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第13話

「バージル様、お約束したのならヴァルトラン公爵家に向かわないと失礼になってしまいますよ」

「……行きたくない」

「そんなこと言わないでください。お帰りをお待ちしていますので」


 バージル様はわたしに手を伸ばす。触れるのをためらっているように見えたので、わたしからバージル様の手を取る。ためらっているというよりわたしから触ってほしいっていう合図みたいなものだ。

 手が触れ合うとバージル様は安心したような顔をした。


「そんなに公爵のところに行きたいならメイナードだけ行けばいいんだ。それで公爵の体面も保たれる」

「バージル様が行くことに意味があると思いますよ」

「いやだ」


 立ち上がりバージル様を見つめる。駄々っ子のようなことを言っていやだいやだを繰り返すバージル様はどうしても我が家を離れたくないらしい。

 メイナードはわたしに説得を任せる気らしく口を開かない。なんと言って説得しようか。


「そうだわ、バージル様が道中食べられるお弁当をわたくしが作りますわ。だからメイナード団長様のお願いを聞いて公爵家に行ってきてください」

「……お弁当?」

「えぇ。バージル様のために作りますわ」

「……どんなに引き留められても夕方までに絶対ここに連れて帰ってこい。出来るかメイナード」

「はい。承知いたしました」


 ようやく公爵家に向かうことにバージル様が納得してくれた。

 そこからわたしとメイナードの動きは早かった。メイナードは馬車の手配やら移動の準備を、わたしは約束したお弁当の準備を。ハムとレタスとチーズとトマトを挟んだボリュームたっぷりのサンドイッチを作った。本当はマヨネーズと玉子のサンドイッチも作りたかったのだが、マヨネーズを作っている時間がなかったので断念したのだ。

 バージル様の分はわたしが作り、一緒に同行する騎士様たちの分はロブソン達に作ってもらう。他に軽くつまんで食べられるように厚焼きたまごとソーセージを焼いたものをお弁当箱に詰めた。バージル様のソーセージはたこさんとかにさんにしておいた。バージル様は少食だが、騎士様たちはたくさん食べるだろう。今から公爵家に向かっても昼食時間には間に合わないだろうし。


「バージル様、メイナード団長様。お弁当が出来上がりました。皆さんでお食べください」

「俺たちの分まで準備してくれたのか?」

「えぇ、少しですけど。どうかお気をつけて行ってきて下さい。小さいお弁当はバージル様用です」


 お弁当を持ってバージル様達の見送りにきた。

 バージル様はまだちょっと不服そうで、顔にそれが全部出てしまっている。困った王子様だわ。


「バージル様、お顔がすごいことになっておりますよ」

「……アシュリーはひどい。私を追い出す気なんだ」

「まぁ! そんなことありませんわ。バージル様がまた我が家にいらしてくださるのをお待ちしております」

「やっぱりひどい」


 バージル様はここに帰ってきたいと言っていたがやはり難しいと思う。

 睡眠や食欲がもう少ししっかり取れるのを見届けたかったが、それはわたしの立場では難しいことだ。


「……バージル様、覚えておられますね? 見えないふりをする方法を。怖いことはずっとは続きません。少しずつ慣れていきます」

「ああ」


 ぎゅっとバージル様の手を両手で握る。


「頑張るから婚約してくれる?」

「ふふふ。それはお受け出来ませんが……もうバージル様は十分頑張っておりますわ」

「出来るだけ早くアシュリーのところに戻ってきたい」

「バージル様……」


 バージル様は握られていないほうの片腕をわたしの背中に回した。離れたくないという気持ちが込められているようで切ない気持ちになる。力いっぱい抱き締め返してあげたかったが、メイナードや他の騎士たちからも注目されているためそれも出来ない。なのでわたしとバージル様の間で握られたままになっている手にその分の力を込める。

 か弱い乙女の力を超えていたかもしれないが、いろいろな思いを込めたので自然と力が込もってしまった。


「バージル様、そろそろお時間です」


 メイナードに声をかけられ、バージル様が馬車の方に移動する。

 なぜかわたしも手を引かれて馬車の方に連れて行かれた。ん? と思っていたのだが、最後まで見送りをってことかなと思ってついていったらそのまま馬車に連れ込まれそうになって慌ててしまう。


「あの! バージル様!?」


 ちっと舌打ちをするバージル様。

 危なく連れ去られるところだったわ。名残惜しそうにしていたバージル様が乗った馬車が遠く見えなくなるまでわたしとロゼはその場に残り見送った。




 バージル様が去った屋敷は何だかとても静かだ。

 静かとは違うかも。バージル様は賑やかに騒ぐ子じゃなかったが、一緒にいる時間が長かったせいでそう強く感じる。たった数日だけ一緒にいたとは思えない喪失感だ。

 秘密を共有したことで心の繋がりみたいなものが出来ているのかもしれない。



 結局バージル様はわたしの予想通り公爵家から戻ってきていない。



「バージル様はちゃんと食事を食べているかしら」

「アシュリーお嬢様、それ何回目ですか?」


 昼食に作ってもらったフレンチトーストを食べながら呟くとロゼに呆れたような顔をされた。

 自覚があるので肩を竦めてみせる。

 でもふと気になって無意識に言葉が出てしまっているから注意のしようもない。今だって考えていることがぺろっと出て来ていたのだから。


「きっと元気になさっていますよ」

「そうよね! それにきっとレオノア様とも仲良くやっているわね。心配し過ぎても良くないし、この美味しいフレンチトーストを食べてしまわないと」

「そうですわ。もう少ししたら家庭教師の先生もいらっしゃいます。食事抜きはお辛いですよ」


 確かにその通りだ。急いで食事を再開すると急な来客を知らせる声が聞こえた。


「アシュリーお嬢様! メイナード騎士団長様がお嬢様にお会いしたいといらっしゃっておりますが……」 

「メイナード団長様が?」

「はい、それがお急ぎらしく……」


 慌てている使用人を押し退けてメイナードが現れる。招いてもいないのに強引に食堂に入ってきたメイナードに目をぱちくりさせてしまう。

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