第3話
バージル様は客室に連れて行かれてすぐ屋敷にお医者様が呼ばれた。診察を受けていた時、わたしとロゼは客室に入れてもらえず自室で紅茶を飲んで過ごしていた。
「それにしても、アシュリーお嬢様とバージル様はずいぶん仲良くなられたのですね。いったいあの僅かな時間に何があったんですか?」
「……やめてよ、ロゼ。さっきからそればっかりじゃない」
「本当に驚きましたわ」
「やめてってば」
唇を尖らせるとロゼは申し訳ございませんと笑いながら謝って新しい紅茶を淹れてくれた。
一緒に準備してくれていたチョコクッキーを食べながらバージル様のことを考える。前世の私と同じく“見える”少年。しかも見えるだけではなく、やつらの声が聞こえるらしい。
「バージル様は大丈夫でしょうか?」
「そうね」
「だいぶ顔色が悪いようでしたわ」
「そうね。……それよりロゼ、さっきバージル様を抱き上げて運んだでしょう? その時に庭で何か見た?」
「何か? いえ、別に見てないですけど。庭に何かありましたか?」
「んー、見てないならいいの」
もう一枚クッキーに手を伸ばすと「食べ過ぎですよ」とロゼに言われた。それなら食べ過ぎだと思うくらいクッキーを持ってこないでほしいわ。クッキーを皿に戻してから立ち上がり窓際に歩いて行く。
窓から外を見るとさっきの騒動があった庭が見える。ロゼがあれを見なかったということは、バージル様が理由ではないということなのかしら。
「アシュリーお嬢様? 庭で何かあったんですか?」
「えぇ、ちょっと気になることが」
「大丈夫ですか?」
「問題ないわ。多分ね」
今のわたしはやっぱり何も見えない。
ちょっと懐かしい体験だったが、やっぱりあんなものは見えないのに限る。お父様のお客様だけども、もう会いたくない。さっさとお帰りしていただきたい。
「アシュリー、少しいいか?」
部屋をノックされ返事をする前にお父様が入ってきた。
「……お父様? どうしたんですか?」
「実はお前にお願いがあるのだが」
「はい?」
なんだろう。すごく嫌な予感がする。
こんな時の予感ってだいたい当たってしまうのよね。
「バージル様がしばらく我が家に滞在することになった」
「なんですって?」
「それで、お前にバージル様の話し相手をお願いしたい」
「なんですって!!」
「……何でお前の声はいちいち大きいのだ」
「何で私なのですか? 男同士、お兄様が話し相手になれば良いじゃないですか」
「アーロンは学園に行っていて家にいないだろうが」
兄であるアーロンは貴族の12歳から15歳の子供達が通う学園に行ってしまっているので今は家にいない。次に帰ってくるのは夏休暇の時だ。確かに話し相手は不可能か。
「わたしだって出来るならアシュリーではなく、アーロンに頼みたいところだ。お前はしっかりしているようで、どこか抜けている。たまにとんでもないことをやらかすじゃないか。バージル様に絶対に失礼なことをするんじゃないぞ」
「まぁ、わたし、全然信用されていないみたいですわね」
「信用はしているが、心配の方が上回っている。本当に頼むからな」
「……わかりました」
お父様のお願いなので仕方ない。
正直関わりたくないが、我が家で預かっている間は私が話し相手になろう。しかしバージル様と共通の話題があるとは思えないのだが……あ、心霊関係があったわ。楽しい内容とは思えないけれども。
「あ! そうだわ、お父様。バージル様はどういった身分の方なのでしょうか。どれくらいまでの失礼が許されるのか一応確認しておかないといけないですから」
嫌そうな顔でわたしを一瞥する。
お父様は話そうか躊躇しているようだったが、諦めて口を開いた。言わないとわたしが本当に失礼なことをするのじゃないかと心配している感じだ。言ってみたが、そんなことしませんよ。失礼しちゃうわ。
「……だ」
「え?」
「……バージル様は王子だ」
「ふふふ、何のご冗談ですか? いくらなんでも我が家に王族はお招き出来るわけないですわ」
「そう思うだろ?」
草臥れた顔で空いている椅子に座るお父様を見て、これは冗談じゃないぞと姿勢を正す。
「いつまでですか?」
「それが分からんのだ。本来バージル様はヴァルトラン公爵家へ静養に向かう途中だったらしい。その移動中に気分が悪くなったということで、急遽我が家に滞在することに……少し休んだら公爵家に向かうという話だったのだが、なぜかうちを気に入ったと言い出してなぁ。我が家で静養したいらしい」
「それで許可をだしたのですか?」
「断れるわけないだろうが」
確かにお父様の言うとおりだ。由緒ある伯爵家といえど、所詮伯爵家なのだ。王族に意見など出来る身分ではない。「はい」と従うのみなのだ。
バージル様は第二王子でわたしと同じ年齢らしい。ちなみにバージル様が行く予定だった公爵家にも私と同い年の娘がいる。わたしも何度かお会いしたことがあったが、レオノア様といい大変可愛らしい子供だった。
「お迎えの準備をしている公爵家に睨まれると思うのですけど」
「そちらも頭が痛い問題だ。体調が回復したら公爵家に行って頂けるようにお願いするつもりだ」
「それがよろしいですわ。ヴァルトラン公爵家に目を付けられたら我が家なんてぺしゃんこに潰されてしまいますもの」
「……お前と話していると子供と話している気がしないな。だが、その通りだ。公爵家に移って頂くまでの間はバージル様と仲良くするように」
「わかりましたわ、お父様」
頷いてみせるとお父様はようやく安心した顔になった。
「わかったならバージル様の部屋に行きなさい。アシュリーを呼んでいる」
「はい」
「ロゼ、見張りを頼む。アシュリーが暴走しないように……」
「もう! お父様。あとは私に任せて少しお休みください。ずいぶん草臥れた顔つきになってますわ。そんな顔をしていたらお母様が心配します」
「余計なことを言うんじゃない。娘とはこんなに成長が早いものか? 口ばかり達者になっていく」
文句を言い出したお父様から離れるべく、一礼してからロゼと部屋を出る。客室で休んでいるバージル様のもとへ向かうためだ。
正直、気が重い。出来るならばこのまま外に出て、散歩の続きをしたいものだわ。