第21話
翌日、バージル様の希望で昼食後に伯爵家に帰ることになった。公爵様は何かと理由をつけて引き留めたがっていたのだが、バージル様の気持ちを変えることは出来なかったようだ。
家に帰る前にレオノアに「また遊びに来てくださいね。絶対ですよ!」と念押しされる。わたしを見つめるレオノアが可愛すぎて、はいと頷いてしまったのも仕方ないことだ。
全てレオノアが可愛すぎるのが悪い。桃色の瞳を嬉しそうに細め、笑う姿は完全に天使だ。
エリオットと公爵様とは儀礼的な挨拶をして馬車に乗り込む。
窓から外を見るとエリオットと目があった。エリオットはうむと頷き、わたしは力拳を作って応える。昨夜、エリオットにヒロインの情報が分かったら連絡すると言われており、連絡待っていますという気持ちを目にしっかりこめておく。
エリオットもレオノアを助けたいという強い思いがあるので、きっとヒロインを見つけてくれるだろう。
信じているわよ、エリオット!
「何してるの?」
エリオットを見ていると一緒に馬車に乗り込んできたバージル様に声をかけられた。
「いえ、何もしておりませんわ」
「ふーん」
「それよりも帰って本当によろしかったのですか?」
「いいんだ。もうここに居たくない」
公爵家の方々に見送られながら馬車は走り出す。
バージル様と二人並んで座っていたのだが、わりと広い座席なのにバージル様は肩が触れるくらいわたしの近くに座っている。
「あの、バージル様? どうかしたんですか?」
よく見ると疲れたような暗い表情をしていた。
「……アシュリーはエリオットが好きになったの?」
「エリオット様をですか?」
なぜエリオットの名前が? と思いながら「そうですわね」と考える。
エリオットは同じ日本で生きた記憶があり、オバケの話をしても否定することなく聞いてくれた。まぁ、実際自分も見たのだから否定も何もないかもしれないけど。
あとレオノアを大事に思う気持ちはいいなと思った。
「嫌いになるほど知りませんし、良い方だと思いますよ」
「婚約者になりたいと思った?」
「えぇっ? 婚約者ですか? それはないです」
「でも好きになったんだろ?」
「別に特別好きなわけじゃないですよ。嫌いじゃないってだけで」
公爵家の子息に失礼な言い方かもしれないが、エリオットだしまぁ良いだろう。バージル様と二人だとわたし本当に遠慮がなくなっている。
ただの同い年の少年……精神年齢を考えたら子供を相手にしている気分になってしまう。王家の尊き血を接いでいることを忘れちゃいけないわね。
「……よかった」
ふーっと息を吐いて背凭れに寄りかかるバージル様の顔色はさっきよりも良いような気がする。わたしとエリオットが仲良くなったのでは? と気にしていたらしい。
みんなの前では親しく話していなかったはずなのだが、バージル様はわたし達の変化に何かを感じ取っていたようだ。
おや? これは噂によく聞く友達をとられたくないってやつかしら?
「わたくしの一番のお友達はもちろんバージル様ですよ?」
「……そ、そうか」
頬を少し赤らめさせたバージル様が顔を両手で覆って隠し、かっこわるいなと小さな声で言っているのが聞こえた。顔は隠れてしまったが耳の先まで赤くなっている。
かわいい!!
「やっぱりアシュリーと婚約したい」
「……それは」
「じゃあ、結婚」
無理だと言われると理解して言っているのが分かったので返事はしなかった。
バージル様のためにも早くヒロインを見つけてあげないと。
「バージル様。早く見つけだしますからね」
「何を?」
「だから安心してください」
「だから何を? こっちはプロポーズしてるんですけど」
貴方はこれからヒロインを好きになるんですよと言えるわけもなく、しつこいので「ありがとうございます。お気持ちだけ頂戴致します」とだけ返しておいた。
わたし達を乗せた馬車は暗くなってから伯爵家に到着した。
騎士の方が伯爵家に先触れしてくれたようで温かい食事が準備されており、それをバージル様と一緒に食べた。
その後はゆっくり我が家で休むことができた。公爵様が準備してくれた豪華な客室はとても素晴らしかったが、やっぱり自分の部屋が一番居心地がよく、リラックス出来る場所だ。思った以上に疲れていたのか今日は読書をする間もなく眠りについた。
朝、ロゼが来る前に目覚めた。
一体いつ侵入したのか分からないが布団の中にバージル様がいた。またわたしと壁の間に挟まれて眠っている。寝苦しくないのかな? と前回と同じ感想を思いながらバージル様の頬をペチペチと軽く叩くのだが、眠そうに唸るだけで熟睡していてバージル様は目覚めない。
「……全然気がつかなかった。いつ部屋に来たのかしら」
よく眠っているバージル様を起こさずとも良いかと諦め、静かに寝台から下りた。のどが渇いて水が欲しくなったのだ。
ロゼはまだ来ないかしらと確認のため、部屋を少しだけ開けて隙間からそっと廊下の様子を伺う。
「おはようございます、アシュリー嬢」
開けた瞬間に声をかけられて驚いてしまった。
騎士服を着た青年が立っていたのだ。目をパチパチしていると青年が「どうかしましたか?」と首を傾げる。
年若く、メイナードを基準にすれば身体が細い。今世ではあまり見ない薄い顔をした青年はにこやかに笑っていた。騎士服を着ているので、バージル様の護衛騎士なのだろう。バージル様がこの部屋にいるので前回同様、部屋の外で一晩待機していたのかしら?
「あ、の?」
返事をしようと思った時に背後から腕が伸びてきてばんっと扉が閉められる。
振り返ると寝癖のついたバージル様が立っていた。扉とバージル様に挟まれ、身動き取れずにいると「どうしたの?」と掠れた声で聞かれた。
「……のどが渇いて」
「ユージーン、飲み物を持ってこい」
「承知いたしました。すぐ持って参ります」
扉の前にいた騎士はユージーンという名前らしい。バージル様の指示に従い、廊下を走り去る音が聞こえる。
「ありがとうございます、バージル様」
「いいえ。どういたしまして」
バージル様はもごもごと何か言いながら寝癖のついているを髪を触っていた。