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第34話

「……アシュリー、いつも言っているだろう。せめてお客様の前では大きな声を出すなと」

「ご、ごめんなさい。お父様」


 しゅんと肩を落として謝罪をすると、ヴァルトラン公爵様が口元を緩ませて頭を横に振った。


「あまりアシュリーを責めるな。私が急に声をかけたから驚いただけだろう。なぁ、アシュリー」

「いえ、わたくしが悪いのです。」


 ヴァルトラン公爵様は最近、わたしに親しげに話しかけてくるようになった。最初はアシュリーさんなんて呼んでいたのに、今ではアシュリーと呼び捨てにするくらいには。

 嫌われるよりはいいけど、なぜか気に入られている。わたしの存在はヴァルトラン公爵様からしたら邪魔だと思うのだけど。娘の婚約者になるかもしれない少年のまわりにいる邪魔者。

 なのにヴァルトラン公爵様は笑顔を浮かべたまま「気にするんじゃないぞ」とわたしの頭を撫でた。


「ありがとうございます。ヴァルトラン公爵様」

「いいんだよ、アシュリー。アシュリーは元気なところがいいのだから、気にする必要なんてないよ」

「娘を甘やかさないでくださいよ」

「いいじゃないか。それよりアシュリーにお願いしたいことがあるんだが」


 ヴァルトラン公爵様が少し腰を屈めてわたしを覗き込んできた。

 お願い? 首を横に傾け、「何でしょうか?」と質問する。ヴァルトラン公爵様が伯爵の娘に頼み事だなんて一体なんだろう。



「一緒に王都に来てくれるかな?」



 どうやらヴァルトラン公爵様のお願いというのはわたしを王都に連れて行きたいということらしい。

 連れていってくれるなら是非連れていってほしい! バージル様のことをこの目で確認するまでは、心配で仕方ないのだ。次いつ会えるか分からないのを待つのは辛すぎる。


 行きたいと期待を込めてお父様を勢いよく見つめた。


「前回はレオノアの誕生会で怖い思いをさせてしまったから、行きたくないと思っているかもしれないがバージル様のために一緒に来てほしい」

「行きます! わたくし、王都に行きますわ!」


 お父様の返事を聞く前に返事をしてしまった。

 わざわざ公爵様がわたしを迎えにきたということは、バージル様に何か起きているということなのだろう。

 良いですわよね? と両手を顔の前で合わせて、拝むようにお父様に頭を下げると、先程より呆れた顔をしたお父様が大きなため息を吐いた。


「ご迷惑になるようなことはするんじゃないぞ」

「お父様! それじゃあ!」

「娘のことをよろしくお願い致します。アシュリー、ヴァルトラン公爵様とエリオット様の言うことをちゃんと聞くんだぞ。勝手に一人先走った行動を絶対にするんじゃないぞ」

「はい! わかりました!」


 お父様の言うことがまるで子供に言い聞かせるような内容だったことが少し気になったが、王都に行く許可がおりたのだ。

 大きな声はやめなさいと再び注意され、わたしは慌てて口を閉ざした。


「いつ出発するのですか?」

「出来るだけすぐに出発したいと思っているのだが……今から準備をお願いしてもらっても大丈夫かな?」

「分かりましたわ! すぐに準備致します」


 ロゼの名前を呼びながら自室に急いだ。

 お父様の怒った声が聞こえたが、またきっと淑女らしくないというお説教だろう。ごめんなさい、無視します!

 ロゼと他の数人の使用人に荷物を素早く、そして出来るだけ少なくまとめてもらい、ヴァルトラン公爵様が準備をしてくれていた馬車に乗って王都を目指した。今回はロゼもわたしに同行して王都にまで来てくれた。




 王都のヴァルトラン公爵様の屋敷に到着したのは深夜だった。

 使用人が起きてわたし達の到着を待っていてくれたようで、屋敷に着いたらすぐに休むことが出来るように準備されていた。流石、公爵家の使用人だ。出来る限り急いで王都を目指してきたので、屋敷に着いた時はぐったりだったのでとても有り難かった。

 さすがに深夜ではバージル様に会うことは出来ないので、明日の朝一にヴァルトラン公爵様が面会を願い出るという流れになるらしい。わたしはまだ社交界デビューを済ませていないので王宮に上がることは出来ない。そこはどうするのか確認すると、良いように上手く処理すると悪い笑みを浮かべた公爵様に全てお任せすることにした。

 うつらうつらと眠さに負けて夢の中に行きかけているわたしの寝支度はロゼに手伝ってもらいながら済ませ、そのまま柔らかな布団の中に身体を沈める。「おやすみなさいませ」とロゼの声が聞こえた気がしたが、おやすみの言葉を口にすることが出来ぬままわたしは眠りについた。




 ふと、誰かに名前を呼ばれた気がして目を覚ます。

 身体を起こすと、ベッドの周りを白いカーテンが覆っていた。ベッドから下りてカーテンを開くと、懐かしく見覚えのある場所だった。


「あれ、ここって、高校の保健室?」


 わたしは高校時代、主に幽霊関係のせいで体調を崩すことが多く、保健室でお世話になることが多かったため、すぐにここが保健室だと気がついた。

 寝る前に着たはずのネグリジェのような寝間着から、高校時代に着ていた制服に変わっている。紺色のカーディガンに灰色のスカート。保健室には全身を確認出来る大きめな鏡があったことを思いだし、部屋の隅に置いてある鏡の前に走った。


「なに、この中途半端な夢! すごっ、」


 制服はもちろんそのままで、髪と瞳の色は前世と同じ黒色なのに、顔や身体はアシュリーのものだ。何だかコスプレ感がすごい。前世がこの姿で幽霊が見えない体質だったらきっととんでもないバラ色の青春時代を送っていたことだろう。

 周りに合わせて短くしていたスカートも前世では全く気にならなかったのに、今では足をこんなに出すなんて! って恥ずかしい気持ちになるから不思議だ。


「すごすぎる! 自分で言うのもなんだけど、これ最強レベルだわ」


 ついつい鼻息が荒くなってしまったが、背後からぴちょんと水が落ちる音が聞こえ振り返る。水の音は保健室の扉の向こうから聞こえているようだ。


「水の音?」


 保健室の扉を開けて固まってしまった。

 扉の向こうは校舎に繋がる廊下があると思っていたのに、真っ暗な石畳の廊下へと繋がっていた。離れたところにぽつんぽつんと蝋燭が灯っている。


 この廊下は知らないよ、わたし。


 一歩先に踏み出すのを躊躇ってしまった。

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