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第11話

「婚約者? 婚約者になれば一緒に寝てもいいのか?」


 バージル様はわたしの膝の上から頭だけ上げ、適当なことを言ったメイナードを見上げている。


「バージル様、メイナード団長様の嘘でございます。結婚したもの同士じゃないと一緒に眠ることはありません」


 全員が貞操を守るわけじゃないが、王子様の教育上よろしくないことを言わないでほしい。とても誤解を招く言い方だ。


「じゃあ、アシュリー。結婚しよう」

「それはいやです」


 バージル様は起き上がって寝台の上に座り、わたしの両手を握り締めて突然プロポーズをしてきた。

 何がじゃあなんですかと大きくため息を吐く。

 子供の言うことなので全く本気にしていない。プロポーズ後すぐに拒否するとバージル様が酷く傷付いた顔をした。冗談だとしてもはっきりお断りするのは失礼だったかもしれない。


「いや、と言いますか、わたくしはバージル様と結婚出来るだけの身分ではないのです。きっとバージル様には既に婚約者か、その候補がいらっしゃると思いますよ」

「そうなのか? メイナード」


 バージル様がメイナードを睨む。


「そうですね。まだ決定ではないですが、数人候補がいるはずですよ。そもそもバージル様の最初の目的地だったヴァルトラン公爵家のご令嬢はバージル様の婚約者候補の筆頭だったと思いましたけど」

「そんな話初耳だぞ」

「そりゃ、王妃様が内緒にしていたみたいですからね」


 まぁ! ヴァルトラン公爵家のご令嬢といったらレオノア様のことよね。わたしやバージル様と同い年の将来有望な美少女で、少し病弱なところがあるのだが、いつもにこにこ笑っている可愛らしい子だ。女のわたしにも庇護欲を抱かせ、守ってあげたくなる気持ちにさせた。レオノア様もバージル様も天使のように愛らしいので、二人が並んだところを想像しただけでとても幸せな気持ちになるわ。

 それにしてもバージル様が質問しているとはいえ、メイナードは王妃様が内緒にしている話をばらしてしまって良いのかしら?


「あら、もしかしてレオノア様ですか。とても可愛らしい方ですよ? バージル様はお会いしたことあるのですか?」

「今はレオノアの話は関係ない!」

「……申し訳ございません」


 バージル様が大きな声で怒鳴った。

 突然だったので驚いてしまった。バージル様もこんな大きな声が出るのね……と、びっくりした後に謝る。部外者があまり首を突っ込むのは良くない。バージル様は年頃なのだから、こういった話は聞かれたくないのだろう。


「ちがう、ごめん。大きな声を出してしまった」

「いえ、私が悪かったのです」

「……そうだ。アシュリーが悪い」

「本当に申し訳ございませんでした」

「許すから結婚してくれ」

「それはごめんなさい」

「それじゃあ、婚約……」

「それもごめんなさい!」


 言い終わる前に婚約の申し込みもお断りする。

 悲しそうな顔をしても、こればっかりは嘘でも良いですよなんて言えない。お父様も絶対に頷くんじゃないぞと目で脅してくる。お父様、その目は娘を見る時の目じゃないですよ。お父様もわたしと同じく目力が強いのだから、今なんて緊張感も相まってまるで殺し屋みたいに眼光鋭い。


「……伯爵はどう思う!」


 わたしの返事が変わらないので、バージル様はお父様を相手に切り替えた。でも誰に言っても答えは同じだわ。

 お父様も眉尻を下げ申し訳ございませんと困った顔で謝っている。

 バージル様を見る時は流石に殺し屋空気が緩和されるのね。あまり怖い顔をしていると悪い人みたいに見えるから注意しなければならないことを後で教えなければ。緊張している時はまるで殺し屋みたいよ、とは流石に言えないけど。


「バージル様。あまり無理を言ってはなりませんよ」

「だが!」


 良いからちょっと来てくださいとメイナードがバージル様を呼び、バージル様は渋々といった感じで寝台から下りて近寄っていく。わたしもお父様も首を縦に振らないと分かったのだろう。

 メイナードが上手く諦めさせてくれるわね、きっと。

 バージル様とメイナードは二人で顔を寄せて私とお父様には聞こえない声で何かこそこそ話していた。


「……アシュリー、いったいどういうことなんだ」


 こっちはこっちで内緒話だ。

 お父様が状況説明を求めて私に質問してくる。わたしだって突然のことで、こっちが聞きたいですわと返した。


「子どものちょっとした戯れ言ですわ。小さな子供は親しくなった子と結婚したいと言うものなのです。『わたくし、大きくなったらお父様と結婚します』というのと一緒ですよ」

「なんだその例え話は! そもそも、何でバージル様がお前の布団の中にいたんだ」

「その話はロゼから聞いてくださいませ。子供同士が一緒に眠るくらい何の問題もありませんよね!」

「淑女の言葉とは思えないな。お前の常識はどうなっている! 前回のバージル様の布団に潜り込んだ件で反省したと思ったが、全然していないではないか!」


 お互い興奮してこそこそ話で収まらないくらいの声の大きさになった時、ロゼがこほんと咳払いする。バージル様とメイナードの視線もわたしとお父様に向いていた。


「旦那様、それにアシュリーお嬢様。お客様がいらっしゃることを忘れないでくださいませ」


 ロゼのありがたい忠告のお陰で私もお父様も失態をおかさずにすんだ。

 お父様と視線が合い、目を見ればお互いが冷静に戻ったことが分かった。ぽんぽんと肩を軽く叩かれ、「バージル様もそうだが、ヴァルトラン公爵家を敵に回すことがないようにな」と耳許で言われる。

 こくりと頷き、自分なりの淑女らしい笑みを浮かべてみせた。


「もちろんですわ。お父様」


 ヴァルトラン公爵家を敵に回すなんて恐ろしいこととても出来ないわ。


「あ、アシュリー。言い忘れていたが、前髪の寝癖がすごいことになっているぞ。恥ずかしいからすぐに直しなさい」


 お父様の発言に慌てて前髪を両手で押さえつける。

 朝の自分の前髪の寝癖がどれだけひどいか思い出してしまった。お父様やロゼはその状態を見慣れているから気にもしないだろうが、バージル様とメイナードはお客様だ。恥ずかしすぎる。

 そう思っている時、バージル様の後ろの頭もすごい寝癖になっているのが見えた。わたしがバージル様を壁に追いやったせいだ。わたしと壁に挟まれてさぞ寝苦しかっただろうと考えると更に羞恥心が増した。

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