第22話
「それよりもどうしてバージル様はわたくしの寝台にいたのですか?昨夜はわたくし一人で寝ていたと思ったのですけど」
昨夜はバージル様を部屋に招き入れていない。
それなのにバージル様はわたしの寝台の中で眠っていた。どうなっているのかしら?
「アシュリーと話がしたくて部屋に来たんだ」
「そうなんですか? でもわたくし寝てましたよね?」
「そうだな。寝ていた」
部屋に来たら寝ていたので一緒に寝たとバージル様は言った。
わたしもバージル様に遠慮がなくなってきたけど、バージル様もわたしに対して遠慮がなくなった気がする。
女の子の布団に勝手に潜り込むなとしっかり指導しなければならないわね。
「ダメですよ。女の子の部屋に勝手に入っちゃ。それに寝台に勝手に入り込むなんて言語道断ですわ」
「そうだよね、ごめん」
「分かってくだされば良いですけど」
「……でも、アシュリーも前に」
「何かおっしゃいましたか? 今はバージル様のお話をしているのですよ」
わたし達が出会った初日にバージル様の布団の中に寝ぼけて侵入したことを言い出そうとしているのを察知し、言葉を被せて黙らせる。
そう言われればわたしも反省しなければならないことが多々あるので、お姉さんぶって説教もしにくいことに気がついてしまった。お互いじっと見つめあっていると扉の向こうからユージーンが扉を叩く。
「バージル様、アシュリー嬢。お水をお持ちしましたよ」
とても良いタイミングでユージーンが戻ってきてくれた。
受け取るために扉を開こうと手を伸ばすのだが、バージル様にやんわり止められる。扉が開いても見えない場所に移動させられ、わたしの代わりにバージル様が水の入ったグラスを受け取ってくれた。
扉はまたすぐに閉められる。バージル様から手渡されたグラスの水を飲み干してのどを潤すことができ、わたしは少し冷静になれた気がした。
一方バージル様は水を飲むわたしを眩しいものを見るように瞳を細めて見つめている。
「……アシュリーはいつもしっかりしてるのに、寝起き姿はとてもかわいいよね」
「え? どういう意味ですか?」
「今日も前髪が浮いてる」
「……バージル様は後ろ髪が浮いていますわよ?」
後頭部の寝癖があるところを手で押さえ、「お揃いだね」と恥ずかしそうに微笑むバージル様の方がわたしよりよっぽど可愛い。
「バージル様、さっきは少しきつく言いすぎました。申し訳ございません……それと、お水ありがとうございました。寝起きのわたくしが恥ずかしい思いをしないように気遣って代わりにお水を受け取ってくださったのですよね」
素直に感謝しておこう。
すでにメイナードやユージーンに見られてしまっているが、これ以上わたしのおでこ全開の寝起き姿を広める必要はない。今我が家にお客様が滞在していることを忘れてはならないわね。
お礼を言ったのにバージル様はなぜかもじもじしていた。
どうしたんだろう? 何か言いたいことがあるのかしらと見ていると、クゥッと音が聞こえる。小さな音だったがバージル様の方から聞こえた。
「……お腹すいた?」
お腹をおさえ、バージル様が首を傾ける。
自分のことなのにまるで他人事のように言うバージル様に笑ってしまった。あまり食に興味がなかったバージル様が、空腹を訴えるなんて良い変化だなとちょっと嬉しくなる。
まだ朝食には早い時間だったが、身支度を整えて二人で厨房に向かうことにした。食堂に行ってもどうせまだ食事の準備はされていないと分かっていたので直接厨房に足を運ぶことにしたのだ。
「今日の朝食は何ですか?」
バージル様の手を引いて厨房に入ると慌ただしくコック達が料理を作っていた。朝食の時間にはまだ早い時間なのと、わたしがお客様であるバージル様と厨房に現れたことに驚いている。
「……アシュリーお嬢様、朝食にはまだ早いですよ」
ロブソンが嫌そうな顔を隠しもせずに近寄ってきた。
「それにお客様をこんな所ににほいほい連れてくるのは如何なものでしょうかねぇ? 前回は特別なことだったと理解しておりましたが、旦那様が知ったらお怒りになると思いますよ」
「……そこはいつものように秘密にしてくれるわよね? ロブソン」
「お二人の分を急ぎ準備致しますので食堂でお待ち下さい」
「分かりましたわ。バージル様がお腹を空かせていますので出来るだけ早くお願いします」
これ以上ここに居たらロブソンに後で嫌味を言われそうなので、言われた通り食堂で待つことにしよう。「いきましょう」とバージル様の手を引っ張って食堂に向かった。
それからロブソンの仕事は早かった。オムレツにソーセージとサラダにパンにスープ。フルーツまで出てきた。少食のバージル様には少し多いのではと思ったのだが、驚くことにバージル様は出されたものを完食してしまったのだ。
「まぁ! バージル様、全部食べたのですね! 素晴らしいですわ」
つい興奮して大きな声を出してしまったけれども、これは本当にすごいことだ。その証拠にいつの間にか食堂にやってきていたメイナードもびっくりした顔をしてバージル様を見ている。
「……驚いたな。本当に全部食べたのか?」
「メイナード団長様! そうですよ! 本当にすごいですよね」
「こんなに食べているバージル様をはじめて見た」
バージル様も自分の身体の変化を感じているようだ。
自分のお腹を軽く擦りながら、もう少し食べられるかもなんて言っている。きっとこれからバージル様は大きくなるわね。
そんなわたしの予想通りバージル様の食生活は改善され、すくすく育つこととなるのだった。