第57話
リリーの叫び声を聞き付けた生徒達がやって来て、わたし達がいた階段は上の階にも下の階にも階段の出入口のところに人が集まっている。
「ひっ、ひどいです……何で、こんなひどいことするんですか? アシュリー先輩。階段から突き落とすなんて……」
大きな瞳をからぽろぽろと涙を流し、わたしと同じく叫び声に吃驚して目を白黒させているトーマスの腕にリリーはしがみつく。身体を震わせてわたしを拒絶する姿は誰の目から見ても、加害者はわたしで被害者のリリーが階段から突き飛ばされたように見えるだろう。
実際周りにいる生徒達はわたしがリリーに怪我を負わせたらしいとひそひそ話している。
やられたっ!!
大勢の生徒達を目撃者にして、わたしを悪役令嬢に仕立て上げる気だ。
「……そんなことより早くリリーを保健室へ。怪我をしているかもしれませんわ。立てる?」
バカな子だ。
自分から階段を落ちるなんて、頭を打ったり怪我をしていたらどうするつもりなのかしら。
「貴女が私に酷いことをしたのに他人事みたいに言うんですね。あんな高い所から突き落とされれば身体中が痛くて立てません!」
まるでわたしが階段の一番上から突き落としたと言いたげだ。聞いていた人達にもそういう印象を与えただろう。アシュリーはなんて非道な極悪令嬢なんだって。
実際は半分以上階段を下りてきていたので、落ちたのはそんな高い場所ではない。いや、そもそも自分からわざと落ちていったくせに何て厄介な子なのかしら……
「そちらの方とそちらの方。申し訳無いのですが、リリーを保健室まで運ぶのを手伝っていただけないでしょうか?」
このままここで騒いでいるわけにもいかないし、リリーが立てないというため傍観者の中で体格の良い男子生徒二人に声をかける。立ち上がれないようなら運んでもらわなければならないからだ。
わたしとトーマスだと運んでいる途中で二次被害がおこる可能性がある。男の子とはいえトーマスは華奢だからリリーを運ぶのに苦戦するだろうし、わたしが手を貸したらリリーがまた何かわたしを陥れることを企むかもしれない。
今指名した男子生徒二人は話したことはないものの、アーノルドと親しいようで一緒にいる時に遭遇することがよくあった。向こうもわたしの存在は認識しているだろうし、彼らにお願いするのが良い。
騎士を目指しているのか、二人とも身体を鍛えているようだしリリーを運ぶことくらい問題にならないだろう。
「いやだ! 触んないで、あっちに行ってよ」
男子生徒が近寄りリリーに手を貸そうとするのだが、リリーは男子生徒達に対して嫌悪感を隠そうともしないで私に触るなと騒いでいた。男子生徒達もどうしたら良いかと不安そうな顔でわたしに助けを求めてくる。
困ったわと頬に手をあて、首を傾げていると「どうしたんだ?」とエリオットがわたしの側に近寄ってきた。どうやら騒ぎを聞き付けて空き教室からここまでやってきたらしい。
困惑の顔をしているエリオットがわたしの横に立つと、身体が痛くて立ち上がれないと言っていたリリーがすくっと立ち上がり、今まで支えにしていたトーマスを押し退けるようにしてエリオットに抱き着いた。
「助けて、エリオットっ……私、このままじゃアシュリー先輩に殺されてしまいます」
正面からエリオットの胸に飛び込み、そのまま意識を失うという荒業を繰り出したリリーに傍観していた周りの生徒達はしんっとなる。
こいつ、絶対気絶なんてしてないわ。
強い力でしがみついているため、離すのを諦めたエリオットがリリーを背負って保健室まで連れていくことになった。
手助けしてくれようとしていた男子生徒にお礼を言い、エリオットとトーマスと一緒に階段を下りて保健室に向かおうとしたところ。
エリオットの横に並んだ時、エリオットの背中で気絶したふりをしているリリーに背中を押されて今度はわたしが階段から落ちていきそうになる。みんなの死角をつき、わたしのバランスを崩すには絶妙なタイミングだった。
しかし、わたしはラッキーなことに、そのまま階段を転がっていきそうになったところで、少し前を歩いていたさっきの男子生徒二人のうち一人の背中に偶然しがみつくことが出来て落下せずにすんだ。
突然の衝撃に男子生徒は驚いたようだったが、鍛えられた身体はわたしが縋ったくらいじゃびくともしなかった。
「ご、ごめんなさい、大丈夫ですか?」
「は、はい! こちらは全然大丈夫ですっ! アシュリー様こそ大丈夫でしょうか!?」
さっきまで猫背ぎみだった男子生徒の背筋がぴんっと伸びる。深呼吸してから背後を振り返ると驚いた顔をしているエリオットとトーマス。そして、エリオットの肩口から覗く青い瞳が不気味に光っていた。憎悪がこもり、濁ってみえる。
わたしはその青い瞳を睨み付け、そして鼻で笑ってやった。でもすぐに今の反応はちょっと悪役令嬢っぽいわねと反省しながら「大丈夫か」と心配そうに声をかけてくるエリオットとトーマスに大きく頷いてみせ、助けてくれた男子生徒には深くお辞儀をして御礼を述べた。
助けてくれた男子生徒の名前はオーウェンといい、もう一人の生徒の名前はパーカーというらしい。そのまま階段で別れるつもりだったのだが、着地の時に足を捻ってしまっていたらしく、オーウェンとパーカーは辛そうなのでと親切にわたしを保健室までエスコートしてくれた。
全てリリーのせいだが、二人には時間を無駄に使わせてしまった。
重ね重ね申し訳無いですと謝罪すると、二人は笑顔で気にしないでくださいと言うだけだった。親切で紳士的な二人に感謝し、わたし達は保健室でお別れをした。
その間もずっと気絶したふりを続けているリリーを保健室のベッドに寝かせ、これからどうしようか? と相談をする。
エリオットもトーマスもリリーが気絶したふりをしていると薄々分かっているようだが、何も言えずにどうしようかと視線をわたしに向けてきた。どうやらリリーに遠慮しているらしい。
「ちょっと! リリー、貴女、いつまで気絶したふりをしているわけ? もうみんな気が付いているわよ」
立っていると足が痛むので、わたしはベッドの横にある椅子に座りながらリリーの肩を軽く揺すった。
「きゃっ! 痛いっ! アシュリー先輩、止めてください」
軽く揺すっただけなのに、まるでハンマーで殴られたようなリアクションをするリリーに頭を抱える。