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第61話

 保健室を出てからはバージル様の部屋に抱っこで運ばれ、呼び出された王宮の医師に足の診察をしてもらった。ただ捻っただけなのにわざわさ来てもらって申し訳なかった。

 診察中はバージル様がずっと付き添い、あーだこーだと口を挟んでは本当に大丈夫かと繰り返している。心配してくれるのは嬉しいがこれはやりすぎだ。まるでわたしが大怪我をしたような対応だよ。


 数日後にまた診察に来ますと告げて医師が王宮に帰った後、バージル様にお礼と注意をしておいた。


「……すまない。だが、アシュリーに何かあったらと不安なんだ。きっと私はアシュリーが怪我をしたらまた同じようにするぞ」

「バージル様」

「アシュリーが大切なんだ。頼むから無茶はするなよ」

「……それでは怪我をしないように気を付けなければなりませんね。バージル様を心配させないためにも」

「そうしてくれ」


 バージル様はようやく安心したと言いたげに息を吐いた。

 わたしが座らせてもらっていたソファーのすぐ隣に座り、アルスに飲み物を持ってくるように言い付けたため部屋は二人だけになる。

 二人きり。そう思ったら急に緊張してきた。

 胸がどきどき鳴っているのがバージル様に聞こえてしまうんじゃないかと思ったら手汗がすごいことになっている。ちらっとバージル様を見ると、バージル様もこちらを真剣な顔で見ていた。


「それと、さっきの女と二人きりになるのはもう止めてほしい」


 手汗をかいた手を握られて「ひえっ」と咄嗟に小さな声が漏れる。

 何に驚いているのか分からないとバージル様が不思議そうな顔をしているので、恥ずかしいが手汗の説明をすると「そんなことよりちゃんと聞いて」と怒られた。更に手を強く掴まれ、不快じゃないのだろうかと心配になってしまう。


「……え、っと。リリーのことですよね?」

「そうだ」

「はい。わたくしも出来るなら二人きりになるのは遠慮したいです」

「改めて思った。私はあの女を好きになることなんかない」


 確かにあんな怖い現場を見たら好きになることはないかも。


「でもリリーと一緒にいたらバージル様は普通の生活をおくれるんですよ」

「普通? 普通ってなんだよ?」

「幽霊に怯えなくていい生活です」

「……はぁ?」

「ごめんなさい、怒らないで聞いてくださいね」

「アシュリーはずるい。そう言えば私が怒れないと分かっていて言っているんだから。毎回私はその願いを聞かないとならないのか?」

「そうですよ。わたくしはずるいのです。バージル様に怒られたくないし、こんなくだらないことで喧嘩をしたくないのです」

「それもそうか。私たちのことで喧嘩するならまだしも、あの女のことで喧嘩するのはバカらしいな。それで?」


 バージル様の肩に寄り掛かるように身体を預けふーと息を吐く。

 すると腰に腕が回ってきて、肩に顎が乗る。バージル様の顔が思ったより近くにあって、ふふふと笑ってしまった。

 何だか無駄に入っていた肩の力が抜けてしまったみたい。


「バージル様がずっと苦しんでいたことを知っているから」

「だから、あの女と一緒にいたほうがいいって?」

「……少し考えてしまいました。やっぱり怒りましたか?」

「アシュリーが私のことを考えているようで、理解してくれていないことが分かった。全然分かっていない」


 腰に回っている腕の力が強まった。


「別に私は苦しくてもいいんだ。それでもアシュリーと一緒にいたい……それに、いざという時はいつも私のヒーローが助けてくれる」

「え? ヒーローですか?」

「そう。私だけのヒーローだ。怖がりなのにいつもずっと隣にいて、私を絶対に一人にしない。手を引っ張って私をどん底から引っ張りあげてくれた」

「それって……」

「食が細くて身体が弱かった私のために料理を作り、悪夢で魘される私と一緒に眠ってくれた。あの頃からずっとアシュリーは私にとって特別だったんだ。これから先も絶対変わらない」

「……バージル様」

「やっぱり王宮に行かなければよかった。そうすればアシュリーが怪我も、不快な思いもしないですんだのに」

「ご、ごめんなさい」


「アシュリーが悪いわけじゃない。あのリリーって女、嫌な感じだった。確かに変なものを見なくてすむが、あの女の周りはひどく淀んでいて、一緒にいると息がつまる」


 淀んでいる?


「あまり深く聞かれても答えられない」

「まだ聞いていませんけど」

「聞きたそうな顔をしてた。分かったら言うが、出来れば私もあの女に近づきたくない」

「そうですね。わたくしはリリーと自分を比べて卑屈なことを思わないようにします」

「卑屈?」

「はい。わたくしにリリーのような力があったら良いなって思ったんです。抱き締めなくてもバージル様を楽にしてあげられるのになって……上位互換というか……何というか……」

「そんなこと気にしてたのか」

「……はい」


 真横から覗き込んできたバージル様が驚いた顔をしている。


 いや、他にもあるよ。性格はいったん横に置いておいて、正直リリーの美しい容姿はバージル様と並んだ時にも見劣りせず、誰が見てもお似合いの二人と言うだろう。わたしの容姿だって性格がキツそうに見えるマイナスポイントを加味しても美人とよべるレベルだとは思うのだが、とにかく桁が違う人達が周りにいると思うことは色々あるわ。女の子だし他にもね、色々。

 さすがにそんなことまで言えず、視線をすいっと泳がせる。


「……他にもありそうだな」

「聞かないでくださいませ。乙女のプライドが色々とありますので」

「そんなこと考える必要ないのに」

「考えちゃいますよ!」


 もうっ! と言い返すとバージル様は「怒らない約束をしたのにアシュリーが先に怒るなよ」と小さく笑い、でもさーと続ける。


「アシュリーから抱き締めてもらえるのご褒美みたいなものだから私からしたら嬉しいけど」

「はい?」

「だからさ、私達は今のままで良くないか?」

「バージル様、幽霊が見えて調子が悪くなった時は抱きつかせてくれなくなったじゃないですか」

「それは前に言っただろ? アシュリーに利用されているって思われたくないからだって。唯でさえアシュリーはずっと私を男として意識してこなかったから、弱っているところはこれ以上見せたくなかったんだよ」

「聞きましたけど、わたくしもバージル様が苦しんでいるところは見たくないです。た、大切な人ですから」


 嬉しいことを隠しきれていないバージル様の表情がわたしの心まで温かくする。幸せな気持ちが伝染するってくすぐったいことだ。

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