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第2話

 わたしと少年はしばらく無言で見つめ合っていた。

 前世では誰にも理解されることなく、わたしは一人で恐怖に耐えていた。だからこうやって自分以外の誰かと恐怖を耐えるという経験がなかったのだが、二人で耐えているせいかほんの少し気持ちに余裕がある。


 それにわたしよりも怯えている相手がいるからかもしれないわね。落ち着かせてあげないと、という気持ちになるもの。


 見つめ合っていたからか少年の速く短かった呼吸音が落ち着いてきた。


「声も聞こえるんだ」

「声?」

「唸り声みたいなもの……おまえにも聞こえるか?」

「声は聞こえません。姿しか……」

「そう、か」


 前世でも姿は見たが声が聞こえたことはない。

 姿が見えるだけで恐ろしいのに声まで聞こえてしまうなんて想像するだけで恐怖で吐き気を催す。


「もう少し、こちらに寄って下さい」


 少年は私の指示にしたがい顔を寄せてきた。

 少年の大きなくまにばかり目がいき、ちゃんと見ていなかったが恐ろしく整った顔立ちだ。不安そうな顔をしている少年の両耳を塞いでやることにする。


「わたくしは声が聞こえませんので、わたくしがあなたの耳を塞ぎます。怖かったらしがみついていいので」

「おまえ、怖くないのか?」

「何というか、年季が入っているので。多少は慣れているといいますか……」

「なんだよそれ」

「大丈夫ですよ。すごく怖いですけど、目を閉じていればやり過ごせますから。わたくしにしがみついていてください」

「……すまない」


 抱きついてくる少年の耳を塞ぎ、少年が目を閉じるのを確認してからわたしも瞳を閉じる。大丈夫、次に目を開けた時は目の前から消えているはず。

 何度も心の中で繰り返し、自分に言い聞かせた。



「アシュリーお嬢様、ずいぶん仲良くなられたのですね……」


 ロゼの声に閉じていた瞳をぱちりと開く。

 ロゼとその後ろにお父様の姿があり、わたしと少年が抱き合っているのを見て二人はとても驚いていた。少年の身体を自分から引き離し、立ち上がりながら慌てて少年と距離をとる。


「ロゼ! それにお父様!」


 走ってきたせいで息を切らしたお父様は少年に頭を下げた。


「バージル様、娘が何か失礼なことを致しませんでしたか?」


 娘と同じくらいの少年に頭を下げ、丁寧な言葉遣いで接しているということは我が家よりも格上の爵位の家の子供なのだろう。さっきまでの行為が失礼にあたっていなければいいのだけど。

 ロゼとお父様が来たことで意識が逸れてしまったが、さっきまで見えていた不気味な存在はすっかり消えており、ほっと息を吐く。

 しかしバージル様はお父様と話しながら相変わらずの青い顔で不気味な存在がいた方を気にしているようだ。分かりやすくちらちらそちらを見ている。お父様もロゼも挙動不審なバージル様の視線の動き方に気がついており、同じようにバージル様が見る方向を何度か確認していた。二人も何かが見えているわけではないようで、ん? と不思議そうな顔をしていた。


 不気味な存在は消えたというのに何をそんなに気にしているのか分からず、首を傾げているとバージル様がわたしに近寄りそっと手を繋いできた。

 立ち上がると分かるのだがバージル様はわたしよりも小さい。

 下から見上げるようにわたしを見つめ、必死に助けを求めるような表情が可愛くて不覚にもキュンと胸が高鳴った。「どうしたのですか?」と声をかけながら、バージル様が指差す方を見る。


「ビエッ!?」


 今度は別の意味で心臓がギュンとなった。

 バージル様が指差す方向にさっきよりも倍に膨らむ不気味な存在がいたのだ。顔部分がぼこぼこになり手足が変な方向に曲がっている。形は大分変わっているが、さっき見たのと同じやつみたいだ。


 え? ずっとそこにいらっしゃった? 


 しかもさっきよりこちらに近寄ってきている。

 バージル様にはずっとあの姿が見えていたのだ。だからあんなに挙動不審だったんだなぁーと変に冷静になってしまう。


「アシュリー、何て声を出すんだ」

「……ご、ごめんなさい、お父様」


 ついうっかり変な声を出してしまった。

 しゅんとして頭を下げるわたしの背後にバージル様は隠れてしまう。この子、わたしを盾にしてる!? 醜く膨らんだやつはずるずると足を引きずりながらわたし達のほうに近寄ってこようとしている。


「お父様っ!!」

「な、何だ! 声が大きいぞ。びっくりするだろう」

「えーっと、バージル様? が体調が悪いそうです。こんなところで立ち話をするのではなく屋敷に連れていきゆっくり休んでいただくべきではないでしょうか?」

「なに!? バージル様、大丈夫ですかな? ロゼ、バージル様を急ぎ屋敷にお連れしなさい!」


 早くこの場を離れた方がいいと判断した私はバージル様を理由にして、お父様とロゼとバージル様と屋敷に向かうことを提案する。

 バージル様の顔色が悪いことから体調不良はあっさり信じられた。

 ロゼに抱き上げられたバージル様と繋がれていた手が離れると同時にこちらに近寄ってきていたはずの不気味なものの姿が見えなくなる。


「……あれ、これってもしかして?」


 立ち止まって自分の手を凝視していると、屋敷に小走りで向かっていたロゼとお父様も足を止めてわたしの名前を呼んでいた。


「アシュリー、早く来なさい! バージル様がお前を呼んでいる」

「はい、今参ります」


 今世になってから一度も見なかった不気味な存在。

 今日、久しぶりに見てしまったわけだが、どちらもバージル様と接触がある時だ。わたしひとりでは“見ること”は出来ないということなの?

 まだ憶測だが、バージル様の見る力に影響されて見えたということなのかしら?


 考え込んでしまって動かない私の名をお父様が再び呼び、考えることを諦めて三人を追いかけることにした。

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