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第16話

「バージル様、それはちょっと」

「メイナードと約束していた期間はとっくに過ぎている。だからこれ以上ここにいなければならない理由はないはずだ」

「申し訳ございません。わたくしでは分かりませんので、明日メイナード団長様とお話ください」

「いや、今晩のうちに話しておく。私はアシュリーと一緒に伯爵の屋敷に帰る。メイナードが止めたってここにはいたくない」


 絶対だと宣言するバージル様を果たしてメイナードに止められるのか。伯爵家の人間としては、公爵様を訪ねる予定だったバージル様を横取りするような状況は避けたい。だがしかし、バージル様の体調のことを考えたら公爵家はあまり良くないのかもしれない。

 今は消えて見えなくなっているが、バージル様の体調不良を引き起こした不気味な存在が気がかりだ。


「……無理だけはなさらないでくださいね」

「わかった。今日は突然連れてこられて疲れただろう? 今夜はゆっくり休んでくれ」

「それではわたくしはこれで失礼致します。何かありましたらすぐにお呼びください」

「あぁ、ありがとう」


 おやすみなさいと挨拶してからバージル様の部屋から退室する。バージル様の言った通り、何だかとても疲れていた。馬車の移動もそうだが、それより気疲れの方が大きい気がする。

 わたしが泊まれるように準備してもらった部屋に向かう最中に「おい」と声をかけられた。声のする方を見ると少年が一人立っている。初めて会う少年だが、この少年はレオノアにそっくりだ。きっとこの少年がレオノアの弟なのだろう。


「なんでしょうか?」


 公爵は藍色でレオノアは淡い金色の髪をしているが、少年の髪は栗毛だ。派手さはないが、わたしにはわりと見慣れた色をしている。くりんくりんの癖毛で撫でてみたい欲求に心がざわついた。

 レオノアも可愛いがこの少年も何と可愛らしいことか。


「さっさとここを出ていった方がいい。こちらにとってもあんたにとっても」


 わたしより背が小さく、見上げるようにしてこちらを見ているが口調はまるで大人のようにはっきりしている。なぜかわたしを警戒しているようだ。

 こちらだって帰れるなら早く家に帰りたい。


「出切るだけ早く失礼するつもりではありますが……」


 こればっかりはわたし一人で決められないだろう。

 バージル様も一緒に帰りたがっているし。


「忠告しておくが、姉上に関わるなよ」


 突然レオノアのことを言われきょとんとしてしまった。何でここでレオノアの名前が出てくるのかしら? 公爵令嬢であるレオノアとは身分差があり、関わるなよと言われてもわたしから馴れ馴れしく関われるものではない。

 遠くからこっそりその愛らしい姿を愛でるくらいしかわたしに出来ることはないと思うけど。


「俺はお前がどれだけ悪辣か知っている者だ。姉上を怪我させようものなら伯爵家を破滅させてやる」


 少年はわたしを心底嫌悪している。しかもそれを隠すことなくぶつけてくるこの少年に、わたし何かした? まるでわたしがレオノアに怪我をさせようと企んでいるみたいに聞こえる。

 わたしに背を向け、反対側に歩いて行こうとする少年の腕を掴んだ。


「お待ち下さい! 何か誤解をなさっていませんか?」

「誤解だと?」

「ええ、そうです! 貴方の言い方じゃまるでわたくしがレオノア様に危害を加えようとしているように聞こえますわ」

「その通りだろう! 階段から突き飛ばして姉上を殺す気なんだろう? 絶対にそんなことはさせない。屋敷にいる間はお前から片時も目を離さないし、姉上を殺そうとするなら破滅より先にお前を殺してやるからな!」


 すごく怒ってるが、本当に意味が分からない。

 この子いったい何なの?


「落ち着いてください。わたくしはそんな恐ろしいことしません。レオノア様を階段から突き飛ばそうだなんて……そんなことあるわけございませんわ」

「あの王子と婚約したいから姉上が邪魔なんだろう? 姉上が王子の筆頭婚約者候補だからな」


 何だか分からないうちに殺人者にされそうになり、慌てて少年の口を押さえる。こんな話誰かに聞かれ、信じられでもしたらわたしの人生終了だ。

 口を押さえられても少年はまだもごもご何か言っている。

 ちゃんと話をつけるためにわたしは少年を連れて客室に向かった。


「……で? 貴方のお名前をお聞きしても?」

「エリオットだ」


 少年を部屋の中に案内し、勝手に出ていかないように扉の前に立ち塞がってから名前を聞くとあっさり教えてくれた。レオノアの弟はエリオットというらしい。


「わたくしはアシュリーです。エリオット様はわたくしのことをご存知なんですよね?」

「あぁ、知っている」

「それで? さっきの話の続きなんですけど」

「話すことは何もない」

「それは困りますわ。わたくし、エリオット様にあらぬ疑いをかけられているのですよ? ちゃーんと話していただかないと」


 腕組みをしてエリオットを睨み付ける。


「さすが悪役令嬢だな。睨むと迫力があるじゃないか」

「悪役令嬢? エリオット様、さっきからいったい何をおっしゃっているんですか? 意味が分かりません」

「話しても理解出来ないと思うがあんたは近い将来破滅する。これは決まっているんだ」

「何を……」

「悪事はバレるんだ。処刑されたくなかったら変な気は起こすなよ」


 破滅やら処刑やら不穏な単語に頬が引きつった。エリオットが言うことは意味不明で理解できない。頭を抱えたくなるのを堪え、代わりにため息を吐いた。

 冷静になるべく深呼吸し、鋭くつり上がっているだろう目尻を優しく揉みながら唇の端を持ち上げて笑みを浮かべてみせる。多分上手に笑えていないわね。


「エリオット様。全て話してくださいますよね?」

「……どうせ言っても信じないだろう」

「いいから言ってください。聞いてみないと何も分かりません。ただ一言だけよろしいですか? わたくしはレオノア様に危害をくわえたりしませんわ。それだけは絶対です」

「信じられない」


 苛立つくらい話が全然前に進まない。

 ぱんと手を叩き、「それで?」と首を傾げる。信じる信じないとかは後でいいわ。とりあえず全部話せと微笑んでみせた。

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