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第29話

 地面に座り込んだままでいるとわたしを呼ぶ声が聞こえた。

 立ち上がって声がする方へ戻ると、バージル様とメイナード。それに騎士団と公爵家の使用人の人達がわたしを探してくれていたらしい。


「アシュリーっ!」


 わたしを見つけ先頭を駆けてきたのがバージル様だった。

 呼吸を乱しながらわたしを力強く抱き締めるバージル様の背にそっと腕を回す。バージル様が近くにいるおかげで心が落ち着いてきた。


「顔を見せて。どこか怪我はないか?」


 間近で顔を覗きこんできたバージル様がリリーに殴られて腫れた頬に気がついたようだ。かっと目を見開き、「何だこれは」と声を震わせている。


「殴られたのか!?」

「ええ、油断しましたわ」

「……誰がこんなひどいことをしたんだ」

「知らない女の子です。もう行ってしまいました。」

「探せっ! 絶対に逃がすな」


 リリーを捕まえるように騎士達に指示を出すバージル様を止める。


「バージル様、もう良いです。何かあったら危ないのですぐ公爵様のお屋敷に戻りましょう」

「だがっ!」

「わたくしなら平気ですわ」


 葡萄のジュースで汚れ、地面に尻餅をついたことで更にドレスは汚れている。出来ればリリーのことをエリオットに伝えたいし、全力疾走したから疲れた。


「そういえばレオノア様は!? 無事ですか?」

「レオノアは無事だ。アシュリーを探しに来ようとしていたが、使用人に止められていた」

「無事ならよかったです」

「人の心配をしている場合か? 何で怪しい人間を追いかけたりしたんだ? もっと、ひどい目に合っていたかもしれないんだぞ」

「そうですわね。わたくし、何も考えずに走り出していました。バージル様にまで心配をかけてしまい、本当に申し訳ございません」

「……もういいよ。公爵の屋敷に戻って早く手当てをしよう」


 バージル様はわたしの背に手を添え、公爵家までの道のりを歩いて行く。

 騎士の人がわたしとバージル様を守るように囲み、二人で肩を寄せているとバージル様の額に汗が浮いているのが見えた。ここまで必死に走ってきてくれたのだろう。

 本当に心配をさせてしまったらしい。


「バージル様、心配してくださりありがとうございます」

「……自分のことじゃないのに、アシュリーが危ないって思ったらすごく怖くなった。アシュリーが怪我をしたら私も辛い」

「……バージル様」


 レオノアから借りているショールを胸元で力いっぱいギュッと握る。力を入れすぎて手首がぐりんとひっくり返ってしまった。

 何か愛しさが爆発しそう。毎度のことなのだが、突然出てくるバージル様の真っ直ぐな言葉は攻撃力が高いのよね。

 どうかこのまま成長して素敵な男性になってください。


 公爵様の屋敷に戻るとレオノアが玄関のところに使用人の女性と立っていた。

 わたしが心配でずっとここで戻ってくるのを待っていてくれたらしいのだ。今日の主役をこんなところで立たせていたなんて本当に申し訳ないことだ。「ごめんなさい」と謝るわたしに、「不審者を追いかけるなんて、危険なことはしてはだめですよ」とやんわり説教をされる。

 ごめんなさいとしか言い様がなく、もう一度謝罪した。


 また後日謝罪に訪れるとレオノアと約束してからすぐに宿屋に帰るための馬車の手配を済ませてもらい、結局バージル様も一緒に宿屋に帰ることになった。ついでに移動中に叩かれて腫れた頬を冷やすために氷嚢を借りた。

 本当はひっそり宿屋に戻るつもりだったのだが、こんな大事になってしまってはバージル様に秘密で帰ることなど出来るはずもない。宿屋に帰るわたしと同じ馬車に乗り込んで、メイナードが止めるのを無視してさっさと宿屋に戻ってしまったのだ。

 汚れたドレスを着替え、バージル様と一緒に宿屋の夕食を頂く。

 公爵家では食事も飲料も口に入れずに戻ってきたため空腹で、ぐうぐうと鳴るくらいお腹が減っていた。公爵家のパーティー料理を食べられなかったのはとても残念だが、宿屋の食事も十分美味しい。

 眠る前にバージル様が部屋にやってきた。宿屋にいる間は別々の部屋で寝ていたのだが、今日はわたしが無謀な行いをしてしまったせいで気が立っているようだ。

 さすがに宿屋では一緒に寝ない方がいいのではと言ったのだが、珍しく強引に寝台の中に潜り込み、それでいてなかなか眠りにつこうとしない。


「バージル様……眠れないんですか?」

「ねぇ、アシュリー。アシュリーは大事なものってある?」

「大事なもの? 宝物ってことかしら?」


 眠れずにいるバージル様に話しかけるとバージル様は質問には答えず、更に質問を重ねてきた。大事なもの? と首を傾げ、頭に思い浮かべる。

 考えてみてもすぐには何も思い浮かばずうーんと唸ってしまう。その間も、バージル様は真剣な顔でわたしを見つめていた。


「大事な宝物を、絶対に誰にも取られないようにするためにはどうすれば良いと思う?」

「うーん、そうですわね。肌身離さず持ち歩くか、宝物箱に大事にしまっておくかのどちらかですよね」

「……そうだ、よな」

「あとは土に埋めます」

「え?」

「誰にも見つからないところに埋めて隠します」


 真面目な顔をしていたのにきょとんとした顔に変わったバージル様に笑いかける。宝物を土に埋めると言ったことに驚いたらしい。


「埋めるのは可哀想だよ」


 可哀想とは? と思ったが、子供特有の言い回しかなと深く考えずに「そうですわね」と頷いた。確かにバージル様の言うとおり、綺麗な宝石が愛でられずに土に埋められてしまうのは可哀想と言えるのかも。


「バージル様の宝物ってなんなんですか?」


 絶対に取られたくない宝物。

 王子様の宝物がどんなものか気になる。

 しかしバージル様は微笑むだけで宝物が何かを教えてくれなかった。

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