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第4話

 客室にはすぐ着いた。

 控え目に扉をノックをすると室内から「どうぞ」と声が聞こえた。ノックしたものの、返事がなければいいのにと考えていたので残念だ。


「失礼します」


 扉を開けると寝台に横になっているバージル様と目が合った。虚ろな目がわたしの姿を捉える。何だか疲れきってるなぁと思いながらスカートをつまみ、腰を少し落とした。


「バージル様。遅くなりましたがご挨拶させてください。わたくしはアシュリーと申します」

「……しばらく伯爵家に厄介になる。その間アシュリーにはぜひ私の話し相手になってほしい」

「わたくしで宜しければ喜んで。それと先程の庭でのことを謝罪させてください。バージル様が尊き御身分と知らず、失礼なことをしてしまいました。大変申し訳ございませんでした」


 頭を下げるとバージル様より止めるように声がかかる。「私は気にしていないので謝る必要はない」とのこと。あー、よかった。

 それでも気は抜けず、きりっとした表情のままバージル様を観察する。まだ顔色が悪い。


「バージル様、お顔の色が悪いですわ。今は少しお休みになったほうがよろしいのでは? お話はお目覚めになった時に致しましょう」

「どうせ悪夢しかみない」

「悪夢ですか?」


 バージル様は寝台から身体を起こし、ロゼに部屋を退出するように告げる。ロゼは困ったようにわたしを見た。十歳といえど男女が二人だけで部屋で過ごすのは良しとされないのだ。

 しかしバージル様はどうしても二人で話したいことがあるらしい。譲らない空気を感じとり、わたしもロゼに部屋から出ているように指示をだす。


「……それでは何かありましたらお声をかけてください。部屋のすぐ外で待機しておりますので」


 すぐ外を強調してロゼは部屋から出ていった。

 部屋はわたしとバージル様だけになる。一瞬で静まり返り、わたしはバージル様の言葉を待つ。何を言いたいか、何となく想像は出来るが。


「庭でみたようなものを私は毎日のように見ている」


 ポツンと呟いた言葉にわたしは小さく頷いた。


「今まで他にあれが見えるものに会ったことがなかった」

「あの顔が塗り潰された不気味な男ですね」

「そう! それだ。アシュリーも本当に見えるんだな」

「ええ。あの時だけですが」


 バージル様もわたしと同じようにあの不気味な男を見ていた。あんなものを毎日見る者の気持ちはよく理解している。バージル様はそれに加えて声も聞こえるらしいから、わたしが体験した以上の恐怖を日々あじわっていると簡単に想像出来る。


「あの時、アシュリーは慣れていると言っていたが……いつもあいつらが見えているわけじゃないのか?」

「ええ、わたくしの場合、昔見えていたといいますか……今は見えていなかったのです。さっきはとても久しぶりに見ました」


 そういえば、わたしは庭で慣れてると言ってしまったのだ。

 昔見えていたというのも嘘じゃない。前世と今世をひとくくりにすれば、昔で間違いないのだから。


「ということは、いずれ私もあいつらが見えなくなるのだろうか!」


 虚ろだった目に光が戻る。

 驚きと希望が溢れた顔で見られても、わたしは何も言えなかった。わたしの場合は、一度命を失ってからやつらが見えなくなった。苦しみが分かるからこそ、適当なことは言えないことに気がつく。初めて会った子供に前世の記憶があるなんて正直に言うつもりは全くないので、何と返事を返したらいいのか分からず困ってしまった。

 バージル様は笑っていた。恐ろしく整った顔立ちだと思っていたが、初めてみる満面の笑みは大層可愛らしい。すごい破壊力だ。


「……わたくしには分かりません。ですが、そうなればよろしいですわね」

「アシュリーのような前例があるなら多少期待が出来る」


 多少の期待なんて言っているが、バージル様の表情は暗闇の中で光を見つけた者のものだ。やっと見つけた光が明るい場所へ続いていると信じている。


「バージル様、まずはお休みを。お目覚めになりましたら屋敷をご案内します」

「……分かった。そこまで言われてしまったら仕方ないな」

「眠りにつくまでお側におりますね」


 付き添われるとは思っていなかったらしく驚いた顔をするバージル様を促すように背に手を添え寝台までお連れする。横になったのを確認してから上掛けを肩の辺りまで引き上げ、ぽんぽんとそこを軽く叩いた。

 わたしもお母様に寝る前によくこうしてもらっている。怖い夢を見ずに安らかに眠れるよう、こちらの世界の母親が子供を寝かしつけるための定番のものだ。部屋に備え付けられている椅子を寝台の横に移動させ、バージル様が眠るまでここで座っていよう。

 椅子にちょこんと座り、バージル様の顔を眺めていると「見られていると眠りづらい」と文句を言われた。


「アシュリー……」

「しー。眠れないと思っていても目を閉じていれば眠れるものです」

「……だが」

「しー! わたくしも目を閉じますので、バージル様も目を閉じてください。ちゃんと眠るまでここにいますから安心してくださいませ」


 見られているのが嫌なら目を閉じれば気にならないだろう。

 手本になるべく先に目を閉じてみせた。……だが、それがよくなかった。わたしはバージル様より先に椅子の上で眠ってしまったらしい。しかもこともあろうか寝惚けて椅子から落ちかけ、うとうと眠りそうになっていたバージル様を壁際に追いやって無理矢理寝台に侵入したらしい。

 目覚めた時バージル様の顔があまりに近くにあったことに驚き悲鳴をあげてしまい、その声を聞きつけたお父様とロゼが客室に飛び込んできたことでこの事が大っぴらになってしまったのだ。そこでバージル様からなぜそんな状況になったのか経緯を聞いたお父様とロゼに私はこっぴどく説教されることとなったのだった。

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