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第42話

 しばらくそのままの状態で待ち、ようやく視界に余計なものが見えるようになってきた。

 だが、わたしが寝泊まり出来るように準備してもらった部屋の中に片腕のない男が這いずっている姿は見たくなかったよ。


「……見えるようになりましたわね」

「部屋を変えてもらうか?」

「いえ、お気になさらずに。わたくしは平気ですわ」


 それじゃあ行きましょうか? とバージル様の手を引いて扉の方に向かい、少しだけ部屋の扉を開いて通路を覗き見る。バージル様もわたしの頭の上の方から通路を覗いた。


「フェリクス様はどちらにいらしたのですか?」

「……向こうだ。行こう」


 今度はバージル様がわたしの手を引いて歩き出す。

 今のところフェリクス様の姿は見えない。バージル様がフェリクス様が立っていたという場所へと足を進めた。


「ここに立っていたんだ」


 客室の通路を真っ直ぐ進み、突き当たりまで歩いて行くとフェリクス様はここに立っていたとバージル様は言った。ここから左右に通路が分かれている。

 どちらに行けばいいのか。

 右と左を見比べ、「どうしましょうか?」とバージル様を見ると、バージル様は左側の通路をじっと見ていた。

 わたしもバージル様の視線の先を追うと、照明がゆらゆらと揺れている。さっき見たときはそんなことはなかったはずだ。風が吹いたわけじゃないのに不自然に揺れているそれを見て、そちらに呼ばれていると分かった。


「行きましょう、バージル様」

「ああ」


 また長い通路を進んでいく。

 誰かとすれ違うこともないし、遅い時間というわけでもないのに人の気配を感じない不気味さに身体が少し震えた。わたしが不安になるとバージル様にも伝わってしまう。何でもないという顔をして通路の先を見据えて進んでいくと今度は階段に着いた。

 使用人が使う狭い階段で、ここから中庭にも降りて行くことが出来るらしいのだが、普段は階段に通じる扉は閉じているらしい。そこが少しだけ開いており誘い込まれている感がすごい。


「上か、下か……」


 迷う暇なく、階段の下の方から金属が転がるような音が聞こえた。


「下みたいですわね」


 フェリクス様、なんて親切な……

 階段を降りて行くと外へ通じる扉から中庭に出る。外はもう暗くなっており、空には星が浮かんでいた。日が落ちたあとの夜風は冷たくぶるっと身体が震える。


「寒いだろう?」

「手を繋いでいるから平気ですわ。バージル様は寒くないですか?」

「私は大丈夫だ」


 バージル様は着ていた上着を脱ぎ、わたしの肩に掛けてくれた。

 寒くないと言ったものの、中庭に出てから肌寒さを感じていたのでバージル様の気遣いに感謝する。しかし、それではバージル様が薄着になってしまう。流石に申し訳なくなり上着をお返ししようと思ったのだが、バージル様は受け取ってくれない。


「いいから着ていろ。風邪を引くぞ」

「バージル様もですよ」

「私は昔と違って風邪を引かなくなっただろう」


 確かに成長するにつれて寝込む回数は減り、身体を鍛えるようになってからバージル様は風邪も引かなくなった。

 くしゅんと一度くしゃみが出てしまったわたしのお願いは聞き入れてもらえず、そのまま上着は借りることとなる。



「……見えるか?」

「はい、あの方がフェリクス様なのですね」



 フェリクス様から次のヒントが与えられなかったので、わたしとバージル様は中庭を捜索していた。何か違和感がないか慎重に見ながら進んでいくと、暗闇の中に薄く発光した青年が立っている。

 フェリクス様とバージル様もよく似ている。二人とも王妃様に似たのね。繊細で美しく上品な容貌に、手足は長く立ち姿だけでもとても絵になる。騎士のように屈強とは言えないが、充分に鍛えられた体躯をしていることは一目で分かった。バージル様の真っ直ぐな髪とは違い、毛先に少し癖がある長めの髪はフェリクス様の柔らかな雰囲気にあっていた。



 フェリクス様はこちらをじっと見ている。



 客室前の通路で見たフェリクス様はバージル様は睨んでいたと言っていたが、フェリクス様の視線から悪意は感じない。

 ただ、何か訴えたそうな切実さは感じる。


「兄上、何か私に言いたいことがあるのですか?」


 バージル様の問いに答えるようにフェリクス様は確かに何か口を動かしている。バージル様に今度は聞こえますか? と確認を込めて見上げると、困った顔で首を横に振った。

 今もフェリクス様の声はバージル様には聞こえないらしい。


 もどかしそうな顔をしているバージル様の腕にそっと触れ、落ち着いて下さいと声をかける。どうやって意思の疎通を取ればいいのか分からず、困っているわたしとバージル様を見ながら、フェリクス様は中庭の更に奥の方を指差し消えてしまった。


「あちらに行けってことでしょうか?」

「そのようだな」

「バージル様はフェリクス様が怒っているように見えたと言っていましたけど、そんな風には見えませんでしたわね?」

「……そう、だろうか?」

「わたくしには悪意があるように見えませんでした。それよりも何か大切なことを伝えたがっているように見えました」

「大切なこと?」

「多分なのですが……答えは向こうに行ってみれば分かると思いますわ。行ってみましょう」


 フェリクス様がバージル様を傷付けようとしているように見えなかったからということもあるのだが、フェリクス様があまりにもバージル様に似ているせいで、面識もないのに最期に何か伝えたいことがあるなら手助けしてあげたくなっている。

 バージル様が成長したらフェリクス様のようになりそうだ。

 まるで未来のバージル様を見ているような気持ちになってしまっている自分に気が付いた。


「アシュリー? どうした?」


 先を目指すために歩き出したのに、すぐ立ち止まってしまう。


「何でもないです。申し訳ございません……急ぎましょう」


 わたしはもう一度慌てて足を前に進めた。バージル様は心配そうな顔をして何か言いたそうだったが、もう一度急ごうと言うわたしに同意し、口を閉ざして歩くスピードをあげてくれた。それでもわたしの負担にならないよう、歩幅を合わせてくれている。

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