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第51話

 生徒は皆、式に参加しているため校舎に人の気配がない。

 静かな廊下を抜けて階段を上り、一番手前にある会議室の中に入る。ここは生徒会でもよく使用している会議室でバージル様はここの鍵を教師の許可を得て所持していた。

 会議室としては一番大きくて、豪華な調度品が揃えられている。これらは歴代の王族が寄付してきたものらしい。時代を感じさせる古美術品が飾られていたりする。貴重品ばかりで、値段がつけられないほど高価なものが混ざっている可能性があると聞いた時は、極力この部屋にあるものには触らないと決意したものだ。


「……あー、疲れた」


 バージル様が入学する時に持ち込んだソファーに二人で座る。

 とてもこだわって作られたというソファーは座り心地が良く、バージル様もお気に入りだ。このソファーに座れるのは学園でわたしとバージル様だけだ。他の役員達は絶対に座らない。


「お疲れ様でした」

「膝を貸してくれ。少し休みたい」

「ええ、どうぞ」


 身体をソファーの端に寄せ、バージル様が横になれるスペースをつくる。このソファーはバージル様が横になっても窮屈にならないくらいの大きさがあるので、たまにバージル様の昼寝のためのベッドにもなった。

 その時はいつもわたしの膝が枕の代わりになる。サイドテーブルの引き出しを開け、そこからブランケットを取り出してわたしの膝の上に頭を乗せたバージル様の体の上に掛けた。

 ぽんぽんとブランケットの上から肩の辺りを優しく叩き、眠っていいですよと声をかける。

 体調はまだ万全ではないようでうつらうつらとしているバージル様が、欠伸をしながら「そういえば」と口を開く。


「……さっきの入学生? 現れた瞬間にあいつらが消えた。アシュリーも気が付いたか?」


 リリーのことだ。

 ドキッとしたのを気がつかれないように、一息入れてから頷く。


「はい。バージル様の顔色も良くなっているようでした。あの子が近くにきた時に体調がよくなったのではないですか?」

「そうだ。急に頭がすっきりしたから驚いた」

「今は大丈夫ですか」

「平気だ。少しダルいくらい」

「……あの子をあそこに置いてきてよろしかったんですか? 迷っていたみたいですが」

「会場の場所は教えたんだ。あそこからは迷わないだろ?」

「迷っていたからということだけじゃなくて……あの子のことが気になったのではないですか?」

「確かに突然だったから驚いたが、全く気になっていないぞ。どうでもいいことだ」

「どうでもいいって……」

「何でさっきからあいつのことばかり気にしてるんだ?」


 ヒロインをあいつ呼ばわりでいいの?


 バージル様はゆっくり身体を起こし、肘置き部分に肘をついて至近距離で見つめてくるのだが、それが気まずくて右上に視線が泳ぐ。ソファーの背凭れ部分とバージル様の身体に挟まれてとても狭いし逃げ場もない。

 人の邪魔にならないようにと隅に寄っていくわたしの癖と、後ろを追いかけてくるバージル様の習性がこんな状況を作り出してしまうことが多々ある。


「バージル様、少し近すぎですわ」

「どうでもいいことだったけど。もしかして?」

「何ですか?」

「アシュリーが嫉妬したのかと思って」


 するりと頬を撫でられた。

 更に顔を近付けてくるバージル様は嬉しさが抑えきれておらず、口元がほころんでいる。嫉妬なのか保身なのか分からない。だが、バージル様がリリーに興味を示さなかったことを喜んでいる自分が確かにいた。

 でもそれを認めてはいけない。破滅への一歩となる可能性がある。


「……そういうわけじゃ」

「ふーん? なんかでもいつもと様子が違う。かわいい」

「もう! 見ないで下さいませ。わたくしは、バージル様こそいつもと様子が違ったのでてっきり」

「てっきり?」


 好きになったのかと思ったとは言えないよね。


「バージル様! わたくしはいつでもバージル様の味方ですからね」

「知ってるけど」

「もし、もしもですよ? バージル様に好きな人が出来てわたくしと婚約を解消したくなったらすぐ言ってくださいね」

「は?」

「わたくしもバージル様に協力しますから……だから」


 さっきまでわたしの頬を優しく撫でていた手をどんと背凭れに付き、バージル様と更に距離が縮まった。笑顔が消えており、ひえっと悲鳴が上がるくらい恐ろしい顔をしていた。さっきのリリーよりも怖いかも。


「はぁ?」

「あの」

「本気で言ってる?」

「そうじゃなくて、わたくしは」

「アシュリーと婚約を解消して、あれを好きになるって?」

「もしもの話です。怒らないで聞いてください」

「……わかった。とりあえず聞く」


 小さく縮こまっていくわたしをバージル様は見逃すつもりはないようだ。

 追い詰められている感が強い。とにかく圧が凄いので、これ以上怒らせないように気を付けながら早口で説明を済ませてしまおう。


「わたくしが言いたいのはバージル様の希望を叶えたいということなのです。もし惹かれる相手がいるなら正直に言って下さいね」

「それで他には?」

「今までちゃんと話したことはなかったですけど、勝手に決められた婚約であることは理解しています。わたくしはバージル様に好きな人が出来たらちゃんと婚約を解消するつもりでいますから安心してください。バージル様を煩わせたりしません」

「それで終わりか?」


 きっとこれでバージル様にわたしの気持ちは伝わっただろう。わたしは敵じゃないし、邪魔もしない。排除する必要のない人間だ。

 きゅっと口を引き結び小さく頷く。緊張しているのか心臓がばくばくと鳴り、息苦しい。バージル様は今何を考えているかしら。


「相変わらずアシュリーはひどい」


 はぁと大きなため息を吐いたバージル様の落胆した声に俯きかけた顔を上げる。背凭れに付いていた手がいつの間にかわたしのうなじにまわっており、ぐいっと引き寄せられたせいで体勢が少し苦しいが文句を言える空気じゃない。


「いつも私を切り捨てようとする」

「切り捨てようだなんて思っていませんわっ! わたくしは……」

「いい。今度は私の番だ」


 言葉を遮られてしまった。


「婚約は絶対に解消しない。アシュリーは勘違いしている。婚約の話は勝手に決められたのではなく私が父上に頼んでまとめてもらったことだ。王位より私はアシュリーが欲しかった」

「……うそ」

「私はアシュリーの全てを手に入れたい」

「バージル様のその気持ちは恋じゃありません。わたくしと過ごす時間が長すぎたせいで勘違いしているのです」

「恋なんて言葉で片付けられない。初めて会ったあの時から私が求めているのはずっとアシュリーだけだ。他の誰かに惹かれる? ありえない」


 はははと声に出して笑うバージル様の目が妖しく輝いている。

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