第23話
朝起きて、目の前にバージル様の顔があることにも慣れてしまった。
「……またですか? バージル様?」
バージル様が我が家に滞在して二ヶ月になろうとしている。
何度注意しても夜中に部屋にやってきて、わたしの寝台で朝まで寝ていく。わたしの寝相が良くないので、ゆっくり眠れないんじゃないですか? と聞いても平気だからと言い張って布団に潜り込んでくるのだ。
ダメですよと注意すると、その時は「ごめんね」と素直に謝るのだが、その晩には何もなかったかのように部屋にやってくる。
わたしの部屋で眠るようになってから、バージル様の目の下の隈は消えた。たくさん眠るようになると食欲も増し、バージル様が「大きくなりたい」と目標を語るようにまでなった。
そんなバージル様の変化を護衛の騎士様達はいちいち驚くので見ていて少し面白い。
「……アシュリーと一緒だとよく眠れるんだ」
「まぁ、そうなのですか? そうだとしても、いつまでも一緒に寝るわけにもいかないですから」
一人でも眠れるように少しずつ訓練していった方がいいと思う。
まだ十歳なのでぎりぎり許されているが、男女が同じ寝台で寝起きするなど本来許されないことだ。王子の体調回復が一番だと分かっていても、お父様はこの事に頭を悩ませ、使用人や護衛の騎士様達に他言しないよう箝口令を敷いている。
いくら口を塞ごうとしても、こういった話って大袈裟に誇張されて広がっていってしまうのよね。
他にも伯爵家では最近大きなイベントがあった。
我が家で静養するようになってから体調が著しく回復しているバージル様の近況を聞いた王妃様のお茶会にお母様が招かれて謝辞を頂いたのだ。本当ならわたしもお茶会に呼びたかったらしいのだが、わたしはまだ社交界デビューも済ませておらず王宮に招くことが出来なかったのだ。
こちらの世界では12歳から社交界デビューが可能になるのだが、社交界デビューを済ませていない子供は王宮に入ることが出来ないため、今回わたしの参加は見送られたわけなのだけど、この時ばかりはデビュー前の十歳でよかったと心の底から思った。
お母様が招待状を頂いた日から当日まで緊張で胃を痛めていたのをすぐ近くで見ていたので、更に強くそう思う。
王妃様がどんなに良い方でも勘弁願いたいところですわ。
「……お腹すいた」
「ふふふ、もう少しで朝食の時間ですものね。身支度を整えて食堂に参りましょうか? 今日はパンケーキを焼いてほしいとロブソンに頼んでおいたので、ふわふわパンケーキが食べられますわよ」
「それは最高。じゃあ、準備が終わったら迎えにくるよ」
「分かりましたわ。わたくしも急いで準備致します」
寝起きの顔を擦りながらバージル様はわたしの部屋を出ていく。
部屋の外で「おはようございます、バージル様」とメイナードの声が聞こえた。いつも本当にご苦労様ですと思いながら鏡台の前に座り、ブラシで髪を梳かしているとロゼが部屋にやってきた。
「おはようございます、アシュリーお嬢様。あらまぁ! 今日も見事な寝癖ですわね」
「寝相ってどうすればよくなるのかしらね」
「直そうって思って直るものなんですかね?」
意識がないので直るわけないわねとため息を吐きながら呟き、ロゼに髪をセットしてもらい着替えをすませてから部屋を出るとバージル様がすでに待っていた。今度はメイナードではなくユージーンが付き添っている。
わたしが現れると無表情だったバージル様がにこりと笑みを浮かべ雰囲気も柔らかいものに変化する。そんなバージル様につられてわたしも笑みを浮かべた。
「おまたせしました、バージル様。ユージーン様もおはようございます」
「おはようございます。アシュリー嬢」
「……お腹すいた。早く食堂に行こう」
バージル様が私の手を取り、お腹を擦りながら食堂に向かって歩き始めた。遅れないように早足でバージル様の横に並び、「ごめんなさい。先に行っててもよかったのに」と言うと首を横に振る。
「いいんだよ。一緒に食べたいから待ってたんだ」
「ありがとうございます。食事は一人で食べるの寂しいですものね」
「……ああ」
食堂に行き二人で果物とクリームが乗ったふわふわのパンケーキを食べた。朝からすごすぎる! 幸せ! バージル様はわたしよりも多くパンケーキをおかわりし食べていた。
お互い横に成長しないように気をつけないと駄目だわ。
「……朝からよくそんな甘いものたべられますね」
ユージーンは甘党じゃないのか、パンケーキを食べるわたし達を嫌そうに顔を歪めて見ている。
「とても美味しいですよ。ユージーン様も一口食べてみません?」
「いえ、結構です。見てるだけで胸焼けしそう」
「お前なんか食う必要なしだ」
「バージル様、そんな言い方……」
「いいんですよアシュリー嬢。いつもこうですから」
ユージーンは嫌そうにしていた顔をにこやかな笑みに変えて首をゆっくり横に振った。つんと澄ました顔でパンケーキを食べ続けているバージル様の代わりに「ごめんなさい」と謝っておく。
そうしているうちにメイナードとロゼの二人が食堂にやってきた。ロゼは紅茶を運んできてくれたようで、わたしとバージル様の前に紅茶の入ったカップを並べていく。ちょうど口をさっぱりさせたかったので、有り難く紅茶で口直しをさせてもらう。
ちらりとメイナードの方を見ると手に白い封筒を持っていた。
「バージル様。お手紙が届いています」
差し出された白い封筒をバージル様は一瞥するだけで、受け取ろうとしない。しばらく無言の攻防があったのだが、バージル様が受け取らないと分かるとその封筒をなぜかわたしに差し出してきた。
「それではアシュリー様にお渡しします」
「わたくしにですか?」
「ええ。バージル様が受け取らなかったら、アシュリー様に渡すように言われておりますので」
「……それでは受け取らせていただきます」
バージル様と違って受け取らないなんて選択肢はわたしにないので、代わりに封筒を受けとり中から紙を一枚取り出す。