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第36話

「それにしても、この夢はどうやったら覚めるのかしら?」


 まだ覚める気配のない夢に、ふと天井を見上げる。


「アシュリーはどこからきたんだ?」

「わたくしはあそこの赤い扉から……って、あら?」


 わたしの入ってきた赤い扉が消えてしまっていたのだ。

 指したところに扉は存在しない。出入口は消え、ここから出る術はなくなってしまった。

 まぁ、出れたとしても、またあのヒールを鳴らして追いかけてきたヤツに追われる可能性があるわけで。


「いいんじゃない? アシュリーがいるならずっとここにいたい。二人で、ずっと、ここに」

「でもずっとは無理だと思いますよ。夢ですから、いずれ覚めちゃいますもの」

「……うん」

「早く夢から覚めて、本物のバージル様に会いに行かなくちゃ。ヴァルトラン公爵様が朝一番でバージル様に面会のお願いをしてくださるらしいので」


 「本物ってなんだよ」って少し苛立った声。

 バージル様の頬をボタンのようにつついてこっちを見てくれるのを待つ。押して三度目くらいになってようやくバージル様はわたしの方を見た。


「夢で会えるのもいいけど、やっぱり本当のバージル様を見ないと安心出来ないですもん」

「……そんなに私が心配なのか?」

「もちろん心配に決まっているじゃないですか。言いましたよね? バージル様が心配で、王都まで来たって」

「……兄上の代わりに死んだ方がよかったと言われている私をか?」


 唇の端を持ち上げ、少し投げやりな口調で言い捨てたバージル様の言葉に頭が真っ白になった。

 どこの誰がそんな残酷なことをバージル様に言ったのか。


「そんなことあるわけないでしょうっ!?」


 ここ最近で一番大きな声が出た。

 バージル様の両肩を掴み、ずいっと顔を近付ける。急に顔を近付けられて驚いたバージル様の身体が後ろに反れたが、それを追ってわたしは更に距離を縮めた。お兄様を亡くして悲しんでいるバージル様を更に追い詰めるような酷い言葉に、怒りと切なさで涙が出てくる。


「何でアシュリーが泣くんだ?」

「だって、酷すぎるじゃないですか……誰が、そんなことを」

「いいんだ。どうせ、本当のことだから」

「ばかっ!」


 バージル様の肩を拳で叩いた。

 さっきの可愛らしい猫パンチとは違い、今度はもっとダメージをくらったことだろう。叩いたわたしの拳も痛い。


「何が本当のことなんですかっ!? 例えご自身のことでもバージル様のことをそんな風に言うのは許せませんっ!」


 台座の上に押し倒されても抵抗せず、見上げるようにわたしを見つめているバージル様の黒い瞳は悲しそうだ。


「……フェリクス様が亡くなってしまったのはとても残念なことです。でも、バージル様がお亡くなりになったら、わ、わたくし……」


 想像するだけでぎゅっと心臓が痛くなった。

 涙が止まらず次々流れ落ちていくわたしを見たバージル様が、困った顔で「泣くなよ」と頬や目尻の濡れたあとを親指で拭おうとしてくれるのだが乾くことなく頬は濡れていく。

 子供のように泣きじゃくってしまいそうになり、バージル様の胸元にしがみついて必死に堪えた。震える肩を撫でるバージル様の手が優しくて、わたしの方が慰められているみたいだ。


「誰も誰かの代わりなんて出来ませんわ」


 フェリクス様が亡くなって苦しむ人がいるように、バージル様が亡くなったと想像するだけで泣いてしまう人だっているのだ。

 バージル様に心無い人の戯言でこれ以上傷付いてほしくない。


「もう二度とあんなこと言わないでください」

「……わかった」

「絶対ですからね。もうわたくしを泣かせないでくださいよ」

「……二度とアシュリーを泣かせない」

「世の中には酷いことを平気で言う人がいるのです。バージル様が苦しむ必要はありませんわ。辛いことは一人で抱え込まないで、何でも言ってください! わたくしが聞きますから」

「……あぁ」


 わたしを強い力で抱き締め、頭に頬擦りするバージル様の声も震えていた。辛い時に泣けずにいるよりも、全部吐き出してしまえる時に泣いた方がいい。バージル様はきっと泣いた顔など見られたくないだろうし、わたしも泣いている顔を見られたくない。抱き締める腕の力が弱まるまで、わたしは大人しくバージル様の腕の中で泣いていた。




 再びが顔を合わせた時は二人共、泣きすぎて目が真っ赤になっていた。瞼が熱く重い感じから、多分泣きすぎて目が腫れてしまっていると思う。

 瞼を押さえ、たくさん泣いちゃいましたと言うと、バージル様が小さな声で笑った。


「ありがとう、アシュリー」

「わたくしは何も。ただ泣いてしまっただけですから」

「……私が、どれだけアシュリーに救われているか、言葉で説明し尽くせない。私の心に寄り添い、気持ちを軽くしてくれる。私はアシュリーの側でだけ泣くことが出来るんだ」

「バージル様」

「アシュリー、私の特別な人」

「……ば、バージル様?」


 いつの間にかわたしより大きくなっていた、バージル様の手が滑るように頬の上を撫でていく。指先が唇に触れて動揺しているわたしを見つめていたバージル様が嬉しそうに瞳を細めた。


「あー、やっぱりアシュリーはこの色が似合う」


 バージル様はわたしに触れていたのとは反対の手で、水色の髪の毛を一房掬い髪に唇を落とす。髪の色や瞳の色が黒から本来の色に戻ったらしい。


「……私は死にたくない、アシュリーと、ずっと一緒に……」




 近付いてくるバージル様の顔を避けるという選択肢がなかった。

 わたしは自然と受け入れ、瞳を閉じ……




「アシュリー様! いい加減に起きて下さいませ。お疲れなのは分かりますが、公爵様がお待ちですよ」


 ロゼの大きな声でパチッと目が覚めた。

 呆れた顔でわたしを見下ろしているロゼに急かされるように身体を起こし、瞳を擦る。


「もしかしてアシュリー様、お泣きになりました? 目が真っ赤になって腫れていますわ。すぐに冷やさないと」


 目を冷やすための冷たい水を準備するためにロゼが部屋を飛び出して行くところを見送りながら、不思議な夢だったなぁと欠伸をする。

 起きてもさっきまで見ていた夢が鮮明に思い出せるのだ。


「……それにしても!」


 かっと頬が熱くなり、枕に顔を突っ伏しながら声にならない悲鳴を上げた。何ていうことを! まだ年端もいかない少年に、夢の中のわたしは何をさせた! あれって、わたしの願望じゃないわよね……わたしの中に悪役令嬢としての何かが残っていて、何らかの影響を残しているとか?


 バージル様が接触を避けなければならない一番の危険人物ってわたし?


 ロゼが戻ってくるまでの少しの間、わたしは一人寝台の上で悶えていたのだった。

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