第14話
「メイナード団長様? 急にどうしたんですか?」
「アシュリー様、貴女にお願いがある。今から一緒に公爵家に来てもらえるだろうか?」
「……え?」
「さあ、こちらに」
「え? え?」
まだフレンチトーストを食べ終わっていないのにメイナードに手を引っ張られて立ち上がらされ、そのまま食堂から連れ出される。
ロゼもびっくりした顔をしている。
「あの、メイナード団長様? なぜわたくしが公爵家に?」
「本当はバージル様を連れてこようと思ったんだか、どうにも連れてこれる状態じゃなくてな。悪いが貴女を連れていく」
「バージル様に何かあったのですか!?」
「ぶっ倒れた」
「えぇっ!?」
倒れたと聞き驚いている間に馬車に乗せられ、お父様やお母様から許可も取らずに馬車は公爵家へと走り出していた。
メイナードの他にも騎士が来ており、両親への説明はその人がしてくれる手筈になっているから安心するように言われたが、ずいぶん強引なことをするなぁ。メイナードも焦っていたし、もしかしてバージル様の体調はかなり悪いのだろうか。
公爵家までの道のりがものすごく遠く感じた。
たった数日の間にバージル様の身に何が起きたのだろう。バージル様のことが心配で早く辿り着かないかとそればかり考えていた。
「アシュリー様、到着しました。公爵の許可はとってあるから、そのままバージル様の部屋に向かおう」
公爵様へ挨拶もせずに屋敷に入ってしまって良いのか迷ったが、まずはバージル様の様子を確認したい。
メイナードの言葉に頷き、歩き出す後ろについていくことにした。
「この部屋になります」
ノックをして部屋を開けると寝台の上に布団の塊が見える。
「バージル様、アシュリー様を連れてきました」
「……アシュリー?」
布団の塊からバージル様が顔を出した。
紙のように白い顔で、目は充血している。髪は布団を被っていたせいでぼさぼさだ。顔も何だか窶れているし、王子様に見えない容貌に驚き目を剥く。我が家にいたときと変化が大きすぎた。
「バージル様? 大丈夫ですか?」
疲れきった顔で立ち上がる気力もないバージル様の側に近寄る。
バージル様は少し横にずれ、座るように寝台の上をぽんぽんと叩いた。座ってもいいのだろうかとメイナードを見ると、こくっと頷きバージル様の指示の通りにするようにと顎で合図してくる。
それじゃあ遠慮なくとわたしは寝台に腰かけた。
「いったいどうしたのですか? 何が……」
「……公爵の屋敷にやってきてからずっと着いてくるのがいる。アシュリーが言った通り見えないふりをしたんだ。でもいなくならない。私の名前をずっと呼んでる」
バージル様は私に顔を寄せ、メイナードには聞こえない小さな声がわたしにだけ届いた。
「今も、この部屋にいてずっと私を見ている」
「……バージル様、私の手を」
「ダメだ、あいつを見てからずっと頭が痛いんだ。アシュリーも同じになるかもしれない」
「いいから! 早く!」
「ダメだ!」
もう一度布団の中に顔を隠そうとするバージル様の動きを止めるために布団を引き剥がす。わたしの突然の強引な行動に驚いているバージル様をそのまま力いっぱい抱き締めた。何日か前のお見送りには出来なかったが、ここにいるのはわたしとバージル様とメイナードだけだ。メイナードにはすでに失態を見られているから構わないわ。
遠慮なくバージル様を抱き締めてしまおう。細くて薄い小さな身体は余裕でわたしの腕の中におさまってしまうのよね。
さて、どこにいるのかと室内を見渡す。
あれ?
バージル様を触っている状況で室内を見ても、不気味な存在の影も形もない。
「あれ? バージル様、どこにいるんですか?」
「……消えた、見えない」
バージル様のくちびるの端が震えている。
どうやら部屋にいた不気味な存在は消えてしまったらしい。わたしの背中に両腕を回し、ほっと息を吐いたバージル様の背中をよしよしと撫でる。
「……落ち着いたのか?」
メイナードもバージル様がずっと心配だったのだろう。わたしに抱き締められているバージル様の様子が、布団を被って怯えていたさっきまでと変わったことに気が付き声をかけてきた。問題だった不気味な存在は姿を消し、気持ちも落ち着いているように見えたのでわたしは小さく頷いた。
安心したのかぐったりとわたしの肩に頭を乗せたのだが、首筋に触れるバージル様の額がものすごく熱いことに気がつく。どうやら疲労が重なり熱が上がってしまっているらしい。
「メイナード団長様、バージル様は熱があるようです。申し訳ないのですが、氷枕と濡れタオルの準備をお願い出来ますか?」
「わかった。他に必要なものは?」
「熱が高いようなので、お医者様をお呼びしたほうがいいかもしれません。公爵様に相談していただけますか?」
「ああ、わかった。少しの間バージル様を頼む」
メイナードの足音が部屋から離れて行くのを聞きながらバージル様を寝台の上に寝かせた。さっきまで白かった顔が今は熱のせいで赤くなっている。
布団をかけ直してやり、顔を覗き込むと辛そうに眉間に皺を寄せていた。
「バージル様、そばにいるのでゆっくり眠ってください」
「……ありがとう、アシュリー。来てくれて嬉しい……あと、お弁当がとても美味しかった。また作ってくれる?」
「美味しかったならよかったです。また好きなだけ作って差し上げますのでもう寝てください。元気になったら次は一緒にピクニックに行きましょうね」
「うん……起きるまで近くにいて」
「もちろんですわ」
片手だけ少し布団から出してじっとこちらを見ているバージル様の手を取り、わたしの手を重ねるとようやく瞳を閉じてくれた。
限界を超えていてのだろう。そのまますぐに寝息が聞こえた。
バージル様が眠りについてすぐにメイナードが戻ってきた。両手にわたしが持ってきてほしいとお願いした氷枕と氷水の入った桶を持っている。
「言われたものを持ってきた。医者の手配のお願いもしてある」
「ありがとうございます。メイナード団長様」
「これは俺がやるから貴女はそのままバージル様の手を握ってやっててくれ。ようやく眠れたんだ」
受け取ろうと動く前にバージル様から離れないように釘を刺される。しかもわたしが付き添いやすいようにと椅子まで持ってきてくれた。
バージル様の頭の下に氷枕を置き、額には濡れタオルを乗せる。これで早く熱が下がってくれればいいのだが。あと経口補水液でも作ろうかな? すぐに作れるし、水を飲むよりいいと思う。
それにしても不気味な存在は何で急に消えたのかしら。直前まではバージル様に見えていたはずなのに。何か理由があったのか……分からないが、今はバージル様がゆっくり休める方が大事ね。
いろいろ考え事をしていたのでメイナードがわたしを見ていることに遅れて気がついた。