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第32話




 月日は流れ、再来月には兄のアーロンが通っている学園にわたしとバージル様は入学する。バージル様は今も我が家で静養中だ。そう、静養中。


 あれからレオノアはシナリオ通り亡くなることなく、更に美しくすくすく育っている。再来月にはレオノアも一緒に学園に通うこととなる。レオノアの誕生会の後からヒロインであるリリーのことをエリオットはずっと探しているのだが、彼女をいまだ発見出来ずにいた。


 このままだとリリーと再会するのは乙女ゲームがスタートする時になってしまうかもしれない。




「アシュリー、膝を貸してくれ」

「昨夜は眠れなかったんですか?」


 長椅子に座って読書をしていたわたしのところへバージル様が駆けてきた。

 わたしを端に追いやり、返事をするより先に膝の上に頭を乗せ、広いとはいえない長椅子の上に寝転がる。


「あぁ、一晩中耳許でぶつぶつ何かを話しているのがいたせいで、煩くて全然眠れなかったんだ。そのせいでまだ眠い」

「それは……大丈夫でしたか?」

「平気だ。姿は見えなくて声だけだったし。午後はメイナードに剣の指導をしてもらうから今は少し寝たい」

「怪我すると大変ですからね。今日は中止にしたほうがよろしいのでは?」

「そんなことで休めるわけないだろう? 少し眠ったらやれるよ」


 よく眠り、よく食べるようになったバージル様は今やわたしよりも大きく逞しくなった。王宮より遣わされた家庭教師から知識を得て、メイナードからは剣を学んでいる。


 食がとても細く、病弱だった少年の姿はもうない。泣き叫び癇癪を起こすこともなくなった。


 膝に乗っているバージル様の頭を撫でる。

 さらさらの黒髪を撫で回すのも、膝を貸しているのだからゆるされるわよね? バージル様は頭を撫でられるのが嫌いではないようで、撫でられても文句をいわず、あっという間に眠ってしまった。


 十一歳になったわたし達は夜の添い寝を禁止された。

 それは当たり前だ。バージル様の精神も大分安定し、禁止されたことに文句は言わなかった。たまに今日のように夜眠れないこともあるようだが、そんな時は翌日に膝を貸して今みたいに眠らせてあげるようにしている。


 バージル様はすくすく育っているが、いまだに伯爵家に療養と称して滞在している。このままだとバージル様はここから学園に入学をすることになるかもしれない。

 眠っているバージル様の頭を机代わりに読書を再開するとお兄さまがやってきた。


「……アシュリー、バージル様になんてことを」


 背中に触れるくらいの長さがある深緑色の髪を一つに束ねたお兄さまはわたし達を見て頭を抱えた。つり目のわたしとは違い、ヘーゼル色のたれ目のお兄さまは右の目尻と唇の横に黒子があり、女のわたしよりも色っぽい。

 お兄さまは華奢だが賢く、将来は騎士じゃなく文官として活躍することだろう。


「あら、お兄さま」

「バージル様が王子様だって忘れていないよね? アシュリー」

「もちろんですわ」

「……ははは、そう。きみたちは仲が良いからね」

「それよりどうしたのですか?」


 メイナードがバージル様を探しており、お兄さまもその手伝いでバージル様を探していたらしい。そこでここまでやってきたらしいのだが、わたしの膝で眠るバージル様を目撃したということだ。

 バージル様とお兄さまはわりと仲良く交流しているように思う。たまに会うエリオットやレオノアと会うことになっても基本無視する男が、兄であるアーロンとはちゃんと会話が成立しているのだから。


「お急ぎの用事でしょうか?」

「理由は言っていなかったが、とても慌てている様子だったぞ」


 メイナードが慌てるとは何か起きたのかしら?

 さっき眠ったばかりだが起こしたほうが良いだろう。バージル様の身体を揺すり名前を呼ぶと、眠そうな顔で頭を持ち上げた。


「……ん、なんだ。もう昼か?」

「まだですよ。すみません、メイナード団長様がバージル様を探しているようなのです。慌てていたということだったので、急用なんだと思います」

「んー」


「バージル様!!」


 どんと扉を開き、メイナードが走り込んできた。


「大変です!」

「……なんだ?」

「今すぐ王宮に向かいます。緊急事態です」

「何があった?」

「道中で説明致します。すぐに準備を」


 顔色を変え、捲し立てるメイナードの尋常ではない様子に本当に緊急事態と悟ったらしいバージル様はいつものように「いやだ」と文句も言わず、伯爵家を旅立ってしまう。

 あまりにあっという間のことだった。

 すぐ帰ってくるからと言い残したバージル様をわたしとお兄さまで見送った。


「いったい何があったのかしら?」

「分からない」

「……バージル様、大丈夫だといいのですが」


 胸がざわついた。

 何かが起こりそうな嫌な予感。

 わたしは胸の前で手を組み、バージル様の無事を祈った。我が家で療養するようになってからわたし達はいつも一緒にいたので、離れるのは少し寂しく感じる。すぐ帰ってくると言っていたが、呼び出された内容によっては暫く会うことはないのかもしれないわね。

 次会うのは学園でということになる可能性もある。


 隣に立っていたお兄さまの視線に気がつき、無意識に詰めていた息をゆっくり吐き出した。心配そうな顔でわたしを見ているので、「なんですか?」と背筋を伸ばす。

 

「本当にアシュリーはバージル様のことが好きなんだね」

「はい」

「……あんまり、仲良くするとアシュリーが辛い思いをすることになるよ。バージル様とレオノア様の婚約発表が近々あるのではという噂を学園で聞いた」

「あ、そういう心配は必要ないので。わたくし、バージル様も好きですけど、レオノア様も大好きですから」


 わたしが強がっていると思っているのか、それとも幼く婚約というものを理解出来ていないと思っているのか。嫉妬しない妹を見てお兄さまは苦笑いしていた。

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