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第41話

 椅子にバージル様を座らせたあと、もう一つの椅子を引っ張ってきて並べるように置いてからわたしもそこに座った。


「……本当にフェリクス様だったんですか?」


 バージル様の手を両手で握り、ふぅと深呼吸してからバージル様に質問をする。バージル様の手は氷のように冷たくなっていた。

 身近な人が亡くなった時、残される人達に会いにくることはよくあることだ。わたしも前世で近所に住むおばあちゃんが亡くなった後にわたしに会いに来てくれたことがあった。まだ幼い時のことで、いつもおやつをくれる近所のおばあちゃんに懐いていたわたしは、おやつを持って遊びに来てくれたと勘違いしていたことがある。亡くなったばかりの人は、生きている人間と変わらない。


「間違いないと思う」


 ぎゅっとバージル様がわたしの手を強く握る。


「もしかしたらバージル様とお別れをするために会いに来たのかもしれませんわね」

「そうかもしれない。ただ、口を動かして何かを言っているように見えた。でも何て言っているのか私には聞こえなかったんだ」

「……そうだったのですね」

「すごく、怖い顔をしていた。兄上は私を……」

「バージル様、しっかりなさってください。フェリクス様が現れたのはさっきが初めてなのですか?」

「あぁ、そうだ」


 バージル様が見たものが本当にフェリクス様なのかは分からない。

 だだ本当にフェリクス様の幽霊の可能性はある。バージル様は見える人なのだから。


「どうしたいですか?」

「……私はずっと兄上との間に壁を感じていた」

「はい」

「兄上だけじゃない、父上と母上にも同じものを私は感じて生きてきた。最後の最後まで分かりあえないまま、兄上とはもう話すことも出来ない」

「……バージル様」

「聞きたくない声は聞こえるのに兄上の声が私に聞こえない」


 項垂れて小さくなるバージル様の背中の上にそっと片手を乗せる。言葉の語尾が震えているのは気のせいじゃないだろう。


「……フェリクス様はまだいらっしゃるでしょうか?」

「どう、だろうか?」


 どうしたらいいのだろう。

 今まで幽霊関係は自分から避けてきた。決して近寄らず、無視をしてその場をやり過ごす作戦でずっときた。自分から近寄るなんて前世も今世も考えたこともなかったが、今日初めて迷っている。一体どうするべきなのか。


 わたしはフェリクス様がどんな人か知らない。


 生きているバージル様とお亡くなりになったフェリクス様を対面させることがいいことなのか、悪いことなのか……。苦しんでいるバージル様に安易な提案は出来ない。バージル様に辛い思いをしてほしくないのだ。

 人は亡くなると良くも悪くもその人の心が剥き出しになる。

 善意も悪意も平等にぶつけられ、物語のように綺麗には終わらない。亡くなった人と生きている人の時間が重ならないように、本来なら関わらないほうがいいのだ。



「……バージル様。貴方には二つの選択肢があります。フェリクス様を見たことをこのまま忘れてしまうか、会いに行くかのどちらかです」



 わたしの出した選択肢にバージル様は少しだけ目を見開き驚いた顔をした。

 きっと会いに行くのを止められると思っていたのだろう。顔を見ただけでバージル様が何を考えたのかが分かった。


「わたくしは嫌な女なのです。バージル様が考えている通り、フェリクス様を見たことは忘れてしまったほうがいいと思っているのですから」


 それがわたしの本音だ。

 なぜフェリクス様が現れたのか理由が分からない以上、わざわざバージル様が傷付く可能性があるのに行く必要はないと思っている。


「でも、バージル様の立場で考えた時、わたくしだったら……きっと家族の最期の言葉を聞きに行くでしょう」

「……アシュリー」


 一方でバージル様と同じ立場になった時を想像してみると違う答えが出てくる。傷付くかもしれないが、わたしだったら会いに行くだろう。


 やはり、答えはバージル様が出すしかないのだ。フェリクス様の時間はきっとあまり残っていない。フェリクス様が生きていた頃のままの姿でいるということは、この世に居残る不気味な存在とは違うという意味だ。死者が最期に向かう場所があるのかは分からないが、いずれ消えてしまう。


「バージル様はどうしたいですか? わたくしはバージル様のお心のままに行動するのが良いと思います。後悔しないように」

「……私、は」

「わたくしはバージル様の味方です。好きに選んでいいんですよ」

「……そうだな。アシュリーはいつも私の味方をしてくれる」


 力のない笑みを浮かべているが、目は決意したことを告げている。バージル様はフェリクス様に会いに行くことを決めたようだ。


「わたくしも一緒に行きますわ」

「いや、私一人で」

「それは駄目です」


 一緒に行けば何かあった時に対処できるはず。


「わたくしを置いていくつもりだったのですか? 置いていかれてもこっそりついて行きますからね」

「……ありがとう」


 わたしの手を握るバージル様の手が強まった。きっと会いに行くと決めたものの心細かったのだろう。無理矢理ついて行くと言えばバージル様は断れまい。

 頷き、「どういたしまして」と心の中で言っておいた。




 一度わたしがバージル様に抱きついてしまっているので、時間を空けないとまた幽霊が見えるようにならない。

 わたし達は互いに手を繋いだまま時間が過ぎるのを待つ。バージル様の心が軽くなるよう、ほんの少しでも支えになれればわたしはそれでよかった。

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