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第47話

 学園に入学してからあっという間に時は流れた。


 結局わたしとバージル様の婚約は解消されていない。更に残念なことにヒロインのリリーは見つからないままわたし達は最終学年を迎え、ついに乙女ゲーム開始の時がやってきたのだ。

 




「アシュリー!」


 次の授業が行われる教室へ移動するため、わたしはレオノアと数人の令嬢と回廊を歩いていた。

 背後から名前を呼ばれて足を止め、振り返るとバージル様がこちらに向かってやってくるところだった。


「逢いたかった」


 バージル様は回廊のど真ん中でわたしの頬を優しく触る。周りの視線など全然関係ないようだ。令嬢達のきゃあという黄色い悲鳴を聞きながら、したいようにさせておく。

 触られたことでバージル様の背後に異様に首が伸びた男が天井から吊るされているのが見える。他にも足元や窓にも不気味な姿があり、一緒にいた令嬢の首を抱き締めるように細い腕が回っているのまで見えてしまった。ぞわっと鳥肌がたったが、わたしは表情を変えることなく微笑みを浮かべたままバージル様を見つめる。

 前世でも学校や人が集まるところには変なものが集まりやすかったが、今世も同じようで学園では多くの幽霊を目撃している。同じ場所に止まっているモノや、徘徊しているモノなど様々だが、学園に通い始めて三年で前世のように何を見ても表情を変えずにいられるようになってきたと思う。


 天使のように可愛らしかったバージル様も三年でとても逞しく、そして美しく成長した。声も低くなり、背も見上げるくらい高くなった。近寄りがたい雰囲気があるものの、遠くから眺めるだけで良いと崇拝している生徒が多くいることは生徒皆が知っている。まるで太陽のように不思議な求心力がバージル様にはあった。

 王族だからというだけじゃなく、バージル様がそれだけ魅力的に成長したということだ。


 いつもは冷めた顔をしているバージル様が、わたしを見つめる時だけは甘くうっとりとした表情になる。恥ずかしいからやめてくださいなどと拒否するとこれ以上のスキンシップを求められることは学習済みで、どちらにしても注目を浴びるならと頬を触られるくらいは我慢することにしていた。


 バージル様も数人引き連れて合流したため、回廊は人で道を塞いでしまう。


「バージル様、通行の邪魔になってしまいますわ」

「そうだな。……レオノア、少しアシュリーを連れていくぞ」

「承知いたしました。ただ授業には遅れぬよう、気に掛けてあげてくださいませ」

「私が教室まで送り届ける」


 それでは失礼致しますとレオノアは優雅に一礼し、令嬢達を引き連れて回廊の先へと進んでいってしまう。わたしのことなのに、二人にわたしの行動を決められてしまった。

 口を挟めぬまま、バージル様に手を引かれて空き教室に連れてこられた。バージル様のご友人達は教室に入らず、教室の外で待機している。それはいつもの光景で、こんな風にバージル様から呼び出されるのは珍しいことじゃない。


「今日はどうしたんですか?」


 出入口から離れたところまで連れていかれ、バージル様は両手を軽く広げて何かを待っている。何を待っているのか分かったが、分かりたくないというか……


「……バージル様、ここは学校ですよ」

「あぁ」

「いつも言っておりますが、いくら婚約者とはいえ二人きりで人目のない場所に籠るのはあまりよろしくないですわ。外ではご友人の方々もお待ちなのですよ? お待たせするのは申し訳無いです」

「さすが私のアシュリー。慎み深く、誰にでも気遣いをみせる……だが、二人の時は婚約者である私のことだけを考えるべきだと思うぞ」


 瞳を細めてわたしを見つめるバージル様から、何やら不穏な空気が流れ始める。何か気に入らないことがあったのか、不機嫌さを隠そうとせずに両手を広げたまま一歩わたしに近付いてきた。

 その分わたしが一歩下がると更に距離を詰められる。

 教室の隅に追いやられ、逃げ場所をなくしたわたしは壁に背中を預けながら目の前に立つバージル様を見上げる。


「何だか機嫌があまりよろしくないようですわね」

「分かるか?」


 これで気が付かなかったら余程空気の読めないやつよ。


「昨日、授業が終わった後、図書室に行っていたらしいな」

「え、えぇ。出された課題で分からないところがありましたので図書室に行きましたが、それが何か問題だったでしょうか?」


 学園の生徒として学園の図書室を利用するのは何の問題もない。昨日の様に課題で分からないところがある時や、読書がしたい時は図書室を利用しており、バージル様だってその事は知っているはずだ。


「下級生と楽しげに過ごしていたとか?」

「下級生と楽しげにですか?」


 昨日の図書室での出来事を思い返す。

 そういえば課題に必要な本を探している時、一つ下の学年のトーマスに会った。トーマスはエリオットと仲が良く、その繋がりでわたしもトーマスと親しくなった。エリオットが言うにはトーマスも乙女ゲームに登場するキャラクターで、恋するヒロインを応援する友人ポジションという位置らしい。

 ひっそりヒロインに恋心を抱いているのだが、それを隠して恋に悩むヒロインの背中を押す報われない少年だとか。本当に良いやつなんだよとエリオットは入学して早々にトーマスと仲良くなっていた。

 確かにキラキラした顔立ちをしている攻略キャラ達と違い、親しみを感じさせる風貌だ。穏やかな性格が人相に現れており、子だぬきのような愛嬌もある。


 わたしもそんなトーマスのことをすぐに好きになった。

 癒し系で、話しているだけでほっこりするのだ。昨日はそのトーマスと図書室で偶然会い少し立ち話をした。楽しげにというところを強調するバージル様は、さっきまでの甘くうっとりした顔で見ていた人物とは思えないような顔になっている。すこんと表情が抜け落ち、それがまた恐ろしい。


「確かに図書室でトーマスと立ち話をしました。けれどほんの少しの時間ですよ? 少し立ち話をしただけで……」

「頭を触っていたと聞いたぞ」

「頭を? あ、髪に糸屑がついていたのでそれを取るために頭に触りました。もしかしてそのことを言っているのでしょうか?」

「あのタヌキ顔の頭は触るのに、婚約者である私には触れないと?」


 あ、これ面倒な流れだわ。


「昨日は授業が終わった後に父上に呼び出されて王宮に行き、学園に戻ったのは深夜だったからアシュリーに会いに行けなかった。朝一番で会いに行こうと思ったら婚約者が図書室でタヌキ顔の男と密会をしていたという報告を受けた可哀想な男を慰める気にはなれないと?」

「暴論です。もう! わたくしが密会なんてするわけないって分かっていてそんなこと言っているのでしょ?」

「……嫉妬深い婚約者を持つと大変だな」

「バージル様が言わないでくださいませ」


 仕方ないと諦めて手を広げているバージル様の背中に腕を回して抱き締める。

 学園で生活するようになってからの日課だ。バージル様は入学当初から一日一回以上わたしからの抱擁を求めてくる。

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