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第40話

「アシュリー様、王妃様よりお話は伺っております。よろしければ今晩は王宮でお休み下さいませ。客室を準備しております」

「えっ、ですが……」

「バージル様のためにもお願いします。公爵様のところには使いを送り、本日は王宮に泊まると伝えに参りますので」

「そうですか。それではお世話になります」


 背筋がぴんと伸び、渋くて大人の色気のようなものを感じさせる執事は名をアルスというらしい。王宮に長く勤めているということで今は王妃様に仕えており、それ以前は亡き王太后様にも仕えていたとのことだ。

 きっと優秀な側仕えなのだろう。


 アルスに案内された客室は若い女性が好みそうな可愛らしい部屋になっていた。思わず感嘆の声が出てしまう。


「かわいい部屋ですね」

「気に入っていただけたのなら良かったです。それでは私は失礼します。何かございましたら、遠慮なくお申し付けください」

「ありがとうございます」


 アルスは部屋を出ていったがバージル様はまだ部屋に残っている。

 退室する時に扉を開いたままにして出て行ったのは、若い男女を二人きりにし、あらぬ噂が流れないようアルスなりに気を使った結果だろう。


 しかし、バージル様は開け放たれたままになっていた扉に気が付き、さっさとそれを閉めてしまう。


「……バージル様」

「いいだろ? 少しだけ、アシュリーと二人だけでいたい」

「外聞が悪いですわよ」

「そんなものどうでもいい……」


 投げ捨てるような言い方だった。バージル様の異変に首を傾げる。

 よく見ると顔色が悪い。青白い顔をしたバージル様は扉の方に背を向け、口許を押さえている。吐きそうになるのを堪えているように見えた。


「大丈夫ですか?」


 食事をあまりしていなかったところに、たくさん雑炊を食べ過ぎたせいでお腹がびっくりして気持ち悪くなってしまったのでは? と、心配になりバージル様の肩に手を伸ばそうとしたらバージル様に距離をとられた。触られるのを避けたらしい。


「バージル様?」


 今までバージル様にこんな避けられ方をしたことはなく、行き場をなくした手が空を掻く。バージル様も自分の行動に驚いたような表情をしている。


「ごめんっ、あの……」

「大丈夫ですから、落ち着いてください」


 王宮に残るようにわたしを説得していた時は元気そうにしていたが、案内された客室に来てから明らかに様子がおかしい。最近はここまで動揺をみせることがなかったから忘れがちだが、きっと嫌なものが見えたのだろう。

 きっと幽霊的なものだ。

 でも、今までと反応が違う。


「抱き締めてもよろしいですか?」


 両手を広げてバージル様を見つめる。

 触ることを拒否されてしまったので、その場で両手を広げて先に確認を取る。何が見えたのか分からないが、わたしから抱き締めればバージル様に嫌なものは見えなくなるはずだ。最近ではバージル様が幽霊問題にとても強くなり、強制的に幽霊を見えなくする必要もなくなってきたため、わたしからバージル様に抱きつくことはなくなっていた。逆はたまにあるのですけどーー

 バージル様は返事をせず、自分の前髪をくしゃっと握り締めていた。


「大丈夫ですよ、バージル様」


 落ち着かせるためにバージル様の名前を呼びながら腕に触れ、今度は避けられないのを確認してから背中に腕を回して抱き締めた。何度も背中を撫で、大丈夫と声をかけ続けていると、強張っていたバージル様の身体から力が抜けていくのが分かる。

 忘れていた呼吸を思い出したと言わんばかりに何度か深呼吸を繰り返し、バージル様もわたしの背に腕を回した。


「……アシュリーは小さくなったな」

「まぁ! わたくしも大きくなっているのですよ。バージル様がそれより早いスピードで大きくなっているだけです」

「……小さくて、やわらかくて、あたたかい」


 絞り出したような小さい声が耳に届きわたしはわざと怒った声を出すと、わたしにしがみついたままのバージル様がふふっと笑う。見つめあうと、バージル様の瞳が不安げに揺れていることに気が付いた。

 言おうか、言うまいか迷っている。わたしの首筋や頬、前髪を触り気持ちを落ち着かせようとしているようなのだがその表情は苦しそうだ。バージル様の苦しそうな表情を見るとわたしまで辛くなってしまう。お返しのようにバージル様の頬に触るとその手の上に手を重ねられた。


 「はぁー」と息を大きく吐き出したバージル様が身体を少しだけ離し、わたしを見下ろしながらようやく重い口を開いた。



「……兄上がいたんだ」



 バージル様の兄上。

 つまり、お亡くなりになった第一王子のフェリクス様のことだ。


「兄上が通路の向こうからこっちを見ていた」

「それ、は……」


 幻影なのか、幽霊なのかーー

 バージル様に何と声をかければいいのか分からなかった。口を開きかけて、そのまま閉じる。まだ続きがあるような気がしたのだ。


「アシュリー」

「……バージル様」

「あれは本当に兄上なのか?」

「バージル様、しっかりなさって下さい」

「私の前に現れたのは、他のやつらが言うように……」

「バージル様!」


 ぱちんと両頬を掴み、それ以上先は言わせない。続きの言葉なんか待たなきゃよかったわ。

 完全に弱ってしまっている。夢の中でバージル様が言っていたことを思い出した。お兄様の代わりに自分が死ねばよかったなんてまだ思っているわけじゃないわよね? そんなの聞きたくない。


「ごめん、もう言わない約束だったな」


 やっぱりあの不思議な夢はわたしとバージル様を繋いでいたんだ。

 今バージル様が話している内容は夢の中で話したものだ。「そうですわ」と頷き、バージル様の手を引いて部屋の中央にある椅子の横まで連れて行き椅子に座らせる。

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