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第37話





「……ヴァルトラン公爵様? わたくし本当にこれで王宮に行くのでしょうか?」

「悪いな、アシュリー。これが一番簡単にバージル様との面会を果たせるのだ」


 わたしは今、公爵家の女性の使用人が着るメイド服を着ていた。

 クラシックロングのメイド服は可愛いが、自分で着ると夢の中の制服に引き続きなぜかコスプレをしている気分になるわね。でも白いエプロンにホワイトブリムが可愛い。

 メイド服なんて着る機会がないので、ちょっとだけ別人になったみたいで楽しい。編みおろしのツインテールに、化粧をしてもらえば実年齢よりも少し年上に見えるだろうし、アシュリーと気がつかれることはないだろう。そもそも社交界デビューもすませていない伯爵家の娘など、顔も知られていないし誰も興味などないのだ。


「どうかしら、ロゼ?」

「……アシュリーお嬢様は何を着てもお似合いですわ」


 少し複雑そうな顔をしたロゼがわたしの問いに頷いた。


「まぁ、多少は似合うんじゃないか?」


 聞いてもいないの偉そうなことを言うエリオットにはちらりと視線をなげ、張り付けたような笑みを浮かべながら「ありがとうございます」と口だけの礼を言う。後は無視した。

 エリオットはヴァルトラン公爵様にそんな褒め方があるかと怒られている。乙女心の機微が分かるよう、公爵様に教えてもらったほうが良いだろう。


「エリオット様も王宮に?」

「いや、留守番だ。気をつけて行ってこい」

「分かりましたわ。バージル様のことはわたくしが責任を持って確認してまいります。待っていて下さいませ」

「……そうだな。特に興味もないが、確認してこい」


 本当に興味なさそうな顔をしたエリオットがわたしとヴァルトラン公爵様を送り出してくれた。



 すでに面会の依頼は済ませていたらしく、王宮に着くと面会のため準備されているという部屋へすぐ案内された。

 ヴァルトラン公爵家の使用人という設定なので、王宮では公爵様の後ろを着いていくのだが、わたしの他にもう一人本当の使用人が公爵様に付き従っているのでわたしは三番目を静かに着いていく。口は閉ざしているが王宮内は今まで見たことない豪奢な造りとなっているので、ついきょろきょろ辺りを見渡してしまう。


「……アシュリー様、申し訳ございませんが、旦那様が恥をかくことがないよう、余所見をせずに真っ直ぐ前を見てお歩き下さい」

「そうですわね申し訳ございません。あまりに大きく立派なので、目移りしてしまいました。おかしなところがありましたら、ヴァルトラン公爵様のご迷惑にならないようすぐに指摘をお願いします」


 前を歩いているはずなのに、忙しなく動くわたしの視線に気が付いた使用人の人が歩みを遅め、わたしにだけ聞こえる小声で注意をされてしまった。

 せっかくヴァルトラン公爵様が連れてきてくださったのに、迷惑をかけるわけにはいかない。気を付けなければと姿勢を正して、前を歩く使用人の人を真似て通路を歩いた。


 何度目かの曲がり角を曲がった直後に、突然背後から肩を叩かれた。



 振り返ると今から会いに行くはずだったバージル様が立っているではないか。



 驚いて目を見開くわたしの手をバージル様が掴み、曲がり角の手前の部屋に引っ張り込まれた。ヴァルトラン公爵様にも使用人の人にも声をかけられないままだったので、どうしようと慌てているわたしにはお構い無しで部屋に入った瞬間に抱き締められた。


「……本当に会えた」


 ぽつんと聞こえた声は掠れている。

 これから案内される場所で会うはずだったので、このタイミングでバージル様に再会するとは思っていなかった。

 ぐいっと両頬を掴んで自分の方に引き寄せ、目を至近距離から見る。少しの期間離れていただけなのに窶れ、目の下に隈が出来ている。わたしは二人だけなのをいいことに、遠慮なくバージル様の様子を確認することにした。


「バージル様、大丈夫ですか?」

「アシュリーが会いに来てくれたから私は大丈夫だ」

「全然大丈夫じゃなさそうですわ。今朝はご飯を食べられました?」

「……うん、でも、アシュリーといたら食欲より眠気の方が」

「眠れていなかったんですね?」


 抱きついてくるバージル様の身体の力が抜けてきてわたしに寄り掛かるようにして立っているのだが、いつも眠くなるとバージル様の身体は熱くなるのに冷たいままで重さだけ増していく。


「え、ちょっ、バージル様! ここで眠られたら困りますわ」

「う、ん。わかってる」


 これ絶対分かってないやつだよ!

 バージル様の名前を何度も呼ぶが、バージル様は擦りつくように私の首筋に頬をくっつけ瞳を閉じようとしている。粘り強く背中を叩き、渋々顔を上げたバージル様の頭をよしよしと撫でた。


「……まさか、本当にアシュリーが来るなんて。夢が本当になった」

「夢?」

「昨日アシュリーの夢を見たんだ。髪と瞳が真っ黒だったけど、私に会うために王都に来たって。まさか、って思ったけど本当にアシュリーが来てくれた」


 黒髪黒目のわたしの夢って……わたしにも覚えがある。昨夜の夢だわ。


「うそ、バージル様も見たんですか?」

「ん?」

「わたくしも昨夜バージル様に会う不思議な夢を見たのです」


 バージル様は意味が分からないときょとんとした顔になっている。眠くて頭が働いていないのか、不思議だなと言っただけだった。

 確かに痛みがあったり変にリアルな不思議な夢だったが、他人と同じ夢を見るなんてことがあるのだろうか。同じ体験をしたバージル様の意見を聞きたくとも今は無理そうだ。


 さて、どうやってヴァルトラン公爵様達と合流をしようか。


「……そこにいるのだろう。入ってこい」


 バージル様を支えたまま困っているとバージル様が扉の方をちらりと見てそう口にする。誰に言っているのだろうかと扉の方を見ると、「失礼します」とヴァルトラン公爵様が現れた。


「お久しぶりでございます、バージル様」

「部屋の前で随分待たせたようだな」

「……そ、それって」


 わたしはどうやら無駄な心配をしていたようです。

 まさか、ヴァルトラン公爵様が部屋の外で待機していただなんて。合流を心配する必要はなくなったが、公爵様を待たせるとか別の意味で頭が痛くなるよ。バージル様は良いかもしれないが、わたしは落ち着かない気分になる。


「申し訳ございません」


 ヴァルトラン公爵様の方に向き直ってちゃんと謝りたいのにバージル様の拘束する力が強すぎて動けない。

 眠いって言うわりに離すものかとしがみついてくるため、失礼かと思ったがそのままの体勢でヴァルトラン公爵様に謝罪をした。

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