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第53話

 昼食後、まだわたしと一緒にいたがるバージル様へ王宮から呼び出しがあり、名残惜しそうにアルスと共に外出して行った。

 最初は呼び出しを無視しようとしていたバージル様を、わたしとアルスの二人で時間ぎりぎりまで説得して王宮へ向かわせたのだ。飴と鞭を使い分けて強情なバージル様の首をなんとか縦に振らせると、アルスからは「流石、アシュリー様ですね」と訳の分からない賛辞を頂戴した。


 入学式もすでに終わっているし、今日は授業もない。

 図書室に行く気にも寮に帰る気になれない。さっきまでのバージル様とのやり取りのせいか、まだ心がふわふわしているみたいで今すぐ頭の中を色々整理したい気分だ。


 どうしようかと迷っていると正面の通路からエリオットとトーマスがこちらに向かって歩いてきていた。楽しげに談笑している二人の方にわたしは早足で駆け寄る。

 このタイミングでエリオットに会えるなんてとてもラッキーだわ。


「ご機嫌よう」


「わわっ!」


 わたしの突進に気がついていなかったトーマスが驚きの声をあげた。ちょっと勢いをつけすぎてつんのめってしまう。それでもにこにこ笑顔を忘れずに話しかける。


「大丈夫ですか? アシュリー様?」

「ええ。二人とも驚かせてしまってごめんなさいね」

「アシュリー、もう少し落ち着いたほうがいいぞ。廊下を走るな」

「エリオット! 先輩に失礼だろっ」

「いいのよ、トーマス。失礼なのはいつものことだから。でもお父様みたいなことを言うのは止めてちょうだい。気が滅入るわ」

「俺はアシュリーの父親の気持ちがよく分かる」

「今はそんなことよりもちょっと貴方に相談したいことがあるのよ」


 今から時間だいじょうぶ? とエリオットに質問するとトーマスが気を利かせ、「それじゃあ僕は失礼します」とささっと立ち去った。離れて行く時にはわたしにも笑顔でさようならと挨拶してくれる。相変わらず癒し系の少年だ。

 

「それでどうしたんだ?」

「……何て説明すればいいのか。思いがけないことが起こりまして、まさかの展開なんです。ちょっと聞いてほしい」

「何かあったのか? リリーのことか?」


 首を縦に振りかけて横に振る。

 リリーのことも気になるが、一番はバージル様の事だ。「どっちだよ」とツッコまれ、良いからちょっとこっちに来いと腕を掴んで廊下を早歩きで進む。一体どこでなら落ち着いて話が出来るかしら?

 人が多くいるところは周りが気になって話せないし、二人きりでどこか空き教室に入るのも後でバージル様にバレた時を考えるとちょっと怖い。図書室で偶然会ったトーマスと話しただけで密会を疑わて嫉妬をするくらいだ。相手がエリオットだとバレた時を考えると尚更怖い。相変わらずバージル様はわたしとエリオットの交流を快く思っていないわけで。


「なぁ、どこ行くんだ?」

「どこがいいかしら?」

「もういいよ。どうせ誰も見てないしそこの空き教室を使おうぜ」

「いいの?」

「平気だろ。さっさと話を済ませよう。俺もリリーのことで話したいと思ってたからちょうど良かった」


 エリオットが良いと言うならいいか。

 すぐ一番近くの空き教室に移動し、机を挟んで向かい合って座ると「それで?」とすぐに聞かれた。


「あーー、うん。先にエリオットからどうぞ」

「何だそれ? そっちが呼び出したのに……まぁいいか。実はさっきリリーと会ったんだよ」

「え? エリオットも?」

「エリオットもってことはアシュリーも会ったのか」

「バージル様と一緒にいる時にばったり会ったのよ。それで? エリオットはリリーを好きになった?」

「なるか!」

「そうなの? 乙女ゲームのシナリオはどうなったの?」

「そもそも攻略対象キャラ達は最初からヒロインを好きなわけじゃないんだよ」

「えええっ!? 乙女ゲームなのに?」

「最初から親愛度や好感度マックスってどこのクソゲーだよ。はじめはちょっとヒロインのことが気になる存在ってとこから、イベントやら日常で交流していって徐々に距離を縮めて相手を落とすってのが面白いんだろ?」

「へ、へえー」


 エリオットは体の前で腕を組みうんうんと頷いている。

 熱く語り始めたエリオットは本当に乙女ゲームが好きなのだろう。でも今は乙女ゲームの面白さについて話している場合じゃないのだ。


「あまり詳しい説明は結構ですから。それよりもリリーはどんな印象だった?」

「ゲーム通りのイメージって感じだった。アシュリーはヤバい子だって言ってたが、そんな印象を一切見せなかったな」

「わたし、さっきすごい怖い顔で睨まれたんですけど」

「マジ? 気のせいじゃなくて?」

「……ちょっとエリオット。貴方、まさかリリーの可愛さにすっかりやられてるんじゃないでしょうね?」


 リリーの見た目は確かに可愛い。バージル様やレオノアにだって引けを取らないのだもの。あれだけ可愛かったら、エリオットがうっかり好きになる可能性はゼロじゃない。一目惚れというのが世の中にはあるわけだし。

 疑いの目でエリオットを見ると違うぞと手を横に振った。


「そういうのじゃないって。だって俺の推しはずっとレオノアだし、これから先もそうだし」

「……姉を推すと堂々宣言するなんて本当に素敵ですわね」

「そんな白い目で見るなって。ヒロインキャラだから普通に可愛いと思うけど、それ以上特別な感情はない」

「殴られたわたしですら可愛い! ってなったもんなぁ。それで? 好きになりそう?」


 質問すると「はぁ?」と嫌な顔をされる。


「先のことなんて、そんなんわかんねえじゃん。でも可愛いヒロインだから好きになるってことはないな」

「そんなもん?」

「そうだろう。芸能人を可愛いって思っても付き合いたいとは思わないだろう。それと同じ」


 エリオットの言う通りだ。

 先のことが分からないのはわたしもエリオットもバージル様もみんな同じ。乙女ゲームとして割り切れないというか、そもそもこれはもうわたしの人生なのだ。思えば、今までだってシナリオ通りに進んでこなかったじゃないか。

 何も変わらないし、自分がやれることをやって生きていくしかない。

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