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第59話

 アーノルドとクラークの手を借り、ようやくエリオットをリリーから引き離すことが出来た。

 エリオットの激昂にはさすがのリリーも少し怯んだらしい。アーノルドとクラークもいつもは冷静なエリオットの怒りっぷりに「どうしたんだよ」と困惑している。まさかエリオットが女子生徒に殴りかかろうとするなんて……しかも相手は少し前に空き教室で四人の話題にあがっていた途中入学してきた美しい少女リリーだ。



「それで? 一体ここで何があったんだ?」



 アーノルドの質問は尤もだ。

 危うく大事件に発展するところだったのだから。呆れた顔をしているアーノルドは口を全く開こうとしないエリオットを背後から拘束したままもう一度同じ質問をしていた。


「アシュリー先輩、大丈夫ですか?」

「あ、はい。わたくしは大丈夫です」



 エリオットを抑える必要がなくなったものの、その間はすっかり飛んでいた足の痛みが戻ってきた。痛む足を気にしているとクラークに声をかけられる。

 暴れるのを止めたエリオットはアーノルドに任せ、いつの間にかわたしの側に来ていたみたい。


「足が痛いなら座っていたほうがいいですよ」


 片足を庇うように立っているわたしを見てすぐ足を痛めていることに気が付いたようだ。実際立っているのは辛かったので、有り難く椅子に座らせてもらう。


 リリーが静かだったのはわたしが椅子に座るまでの短い間だけだった。

 今がチャンスと思ったのだろう。はっとした表情になり、全部アシュリーが悪いとまた泣き出したのだ。女優か?ってくらいすぐ泣けるリリーに、わたしは開いた口が塞がらなかった。

 重苦しい空気が保健室に充満している。わたしとエリオットに言い分があっても、二人には説明出来ない。前世やら乙女ゲームやらヒロインや悪役令嬢等々説明出来ないことが多すぎる。それを分かっていてリリーは泣く。男は綺麗な女の子の涙に弱いっていうから、二人の同情を引こうとしているのだ。

 


「大丈夫かっ! アシュリー!」



 バンッと保健室の扉が乱暴に開けられ、まさかのバージル様が現れた。

 王宮に行っていたはずのバージル様が何でここに? と驚いているとその後ろからトーマスと保健医も姿を見せる。どうやらトーマスが保健医を探している最中に、王宮から帰ってきたバージル様と偶然会ったらしい。

 そこでわたしが怪我をして保健室にいると聞いて慌ててやってきたそうだ。バージル様は椅子に座っているわたしの前に膝をつき、手をそっと握りながら「どこを怪我したんだ?」と心配そうな表情でわたしを見つめる。


「少し足を捻っただけですから大丈夫ですよ」

「階段から落ちたと聞いた。他にもどこか痛めているんじゃないか? 王宮から医師を呼び寄せてすぐに治療をさせよう」

「本当に大丈夫なので少し落ち着いてください。湿布を貼って、数日安静にしていれば良くなりますわ……この程度の怪我で王宮から医師を呼び寄せたら皆が吃驚なさります」

「周りは関係ない。私が心配なのだ……アルス、至急医師を派遣させろ」


「承知致しました」


 姿は見えないがどうやらアルスも近くに控えていたらしい。

 そんなことしなくていいですとアルスを止めようと思ったのだが、「バージル様の心の安寧のためちゃんと診てもらったほうがいいですよ」とクラークに阻まれてしまいアルスを引き止めることが出来なかった。

 わたしの顔色を確認し、頬や頭を撫でることで少し落ち着いたらしいバージル様が大きく息を吐き出した。


「……それで、なぜアシュリーが怪我をするはめに?」

 

「アシュリー先輩が私を階段から突き飛ばし、さっきも何もしていないのに頬を叩かれました。被害者は私です……叩かれた時にアーノルドとクラークも見ていました」


 バージル様がアーノルド、エリオット、クラークの顔に順番に威圧的な視線を向けて問うと、リリーが弱々しい声をあげた。


 ちらりとバージル様はリリーを見た。


「誰か本当のことが分かるやつはいないのか?」

「バージル様、私は嘘など言っていません。アシュリー先輩は私を突き飛ばした後、足を滑らせて階段から落ちたんです! 自分で勝手に怪我をしただけで」

「……誰か、この煩い女の口を閉ざせ。耳障りだ」

「そんなっ! バージル様!」


 バージル様は立ち上がり、不愉快だと顔を顰めてベッドに座っているリリーを見下ろす。氷のように冷たい、まるで敵を見るような目付きにリリーはショックを受けている。

 無条件でバージル様に愛されるとリリーは信じていたのだ。


「あのっ!……僕、見ました! アシュリー先輩の髪をリリーが引っ張っているところを。慌てて声をかけたら、リリーは自分から階段を落ちていったんです。アシュリー先輩は何もしていませんっ!」


 トーマスが声を震わせながらわたしの無実を証言してくれた。どうやらわたしがリリーに絡まれているところを見ていたらしい。自分より身分の高い人達の前で発言するのに躊躇したものの、わたしを助けるためにトーマスは勇気を振り絞ってくれたみたいだ。

 この目撃情報で一気に風向きが変わる。 


「あんた何言ってんだよっ! サポートキャラのくせにヒロインの私を裏切るつもりなわけっ!?」

「え、サポートキャラ?……僕のこと?」


 ずっと被っていたか弱い少女キャラが一瞬崩れた。


「……意識を失って俺に運ばれていたのに、アシュリーが階段で足を滑らせていたって……まるで、見ていたみたいに言うんだな」

「そ、それは」

「それとも本当は逆でリリーがアシュリーを突き飛ばしたんじゃないか? 変な落ち方だったし」

「なんの証拠があって私を犯人みたいに言うんですか」

「嘘ばかりつく奴は誰にも信用されないってことだ」


 落ち着きを取り戻したエリオットが更にリリーを追いつめる。アーノルドやクラークもリリーの嘘くささを感じているのか、どこか冷めた視線をリリーに向けていた。


 信じてくださいとまだ泣くリリーを慰める者は一人もいなかった。

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