第26話
どうにかしてバージル様を説得しようと思ったのだが、何を言っても「うん」とは聞き入れてくれない。
わたし一人で説得するのは諦めよう。
もう一人味方してくれそうな人を呼ぶことにした。相手はもちろんメイナードだ。彼ならバージル様を連れていくために本気で説得するだろうし、何でもするだろう。
そして、今。
わたしは王都に向かう馬車の中にいます。
「そろそろ王都に着くぞ」
「……そうですか。わたくし王都に来るのは初めてなので、楽しみですわ」
馬車の窓から外を見る。まさかこんな展開になるとは思いもしなかった。つい遠い目をしてしまいながら数日前のことを思い出してしまうのも致し方ないことだ。
メイナードは本当に優秀な男だ。バージル様を王都に連れていくために一番有効な手段を取り、まんまとこうして私を運んでいるのだから。
渋るお父様とお母様に王妃様や公爵様の名をちらつかせ、移動や宿泊費もろもろの費用は負担するし、王都についてからもメイナードが責任を持ってわたしの護衛をしてくれると約束する。普段は王族を警護する第二騎士団の団長様にそこまで言われてしまえばお父様も「娘をお願いします」と言うしかない状況だった。
招待状も実は王都にいる王妃様のところでぎりぎりまで預かられており、開催日間近でバージル様が断れない段階で伯爵家に送られてきたことといい、計画的な臭いがぷんぷんする。
「乗り気じゃないならこのまま伯爵家に帰る? 今ならまだ王都に入っていないから間に合うぞ」
「帰れるわけないじゃないですか」
「……早く帰りたいな」
「……そうですわね」
バージル様にとって伯爵家は帰る場所になっているようだ。
さて、どうやってレオノア様の誕生会をやり過ごそうかしら。
王都について誕生会が開催されるまでの数日は貴族や裕福な商人が泊まる王都で一番豪華な宿屋で過ごした。王妃様の指示でメイナードが手配をしてくれたらしい。
城に戻ると思ったバージル様もなぜか宿屋で寝泊まりしたため警護が厳重になってしまい、宿屋はきっと迷惑だったことだろう。
「ようこそ、バージル様……それとアシュリーさん」
誕生会当日。王都にある公爵様のお屋敷に来るとエリオットが出迎えてくれた。
何で来てるんだよ? と言いたげな目が怖い。
わたしだって来たくて来たわけじゃないんですけど。
「今日はわたくしまでお招きくださりありがとうございます」
「姉がアシュリーさんが来るのをとても楽しみにしてました。是非楽しんで行ってください」
「ええ、わたくしも楽しみにしておりました」
いろいろと確認したいこともあるので、バージル様が居ない時にエリオットと話がしたい。今日は『Xデー』だ。
エリオットも口元の端を持ち上げ微笑みながらじっとわたしを見ているが、微笑んでいるのに目はやっぱり笑っていない。相変わらず心の声が聞こえてくる冷ややかな視線だ。
「……エリオット」
バージル様がエリオットに声を掛けてポンと肩の上に手を乗せる。
すいっと馬車が並んでいる方を指差し、その指の先を目で追っていたエリオットがビクッと肩を震わせて固まってしまう。瞬きも出来ずに一点に集中しているエリオットを置き去りにし、バージル様は屋敷の中に入って行こうとしている。
「エリオット様? 大丈夫ですか?」
「アシュリー、早く行こう」
エリオットが心配になり声をかけるのだが、先に屋敷の中に入ろうとしていたバージル様が扉の前で立ち止まりわたしを呼ぶ。エリオットを放って置いて行ってしまってもいいのか迷っていると、青白い顔をぎこちない動きでこちらに向けたエリオットが「行け」と犬を追い払うようにしっしっと手を振った。
エリオットに軽く頭を下げてわたしはバージル様を追った。
「……バージル様、意地悪はおやめください」
「なんのこと?」
「エリオット様のことです。見せたのでしょ?」
卒倒しなかったが、エリオットは今にも倒れそうな顔をしていた。
直前に見せたバージル様の謎の行動の意味もわたしには分かる。
「エリオット様に何を見せたのですか?」
「……知りたいか?」
「もう! やっぱり見せたのですね。ダメですよ。エリオット様は怖がりみたいですから」
「ずいぶんエリオットのことを庇うんだな」
「そんなことないですよ。来て早々に問題を起こそうとするバージル様のことを心配しているんです」
「……あまりエリオットと仲良くするな」
「仲良くなんてしておりませんけど」
今日もバージル様のエリオットへの対抗意識は強いようだ。嫉妬や執着心のようなものを、バージル様は上手くのみ込むことが出来ないらしい。執着心全開で、わたしが他と仲良くするのが嫌だと言う。
わたしは前世でも今世でも執着心というものが薄く、たまにバージル様が理解出来ないことがある。たかが伯爵令嬢のわたしなんかに、何で王子様であるバージル様がこんなに執着を見せるのか全然分からない。
個性として受け止めるべきなのか、注意するべきなのか。
子供とはこんなものなのか、わたしがおかしいのか。
誰か答えを教えてほしい。
「ごめん、怒った?」
「……怒っていませんわ」
考えてもわからないので、わたしがされて嫌なことは嫌、ダメなことはダメというくらいにしておこう。
何より「捨てないで」と言わんばかりの悲しそうな顔で見られたら何だって許してしまいそうになる。かわいい子に弱い自分のせいね。