第6話
二人で固まっているとロゼが不思議そうな顔でわたし達の前に立つ。
「お二人ともどうかなさったんですか? 立ち止まったりして?」
「いえ! 何でもないわ。バージル様行きましょう」
「そ、そうだな。行こう」
バージル様の手を引いて大きな不気味な女から距離をとり、それからは絶対に女の方は見ないようにした。バージル様を落ち着かせるために両手でバージル様の手を握る。大丈夫ですよと声をかけ、青ざめているバージル様に深呼吸をしてくださいと微笑みかける。バージル様は深呼吸をしてからわたしを真似て、ひきつった笑顔を返してくれた。
落ち着きを取り戻したバージル様と一緒に早歩きで屋敷の脇を通り抜け、使用人達がバーベキューの準備をしてくれている場所へと向かった。
変なものを見たせいでばくばくと心臓が鳴っていたが、手作りの簡易バーベキューコンロを見たらテンションが上がってくる。
「バージル様、あれでお肉や魚介類や野菜を焼いて食べるんですよ! 楽しみですわね」
コンロを見てもバージル様はいまいちぴんときていないようだ。
目の前で焼いてもらって食べたいところだったが、料理をしているところを見せるのはあまりよろしくないらしく、食事用のテーブルは離れたところに準備されているらしい。
「ロゼ、食材の準備は出来ているのかしら?」
「はい。食材は時間まで厨房で保管しておくこととなっております。確認をしに行きますか?」
「そうね。バージル様、厨房も覗いてきましょう」
バージル様が返事をする前に手を繋いだまま屋敷の中にある厨房に向かった。大人しく着いてくるので異論はないのだろう。
ロゼは何か言いたそうだったが、口を開かずわたし達の後ろに控えていた。
「料理長! 準備はどうでしょうか」
厨房に入ると濃い紫色の瞳をした四十代の男が長いコック帽を頭から取り、笑みを浮かべたまま頭を下げた。我が家の料理長をしているロブソンだ。ロブソンには日頃からお世話になっている。懐かしい前世での食事を再現するため、よく厨房にやってきてはロブソンに料理を作ってもらっているのだ。最初はお父様もお母様も私が厨房に出入りすることに難色を示していたのだが、わたしが指示を出してロブソンが作った料理を食べた結果、わたしが厨房に出入りすることに関して二人とも目をつぶってくれるようになった。
普通の令嬢は厨房に立ち寄らないらしいから、最初はロブソンも伯爵令嬢であるわたしが厨房に出入りすることをあまり良しとしていない感じだった。だがわたしのしつこさと、新しい料理を作る楽しさに目覚め、今ではわたしにとても協力的だ。しかも努力家で、再現した料理をこちら風にアレンジして更に美味しくしてくれる。わたしの中でロゼの次くらいに親しみを感じている使用人である。
「アシュリーお嬢様、昨夜のご指示通り準備は出来ております」
「流石ですわ。見てもよろしいかしら?」
「もちろんですが……あの、よろしいのですか?」
ちらりとバージル様を見ている。ロブソンはもちろん我が家の使用人達にはバージル様が第二王子だと通達されている。絶対に失礼がないようにとお父様から言い含められているわけで、まさかその王子が厨房にやってくるなど許されているのかと怪訝な表情になっているのだ。
そういえば確かにバージル様を厨房に連れてきたのはまずかったかもしれない。手伝いをお願いしただけでお父様は止めさせようとしてきた。でも最後は折れてくれたわけだし、厨房に入らずして食事の手配など出来るわけない。これはセーフよね?
「バージル様、ロゼ、ロブソン……わたくし達は一蓮托生ですわ。怒られる時は一緒ですわよね?」
顎の下に手を添え、首を軽く傾けさせながらにこりと笑うとロブソンが大きなため息を吐いた。
「アシュリーお嬢様と一蓮托生とは、何と喜ばしいことでしょう」
「もう! ロブソンったらそんな嫌味を言わないで。大丈夫よ。お父様が食事の手配の許可を出したんだもの。私に許可を出したら厨房に行くことも想像がつくことだわ」
「ふふふ、アシュリーお嬢様の一蓮托生を聞いたのは久しぶりですわ。前はよく勝手に厨房に忍び込んではそうやって皆を脅してましたよね」
「いやだわ、ロゼまで。ふふふふふ」
わたしに巻き込まれてお父様に怒られたことがあるロブソンとロゼの視線は責めるものが含まれている。現実を逃避するように三人で笑っているとバージル様にちょんちょんと手を引っ張られた。
「もし伯爵が怒ったら私がアシュリーを守ります!」
上目遣いで見上げるバージル様の瞳は決意で燃えている。わたしを守ろうとしてくれる姿に「まぁ」とだけ呟き、自分の腕をつねってこの可愛らしい王子に抱きつくのを堪えた。それでもあまりの可愛さに震える。まるで天使ね。
「ありがとうございます、バージル様。もしもの時はよろしくお願いしますね」
ロゼも「あらまぁ」という表情をしている。女子の母性本能を擽る仕草に自然と表情が緩んでしまうのは仕方ないことよね。だって女の子はかわいいものが大好きなんだもの。
前世込みの感覚がどうしてもバージル様を自分よりも小さな子供という扱いをしてしまう。
「……それでは、準備していた食材を持って参ります」
ロゼ辺りにはバレていそうだが、バージル様には気付かれぬよう注意しながら密かにきゅんきゅんしていると、ロブソンがサイコロ状にカットされたお肉と野菜が入ったバットを持ってきた。
魚介類がないと思っていたら、魚介類は新鮮なものを食べられるように朝市に買い出しに行っているらしい。
「さすがロブソン。完璧だわ」
「指示の通りに準備しただけですけどね」
「お肉は鉄串に刺して焼きましょう! こんな感じに野菜と交互に刺してくださる?」
手を洗いロゼの制止を無視して鉄串にお肉と野菜を刺していく。
お肉は牛肉で、野菜はピーマンやトマト、アスパラやズッキーニなど型崩れしにくいものを色々準備してもらった。ロブソンも私を真似て鉄串に刺していく。
バージル様も興味ありそうに私の手元を覗いていた。
「バージル様もやります?」
こういう料理の手伝いをすると食べる時に更に美味しく感じるものだ。