でわたしを見ている。


「アシュリー様、聞きましたわ。災難でしたわね」

「本当に。くだらない噂をしている方々がいるようですが、気になさらない方がいいですわ」

「そうですよ! 堂々としていましょう!」


「……皆様、ありがとうございます」


 レオノアも大きく頷いている。


「私達はアシュリー様のことを信じています。噂のような酷いことをなさる方じゃないって分かっていますし……それに」


 少女達は視線を合わせてふふふと笑いだした。

 一体どうしたの? と首を傾げるとレオノアが「実はね」と話し始める。その内容はわたしの頬を赤く染めるものだった。


「バージル様がね、アシュリー様のことを頼むって私達に頭を下げていかれたのです。本当に驚いてしまって私達は頷くことしか出来ませんでしたわ」

「ええ、本当に。バージル様がアシュリー様のことを大切に思っているんだって強く感じましたわ。まさか王族の方に頭を下げられる日がくるなんて思いませんでしたもの」


 愛されていて羨ましいですわと声を揃えて言われ、たじろいでしまった。


「まぁ! アシュリー様のお顔が真っ赤になってますわ」

「珍しいですわねー。あら、もしかしてバージル様と何かございました?」


 いつの時代もどこの世界も女子は恋の話が大好きらしい。

 少女達はきゃっきゃっとはしゃいだ声をあげ、期待を込めてわたしに注目している。同じテーブルを囲んでいる少女達以外にも、近くの席に座っている生徒達がこっそり聞き耳を立てているようだ。


「あまりアシュリー様を困らせるのはおやめください。くだらない噂話もうんざりですわ」


 答えられずに困っているとレオノアが助け船を出してくれた。

 レオノアがこれでおしまいよと言えば周りの少女達が「レオノア様の言うとおりですわ」と同意する。レオノアが言うことはこのグループでは絶対なのだ。


「ありがとうございます」


 小声でレオノアにお礼を言うと「私にはあとで詳しく教えて下さいね。約束ですよ」とにっこり微笑まれた。可愛らしい笑顔にきゅんとなる。気が付いたら無意識に頷いてしまっていた。大好きなレオノアの笑顔にいつの間にやら魅了されていて怖い。

 その後、運んできてもらった朝食を食べ終わるまでレオノアと少女達はずっと一緒にいてくれた。わたしが一人にならないよう、付き添っていてくれたのだ。

 いつもの取り留めのない話が今日はとても有り難かった。


「あら……あれをご覧になって」

「まぁ」


 少女達の話題は次々と変わっていくのだが、一人の少女がカフェテリアの隅を指差してひそひそと話し始めた。

 どうしたのだろうと指差している方を見ると二人用の小さなテーブルを囲む女子生徒と男子生徒の姿がある。二人は見つめ合い、頬を染めて何かを話しているようだ。テーブルの上には朝食が置かれているが二人とも手をつけず、それよりもお互いに夢中になっているみたい。


「あの方達、よろしいのですか? ここ最近いつも一緒に食事をしていますが」

「見てください。婚約者のルーナ様が近くにいらっしゃるのに……」


 傍から見ていて、どちらも相手に好意を持っているのが分かる。

 何が問題なのだろうかと思っていたら、どうやら男子生徒には婚約者が別にいて、二人と少し離れた柱の陰にいる女子生徒が婚約者のルーナらしい。

 目の前に分かりやすく三角関係の図があって少女達は少し興奮したらしく、ひそひそ声が徐々に大きくなっていたため「しーっ」と注意をする。


「あの三人、実は幼馴染みらしいですわよ」

「幼馴染みで三角関係だなんてまるで物語の世界みたいですわ」

「複雑な関係なのですね。見てください。ルーナ様、とても切なそうな顔をしていらっしゃるわ……」

「婚約者が同じ学園にいるのにどういうつもりなのかしらね? みなさん、酷すぎると思いませんか? 見せつけるようにカフェテリアで一緒に食事だなんて」

「あら、二人も可哀想じゃございませんか。好きあっているのに実らない恋だなんて。想像しただけで苦しくなります」


 苦しくというより、想像すると胃が痛くなりそうな関係だ。

 前世とは違い、貴族は例外を除き親に決められた相手と婚約して結婚する。毎年二人のように婚約者がいながら他の相手と交際する生徒が一定数現れる。学園を卒業すれば親に決められた相手の元に戻るのがほとんどらしいが、ごく稀に家を捨てて二人で駆け落ちする人もいるらしい。だがあまり上手い手段とは言えないのが現実だ。学園を卒業したばかりの世間知らずの子供に何が出来るだろうか。

 親に連れ戻されたり、自分で戻ってきたり……結局貴族の令息令嬢が平民にまざって生きていくことはそれだけ難しいということだ。


「まるで禁断の恋ですわね」


 きゃっきゃっしている少女達は他人事だから楽しめるのよね。


「……禁断の恋」


 レオノアがぽつりと呟く。小さな声は少女達の声にかき消され、隣にいたわたしにしか届かなかった。

 思い詰めたようなレオノアの横顔にわたしは不安な気持ちになる。

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