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第25話

「なぜか分からないが、アシュリーに抱き締められると“あれ”が見えなくなるようなんだ」

「え?」

「今も、昨日も、その前も見えなくなったから間違いないと思う」


 バージル様から詳しい説明を聞いてみる。

 最初は偶然かと思ったらしいのだが、三回も続けば間違いないと確信したらしい。例えば手を繋いだり、身体が触れる程度では見えなくはならないが、わたしからバージル様に抱き付く時だけ見えなくなるとのこと。バージル様からではダメで、わたしからというのが重要みたい。


「そんなことがあるんですね……不思議ですわ」

「アシュリーと眠ると嫌な夢を見ないのもそのせいかもしれない。アシュリーは寝てる時、すごくぐいぐい来るから……」

「……わたくしの寝相の悪さがバージル様の安眠に繋がっていたということですわね」

「そうだね」


 不思議な話だ。

 まさかわたしにそんな特殊能力があるなんて……悪役令嬢に必要とは思えない能力だと思うのだけど、前世は幽霊の類いに苦しんだことが影響して得た能力やもしれないわね。


「これって、アシュリーと私はずっと一緒にいるべきってことだと思わない?」

「ん?」

「私のための力だと思うんだけど。どう思う?」

「どうと聞かれましても……」

「やっぱり結婚するべきだよね?」

「それはどうでしょうか? 何度も言っておりますが、わたくしではバージル様に嫁ぐことは出来ませんよ」


 何回問われても答えは同じだよ。

 項垂れてわたしに寄りかかるバージル様の肩をぽんぽんと叩いてからゆっくり離れる。完全に身体が離れた後に窓の方を見た。

 窓の方を指し「今は見えるんですか?」と聞くとバージル様が首を振る。


「いや、今も見えないままだ。どれくらい見えないのか少し試してみてもいいか?」

「そうですわね。実験致しましょう」


 バージル様と二人窓の方をじっと見つめる。

 もちろんわたしには最初から見えていないので、バージル様を真似しているだけなのだけれど。たまに紅茶で喉を潤しながら、15分もしないころにバージル様が「あっ」と呟いた。


「見えた」

「同じのですか?」

「同じのだ。顔と手が少し増えているが」


 そう言ってバージル様が私の腕に触る。

 触れたことにより、わたしにも窓に張り付くもの達が見えた。バージル様は何でもないことのように少し増えたと言っていたが、実際は窓を埋め尽くすくらいみっちり顔と手が張り付いているではないか。


「ぎゃっ! ば、バージル様! あれのどこが少しなのですか? ものすごく増えているじゃないですかーっ」

「ははは、そうだな」

「もうっ! ひどいですわ。びっくりしてまた変な声を出してしまったじゃないですか」

「怒るな。びっくりした顔も可愛かった」

「……そんなことで誤魔化されませんからね!」


 バージル様は窓に張り付く不気味な存在を無視して楽しそうに笑っている。わたしの肩に寄りかかり、身体を震わせている姿からは怯えを一切感じさせない。顔二つに手が四本の時はまだわたしも笑えたが窓一面に張り付いている様子はさすがに笑えないよ。

 バージル様、大分逞しくなっているかも。

 鳥肌がたっている腕を擦りながら唇を尖らせていると、わたしの腰に腕を回したバージル様が「ごめんね」とご機嫌を取ろうとしてくる。許してくれるよね? なんて言いながら顔を近付けてこようとするので、「その手に乗りませんわ」とバージル様の両頬を掴んだ。

 無言でしばらくバージル様のやわらかい頬をもにもにと触り続ける。


「……なにこれ?」

「バージル様のやわらかい頬を触ってます。問題ありますか?」

「いや、べつにいいけど」

「わたくしは怒っているのです。その怒りを鎮めるためにバージル様に頬を差し出して頂きます」

「なんだそれは」


 ふふふと笑いながらバージル様はされるがままになっている。こんなに簡単に受け入れてしまっていいのかしらと心配になってしまった。まぁ、王子様にこんなことをしてしまうわたしが言えたことじゃないのは確かね。

 わたし達の関係はどんどん深く親密になっている。婚約や結婚云々ではなく、友人としてもっと仲良くなれるんじゃないかと思った。


「あ、そんなことよりバージル様。招待状に書かれているレオノア様のお誕生日会なんですけど参加致しますよね?」

「……気が進まない。が、アシュリーが行くなら行く」

「じゃあ参加ということをメイナード団長様に伝えなければなりませんね」

「あー、うん。そうだな」


 言質は取ったものの、あまり乗り気じゃない返事だ。

 メイナード団長様にはわたしも一緒に伝えに行こう。招待状なんて何もなかったですよと処理されても困るし。考え過ぎかもしれないがバージル様の様子からして有り得ないこともないかなと心配になってしまったのだ。


「場所は公爵領じゃなく、王都にある公爵の屋敷って書いてあるが、アシュリーは本当に行けるのか?」

「え? 王都?」


 招待状を見ると確かに王都で誕生会を行うと書いてある。


「わたくしは行けないですわね。王都だと移動だけで数日かかりますもの」


 てっきり公爵家で行われると思っていたので、それならお父様も許可を出してくれるかなと思ったが、王都となるとそもそも参加の許可が出ない可能性がでてきた。公爵家なら行くだけ行って、体調を崩したと言って誕生会は不参加にするか、誕生会が終わるまでどこかに身を隠しておけばいいかなと安易なことを考えていたのだ。

 つい最近お母様が王都に行き、王妃様のお茶会に参加したばかりだ。色々出費もかさんでいるはずだし、やはり難しいかもしれない。バージル様に連れていってもらうというのも考えてみたが、バージル様の筆頭婚約者候補であるレオノア様のお誕生会に同伴するというのは畏れ多すぎる。


「そうだな。無理をする必要はないな」

「残念です。バージル様、わたくしの分もレオノア様の誕生日をお祝いしてきてくださいませ」

「アシュリーが行かないなら私も行かないぞ」

「せっかく招待状が届いたのですからそんなことを言わないで下さい。あ、王都で流行しているお菓子をお土産に買ってきてくださいませんか?」

「いやだ。流行のお菓子が食べたいなら取り寄せればいいだろう?」


 アシュリーが行かないなら行かないとバージル様は言いきる。

 むしろ行かない方がいいと思うとまで言い出してしまった。失敗したなぁ。最初から誕生会には参加するつもりはなかったが、王都と聞いてついぺろっと口から出てしまっていた。

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