第54話
「そういえば、アシュリーの話はなんだったんだよ」
決意を新たにこれから頑張ろうと心に誓っている時にエリオットに質問される。もとはといえばバージル様のことを相談したくてエリオットを連れ出したのだった。
「ええ、そうですわね。実はバージル様とのことなのです」
「何だ、ついに一線を越えたか?」
「えっと、実はですね……」
「マジ? やっちゃった? ついにセッ」
「やってません! キスだけです」
勢いでつい言ってしまった!
あわあわするわたしとは対照的にエリオットはつまらなそうな顔をする。
生々しい話を聞かされるのも困るけど、それだけかよとすっかり興味なさそうなエリオットをわたしは睨み付ける。こんなに悩んでいるのに「それだけ」ですって?
「逆にさぁ、よく今まで守れてたなと言いたい」
「守れてたって唇を? 面白い言い方するわね」
「だってバージル様はあからさますぎたじゃん。俺はてっきり、アシュリーはもういろいろ経験してるのかと思ってたぜ? 先輩」
「先輩やめろ。そんなわけないじゃない。わたしの将来を考えたら色々慎重になるべきでしょ?」
ついさっきまで今のわたしの婚約者というポジションはいずれ誰かに譲り渡すものという認識だった。欲張らず、驕らず、敵を作らないよう人に親切にしようと心掛けてきた。
その甲斐あってか当たり障りのない無難な女子として特に好かれてもいないが、大多数の生徒には嫌われてもいないはず。その上、女子最大派閥であるレオノアのグループに所属しており、そのトップのレオノアと仲の良いわたしの学園生活は、平和でそこそこ充実している。一部の女子に嫌われているが、それはバージル様の婚約者という立場を羨んでいる方達なので、これから先も仲良くはなれないだろうと諦めていた。ちょっと嫌がらせをされるくらいなので我慢もできる。嫌がらせといってもかわいらしいものだし。
「でも前から言っていただろ? バージル様のアシュリーに対する執着心は普通じゃないって。今まで分かりやすくアシュリーしか見ていなかっただろ? 俺はリリーが現れても二人の関係は変わらないんじゃないかと思ってたが」
「そうだったの?」
「あんだけの執着心が急に消えたらびっくりするって。でもここは乙女ゲームの世界だろ? 絶対とは言えなかった。俺も一応攻略対象キャラだからさ、ちょっと不安だったんだよ。リリーに会って強制的に好きになったらどうしようって。でもそういう抗えない力みたいなのは感じないし」
確かにエリオットの立場で想像すると不安になる。
自分の意思とは関係なく強制的に誰かを好きになってしまったら、それはもう自分とは言えないのじゃないかしら。エリオットがその事を不安に思っていたなんて知らなかった。言ってくれればよかったのに。
「……別に秘密にしていたわけじゃないぞ。言うタイミングを逃していただけで、俺の一番の目的はレオノアが生きていくことだから、なんかずるずると言い損ねたというか」
わたしが何を考えているかなんてお見通しなエリオットは頬を掻きながら言い訳を言っていたが納得出来ない。
「でも次からはちゃんと言ってほしいよ。わたし達って運命共同体みたいなものじゃない? わたしは今日みたいに遠慮なく相談しちゃってるんだから、エリオットも遠慮しないで何でも言ってよ」
「苦手なんだよな、自分のことを話すのが」
「……レオノア様のことなら言うくせに」
「レオノアのことなら言うだろ」
「とにかく! 次から不安に思うことがあったら言ってよね。約束よ」
小指を立ててエリオットの顔の前にずいっと手を伸ばす。
日本風にゆびきりげんまんだ。約束してくれるまで手を引っ込めないわよと脅すとわかったとエリオットが小指に小指を絡ませ、お決まりの歌を二人で歌ってゆびきった。
「ゆびきりとか子どもかよ」
「約束破ったら小指を切り落とし、一万回殴った後、針を千本飲まされるらしいね」
「こわっ!」
「約束だからね」
ふふふと笑っていると教室の扉が乱暴に開かれる。
「あららー? こんなところで二人何してんの?」
突然やってきた男はよく知る男だった。目立つオレンジ色の髪をした体格の良いこの男はわたしと同じ学年の生徒だ。サイドからバックにかけてツーブロックを入れ、全体はベリーショートベースのアシメを取り入れたアップバングはとても爽やかな印象を与える。垂れ目で優しげな雰囲気に見えて、灰色の瞳はいつも冷めていた。
「……驚きました、アーノルド様」
彼の名前はアーノルド。エリオットと同じく公爵家の嫡男で、現在騎士団の総統をしているのがアーノルドのお父さんらしい。鍛えあげられた逞しい身体は他の生徒達とは一線を画している。
そして、このアーノルドも攻略対象キャラの一人だ。
ひらひらと手を振りながら教室に入って来るのだが、その後ろから更にもう一人入ってくる。アーノルドが大きくて見えなかったが小柄な少年が一緒だった。少年の名前はクラークといい、少年も攻略対象キャラの一人だったりする。エリオットより一つ年下なので、この教室内では一番年下だ。成長期がまだきていないらしく少女のような容貌をしており、淡藤色の絹糸のような髪は肩に触れるくらい長く、猫みたいに大きな金色の瞳が印象的な美少年だ。クラークもまた大領地を治める公爵家の嫡男ということで……攻略対象キャラが王子と公爵家嫡男達だなんて、好物件男子が揃いすぎだろ。みんなそれぞれタイプが違うイケメンだし、将来も有望だ。この中から選ぶとかゲームのヒロインってすごいのね。
「おいおい、エリオット。バージル様の婚約者とこんなところに二人でいるのはマズイんじゃねーの?」
「そうですよ。こんな場所に二人で何をしてたんですか?」
「少し話していただけだ。問題ない。な、アシュリー」
曖昧な笑みを浮かべてわたしは頷いた。
この三人はとにかく仲が悪い。一人ずつと話す分にはいいのだが、三人揃うと厄介事に発展する確率がとても高くなる。口を閉ざしているのが面倒なことに巻き込まれない秘訣なのだ。
仲が悪いくせに、三人はよく一緒にいるんだよね。