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閑話 眠りに誘われる者

 夜中に静かに部屋を抜け出す。

 きっと後ろからメイナードかユージーンか、それか他の騎士がついて来ているだろうがそれを無視して目的の部屋に向かう。伯爵家の令嬢であるアシュリーの部屋だ。


 足音をたてないように、でも早歩きで廊下を通り抜けてアシュリーの部屋の前までやってきた。


 すぐ近くから騎士の声じゃないものが聞こえる。

 だいたいは何を言っているのか聞き取れないものが多いが、さっきから見えている“こいつ”の言葉は明瞭に聞き取れる。私を口汚く罵り、怯えさせようと耳許でずっと繰り返し囁かれる呪いの言葉を聞こえないふりをし、見えないふりをする。

 顔も身体も焼け爛れていて男か女か分からない“それ”は、足を引き摺っているのに動きが早くぴったり私の真横をついてきた。


 とんとんと扉をノックするが返事がない。

 アシュリーはもう眠ってしまっているようだ。

 返事がなくとも気にせず、遠慮なく部屋の中に入っていく。女の子の部屋に勝手に入っちゃダメですよとアシュリーにはよく注意されるが、ごめんねと謝れば許してくれるのを良いことに眠れない日はこうしてアシュリーの部屋に訪れてしまう。


「……アシュリー」


 寝台で眠るアシュリーに近寄り声をかける。

 アシュリーを呼ぶ声が思った以上に震えていた。人間じゃないものを見ても怯えて泣き叫ばなくなったが、恐ろしいことに変わりはない。恐ろしいものは他の人には見えておらず、誰にもこの苦しみを理解されない。両親や兄上は腫れ物を扱うように私に接した。誰といても孤独で苦しかった。


 そんな私の初めての理解者がアシュリーだった。



「アシュリー」



 今度はさっきよりも少し声を大きくしてアシュリーの名を呼ぶ。

 今すぐアシュリーの声が聞きたい。耳許で聞こえるこの声を消してほしい。


 呼ぶ声に反応してアシュリーが寝台の上で勢いよく起き上がった。「びっくりした」と言いながらじっと私を見ているが、この顔は寝惚けている時のアシュリーの顔だ。


「……どうしたの?」


 寝台の上に座り込んでいたアシュリーが見上げるようにして私を見ている。以前より眠れるようになり、食事の量が増えたおかげで身長が少しずつ伸びているがまだアシュリーより小さい。上からアシュリーを見下ろすことがほとんどないので、何となく新鮮な気持ちになる。

 寝台の横でぼーっと立ち尽くしていた私を、膝立ちしたアシュリーがぎゅっと抱き締めてきた。


 アシュリーから抱き締められるのは二回目だった。


「大丈夫よー、バージルさまぁー」


 完全に寝惚けているアシュリーの身体を抱き締め返し、思い出したように大きく深呼吸する。大丈夫、大丈夫と耳を擽る優しい声に安堵し、氷のように冷えきった身体に熱が戻ってきていた。


 気がついた時にはいつの間にか不気味な存在が消えていた。

 思い返せば公爵家の時もそうだった。メイナードに連れて来られたアシュリーは躊躇いもせずに今みたいに私を抱き締めてくれた。どういうわけか、アシュリーは私に触れられると不気味な存在が見えるようになる。アシュリーも以前はそういった類いのものが見えていたらしいのだが、今は見えなくなったと言っていた。


 私だったらそんな厄介な人に絶対に関わらないだろう。

 それなのに一人怖がっていた私の手を取り、向かうべき方向へ導いてくれるアシュリーは救世主のような存在だった。でも私の手を握るアシュリーの手が恐怖で震えたり、顔を真っ青にしながら私を励ましてくれる姿を見ていたらアシュリーの存在が私の中でもっともっと大切な存在に変化していくのは自然なことだったと思う。


 一緒に移動する時はアシュリーと私はずっと手を繋いでいる。

 私から繋ぐ時もあれば、アシュリーから繋ぐ時もある。私の存在を拒否しないことでどれだけ心救われているか、きっとアシュリーは気がついていないだろうな。


「……うー、眠い」


 ずいぶん寄りかかってくるなと思っていたがアシュリーは既に半分眠っている状態だったらしい。眠いと言いながら私の腕を引っ張り寝台の中に引きずり込もうとする。

 最初からアシュリーの部屋で寝ようとやってきていたので抵抗せずに温もりが残る布団の中に入った。続いてアシュリーも布団の中に入り、数秒もしないうちに寝息が聞こえる。


 甘い匂いに私もすぐにうとうとし始めた時、アシュリーの寝相の悪さが発揮し始める。少しずつだかぐいぐいと身体を押されて壁側に追い込まれ、あっという間に壁とアシュリーの間に挟まれてしまった。体格の差は縮まってきているが、受け止めるだけの身体は出来上がっていない。

 アシュリーがどんなに寝相が悪くても、朝ベッドの中央でアシュリーを受け止めたまま二人目覚めることが出来るくらいの大きな身体に早くなりたかった。

 今はまだアシュリーに守ってもらってばかりだが、いずれは私がアシュリーを何からでも守ってやれるだけの力を手に入れ、これから先ずっと一緒にいる。


 アシュリーが嫌がっても婚約するし、絶対結婚もする。


 ぐりぐりと頭を肩口に押し付けながら眠り続けるアシュリーの前髪と、壁に当たっている私の後頭部にはきっと明日もすごい寝癖が出来ることだろう。


 アシュリーの長い水色の髪を一房掬い、そっと唇を寄せた。

 いけないことをしているようで、心臓が早鐘となって胸を突き続ける。白いすべすべの頬を触り、アシュリーの頭を自分の方に引き寄せながら瞳を閉じた。きっと今日は嫌な夢など見ず眠りにつくことが出来る。



 背中に回された大好きな少女の手によって夢の世界に誘われ、私は朝まで目覚めることはなかった。

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