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第52話

「私はアシュリーが好きだ。これから先もきっとアシュリーだけしか好きになれない」

「バージル様……」

「アシュリーが思っている以上に私はアシュリーを想っている」


 熱のこもった黒い瞳に見つめられるとぞわぞわする。吸い込まれてしまいそうだ。


「怖がりなのに私の手を引いてくれただろう? いつも震えながらそれでも絶対に私の手を離さなかった。もう今さら手を離すことは出来ないぞ」

「本気なのですか?」

「どう思う?」


 ぐるっと視界が反転して今度はソファーにわたしの身体が沈む。ブランケットが床に落ちていくところが見えたが、それよりもわたしを見下ろすバージル様の強い視線に動けなくなってしまった。身動きしたら襲いかかってくる獣にマウントを取られた気分。

 こんな余裕の無さそうなバージル様の顔は久しぶりに見た。



「好きだ」


「……信じていいんでしょうか?」



 するっと出た言葉はわたしの本音だった。

 バージル様の好意は信じちゃいけないものだとエリオットから乙女ゲームの説明を受けた時に決めていた。それでも長い間バージル様から向けられ続けた好意は降り積もってわたしの中に残っている。

 形にならずに残っていたそれが今形になろうとしている。



「私を信じてほしい」



 どくんと胸が大きく鳴った。

 何かのスイッチが入ったみたいに顔に熱が集まり、高鳴る鼓動を落ち着かせようと自分の胸を押さえる。わたし、今すごい情けない顔をしているかも。

 ふにゃっと相好を崩したバージル様の鼻先が擽るようにわたしの鼻先に触れた。


「私と結婚してください」

「……け、結婚はまだ早すぎますわ。わたくし達、まだ学生ですよ」

「初めて拒否されなかった。早すぎるってことは、もう少し待ったら結婚してくれるってこと?」


 何と返事をしたら良いのか分からず、胸元を押さえていた手でおずおずとバージル様の服を掴む。これから先のことを考えたら怖いし、上手く言葉にする自信がなくて行動に移してみた。


 わたしはバージル様を信じたい。


 バージル様は幸せそうに瞳を細め少しずつ顔を近付けてくる。あっ、と思った時には唇と唇が触れていた。ひんやりした唇の感触がすぐに一度離れ、今度はさっきより深く重なる。


 瞳を閉じて口付けを受け止めている時に数年前の不思議な夢を思い出した。そういえば夢の中のわたしも今のようにバージル様からの口付けを受け入れようとしていた。

 まさか現実世界でこうなるとは。

 よく考えたら今世ではもちろん、前世も込みで誰かとキスするのは初めてのことだった。しかもその相手がバージル様とか……いつの間にやらわたしはバージル様に絆されてしまっていたらしい。


「……ヤバイ。今、死にそう」


 心の声が勝手に出てきたと思ったらバージル様の呟きだった。

 どうやら同じ事を考えていたみたいで少し笑える。赤くなったままの顔を両手で隠し、深呼吸する。落ち着けわたし。

 しかしそんなわたしの気持ちなどお構いなしにバージル様はわたしの両手を外し、「もう一度」と求めてくる。とろりと溶けてしまいそうなくらい甘く潤んだ瞳をしたバージル様に見つめられれば拒否することは出来そうもない。



 再び口付けをされそうになったところで、とんとんと会議室の扉がノックされ、わたしのピンク色になった脳みそに冷静さが戻った。そういえばここは学園の会議室だった。

 頭の上から大きな舌打ちが聞こえ、わたしの上にバージル様が倒れこんでくる。押し潰さないよう、肘で身体を支えてくれているので重くはないが大きな身体が邪魔で起き上がることが出来ない。


「誰かいらっしゃいましたよ」

「……無視しよう」

「ダメですよ」

「誰かは分かっているんだ。だが、非常に離れがたくて」


 すりっと頬擦りしてくるバージル様との間に肩を入れ、早く退いて下さいと文句を言うと渋々承知して上から降りてくれた。バージル様の手を借りてソファーの上に座り直し、わたしの乱れた髪を直し終えるのを確認してからバージル様は会議室の外で待っている人物に入室するようにと声をかける。

 会議室に入ってきたのはアルスだ。アルスは王宮の執事だったが、バージル様が学園に入るのと同時に世話係として一緒に学園にやってきていた。


「バージル様、アシュリー様。昼食の準備が出来たのでこちらに運ばせてよろしいでしょうか?……おや?バージル様、何やら機嫌が悪そうですな」


 一礼して入ってきたアルスを不機嫌そうな顔で睨んでいるバージル様の膝をぴしゃっと叩く。まだ顔に熱を感じたが、それを誤魔化すようにアルスに話しかけようとした時にバージル様の腕がわたしの腰に回る。

 いつもなら気にしないスキンシップだが、さっきのことがあるので気恥ずかしい。


「気になさらないでください。わざわざ昼食の準備をしてくださっていたんですか?」

「はい。昨日アシュリー様から昼食に誘われたと大喜びしたバージル様の指示で、アシュリー様の好物をたくさん準備致しましたよ。どうぞ召し上がって下さいませ」

「アルス……余計なことを言うな」


 ソファーの前に置いてある低めのテーブルの上に食べやすい軽食とスイーツが乗っているお皿が次々並べられていく。アルスが言った通りわたし好みのものばかりが集められていた。

 バージル様の指示と言っていたが以前わたしが美味しいと言ったものや、今度食べてみたいと言った店のスイーツが並んでいるところをみると本当にバージル様が細かく手配してくれたのだと分かる。入学式の準備もあって忙しかっただろうに、バージル様の心遣いがとても嬉しかった。本当なら昼食に誘ったわたしの方が準備しなければならなかった。わたしとしてはいつものように学園のカフェテリアで一緒に食事をってつもりで言ったので、こんな準備をさせて少し申し訳無い。


「とても嬉しいですバージル様。ありがとうございます」

「喜んでくれたのならよかった。アシュリーが喜んでくれるならそれが私も嬉しい」





 視線が合うとお互い少し照れくさそうにはにかみ合う姿を見たアルスは二人の関係が変化していることにすぐ気が付いた。何だかいつもと違く甘ったるい空気が二人の間に流れているではないか。優秀な執事らしく表情に変化は出さないものの、微笑ましい二人の様子に心の中でほっとする。

 アルスはバージルの長い片思い期間を知っている。アシュリーがバージルをどう思っているのかアルスにもいまいち分からず、バージルの隠しきれない重い恋心がこれ以上拗れてしまわないか心配していたのだ。バージルが目を光らせているとはいえ、見目麗しい令嬢が別の誰かと恋に落ちたりでもしたらこの王子はどうなってしまうのだろうと。多分心配していたのはアルスだけじゃないはずだ。国王と王妃からも、学園での二人の様子を報告するようにとアルスは言い付けられている。

 二人のために紅茶を準備し、若い二人を観察しながら国王と王妃になんと報告しようか頭の中で考えているアルスだった。

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