『こうして少年はまたひとつ大人になった』(5)
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──まさか。さっきからずっとこうして突っ立っていたのか。
外はいま、何度くらいあるだろうか。最初にチャイムが鳴ってから、かなりの時間が経っているのは間違いない。
──というか、こいつ誰だっけ。
どこかで会ったことがある気がする。
──そうだ、親父とお袋の告別式。その帰り際。
俺はこいつに出会っていた。
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不意に、あのときの光景が蘇る。
告別式には、あり得ないほど大勢の人間が訪れていた。
本来親父とお袋別々で葬儀をすべきだったのだろうが、事故の内容が内容だったし、俺に対する体力面精神面の負担を考慮して、親族同士話し合って一緒に葬儀を済ませることになったらしい。
だから親父の会社の上司や同僚やら、お袋の高校時代の同級生やら、マスコミの取材陣やら、興味本位で駆けつけたようにしか思えない近所の野次馬やら。斎場は人でごった返していた。
──特にマスコミ関係の連中は目に見えて多かった。
息子の晴れの入学式当日に、玉突き事故に巻き込まれ亡くなった両親。たった一人残された、15歳の悲劇の少年。マスコミが飛びつくのも無理はない。
だが俺は全ての取材を断って、ただの一言も口をきかなかった。──俺の預かり知らぬところで両親が勝手に死んでしまった上に、全国のお茶の間で晒し者にされる?
拷問でしかない。だからずっと黙っていた。歯を食いしばりすぎて、奥歯が二本、根元から欠けてダメになった。
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──それだけ大勢の人間が押し寄せた中で、なぜか俺はこの女のことをよく覚えている。
それは葬儀が一段落ついて、俺が一旦自宅に戻ろうと帰り支度を始めたとき。俺の前に現れたこいつの姿が、あまりに印象的だったからだ。
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送迎の車を待つあいだ、俺は斎場の中庭の、もう全て花が散ってしまった桜の木の下で、なにをする訳でもなく時間を潰していた。
斎場内に親族用の控え室があることは知っていたが、そこに戻る気は微塵も湧いてこなかった。
──そんな俺のもとに、見慣れない女が近づいてきた。
ここは斎場の中なんだから当たり前ではあるが、女は喪服に身を包んでいた。そして、いかにもこういう場にお似合いの暗く重苦しい雰囲気を漂わせていた。
女は無言のまま、ゆっくりと窺うように俺との距離を詰め、俺のかたわらに立った。静かな、だがどこか悲しそうな足どりだった。
──女はなぜか、物凄く怒ったような顔をしていた。
口元はキッと固く引き締められ、両目からは涙が滂沱と流れ落ちていたが、それを拭う素振りを全く見せなかった。
女の頬は青白く震え、涙が流れたいく筋かの部分だけが、かすかに血色を蘇らせている。女は何も口にしないまま、俺の両の手をぎゅっと握りしめた。──女の手の熱は人肌の体温だった。
俺の手に、女の涙がぽとりぽとりと、雨がアスファルトを打つように落ちた。それでも女は何も言わなかった。じっと俺の目を見つめたまま、ずっとそうして佇んでいた。
あまりに突然で唐突な事態に、俺は口も聞けず呆然と立ち尽くすほかなかった。
──どれくらいの時間が過ぎただろうか。
車の手配が整ったことを伝えに、親戚の一人が足早にやって来た。俺を探し歩いたのだろう、少し息が上がっている。それでやっと俺は、このよく分からない、無言の、しかしなぜか少しだけ心を鎮めてくれた女の手を解いた。
女は俺に深々とお辞儀すると、来たときと同じように、無言で去って行った。そんな姿が目に焼き付いている。




