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第39話

 王妃様は他にも面会の依頼があるらしく部屋を出て行き、公爵様からは先に屋敷に戻っていると言われた。わたしが屋敷に戻るための馬車の手配はしておくと言われたので、帰りの心配はない。

 心配はないが、バージル様はいつまで眠っているのだろう。

 やることもなく、ただ座っているのは暇だ。


 そういえば前にもこんなことあったような気がするわね。

 あれは、そう。バージル様が伯爵家に来てすぐの事だったわ。あの頃のバージル様は身体が小さく、顔色の悪い少年だった。脅えた仔猫が毛を逆立て、世の全てを警戒しているようにわたしには見えた。


「……随分、大きくなりましたね」


 体勢はあの時と一緒なのに寄り掛かってくる少年は大分大きくなってしまい、わたし一人で長時間支えるのは難しくなった。

 肘置きに身体を預け、苦笑いしながらバージル様の艶のある黒髪をそっと撫でる。バージル様が王宮に来てからそんなにたっていないのに、また少し大きくなったのではないかしら?

 顔色が悪いので今はよく寝てもらい、起きたら食事をとってもらおう。王妃様がしっかり食事を取っていないと心配していた。あまり食欲がないならスープのようなものを作ってもらったほうがいいかもしれない。それか雑炊ね。

 この世界の主食はパンだが米も存在している。それを知った時、わたしがどれだけ歓喜したことか……元日本人のわたしとしては、お米がどうしても食べたくなる時があるため、伯爵家では定期的にお米が食卓にあがる。バージル様もその関係でお米が好きになった。身体が弱かったバージル様が体調を崩した時は、わたしが鶏肉と玉子とキノコの雑炊を作ってあげたりもしていた。

 だが、果たして王宮にお米があるかしら。バージル様は伯爵家で初めてお米を食べたと行っていたし、あまり流通していない可能性もある。だが、ここは王都だ。王宮になくても、探せばどこかにあるだろう。


 あれも、これもと考え込んでいたわたしは、バージル様の身体が傾いてしまっていることに気付くのが遅れ、膝の上に落ちていくのを止められなかった。


「……」


 流石に目覚めたバージル様だったが、まだ眠いのか目を擦りながら小さく唸っている。こういうところは変わらないのよねと笑ってしまった。


「……ひどいな、落としておいて笑うなんて」

「落としていませんわ。バージル様が自分で落ちたのです。もう少しお休みさせてさしあげればよかったのですが……体調は如何ですか?」

「ああ、よく眠れたから頭がすっきりしている。本当にありがとう、アシュリー」

「わたくしは何もしておりません」

「そんなわけないだろう? ごめん、遠慮なく寄り掛かって眠ってしまった。私のせいで身体が痛いんじゃないか?」

「平気ですわ。それより、バージル様。また大きくなったのではないですか?」

「そうか? 自分では分からないが、そんなに長く離れていないだろう。気のせいじゃないか?」

「いえ、気のせいなんかじゃございませんわ。いずれ、わたくしの肩じゃ小さすぎて枕の代わりにならなくなりそうですわね」

「その時は膝を貸してくれ。良いだろう?」

「……そうなったらその時に考えましょう」


 バージル様とリリーが出会ったらわたし達の関係はどうなってしまうのかしら。

 遠くない未来、学園に通うようになったら間違いなく二人は出会うわけだ。ヒロインのリリーに癒され、バージル様はトラウマを克服するらしい。つまりバージル様がこれから先、弱った時はわたしじゃなくてリリーが支えになるのだ。


 そう考えるとなぜか胸がちょっとモヤモヤする。


「あ、そうだ。バージル様。お腹空きません?」

「空いたかも」

「何か作ってもらいましょうか?」

「……アシュリーの雑炊食べたい」

「……お米あるでしょうか?」


 バージル様が望めば最初から雑炊を作ってあげるつもりだったが素直に頷けない。モヤモヤのせいかしら。

 膝の上に頭を乗せたまま眠そうな顔をしているバージル様はとても無防備だ。わたしだけに見せる特別な表情。今は余計なことは考えず、バージル様が一人で苦しまないようにただ側にいよう。


「材料は準備させるから」


 それならばとわたしは頷く。

 時間がかかってしまいますけどと確認したのだが、構わないとのこと。バージル様を引き連れて厨房に向かい、突然現れた王子様に慌てる料理人達に申し訳無いと思いながら雑炊を作った。

 贅沢な食材は使われていない。だが玉子に鶏肉にキノコの入った雑炊は質素だが身体が温まるし何より美味しい。

 これならあまり食欲のないバージル様でも食べれるはずだわ。


 完成した雑炊をバージル様はペロリと平らげた。急に食べ過ぎて気持ち悪くなっても困るので無理しなくていいと言ったのだが、食欲が戻ってきたと言って全部食べてしまったのだ。

 最初はわたしが作る雑炊を疑うように見ていた王宮の料理人も、王宮に来てからほとんど食事に手をつけていなかったバージル様が食事をしたことにほっとしているようだった。


 バージル様が食事をしたのを見届けたのでわたしも安堵し公爵様の屋敷に帰ろうと思ったのだが、バージル様がわたしを帰らせまいと必死になり日が落ちかけているのに王宮から離れられずにいる。


「あの、バージル様? 何度も申してますが、わたくしもう戻らないとなりません。公爵様のお屋敷でお世話になっていますので、あまり遅い時間には戻れません」

「なんで? 王宮に泊まればいいよね?」

「それは出来ません。これも何度も申してますが、今日は王妃様とヴァルトラン公爵様のおかげでこっそり王宮に来ることが出来ました。だから問題が起こる前にまたこっそり王宮を去らなければならないんです」

「じゃあ、私も公爵の屋敷に行く」

「何でそうなるんですか!?」


 なぜかわたしが王宮に残るか、バージル様が公爵家に行くかの二択みたいになっている。どちらか選べるわけもなく、時間ばかりが過ぎていく。

 バージル様はわたしの手を掴んで、離そうとしないので逃げることも出来ない。こうなるとバージル様は絶対に譲らないのよね。どうしたらいいかしら。


「バージル様、あまり女性を困らせてはなりませんよ」


 執事服を着たロマンスグレーの初老の男性が立っていた。

 髪を後ろに流し、瞳を細めた男性は優しげに微笑みを浮かべながらバージル様を窘める。 

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