『こうして少年はまたひとつ大人になった』(3)
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その日は朝になって突然、親父が俺を車で高校に送ると言い出した。家から高校へは歩いても20分かからない距離だったから、送迎は要らないと何度も断った。
入学式に親の車で登校するなんて、恥ずかしいという感情しか湧いてこない。なにより誰に目撃されるか分かったものではない。だが親父は、
「入学式だから今日だけ特別サ─ビスだ」 とか、「俺すでに会社に休みの連絡入れちゃったから。お前もオトコなら潔く責任取れ」とか、よく分からない理屈を宣って、俺を無理矢理車に乗せた。お袋まで一緒に車に乗り込んできた。
お袋は、特に普段と変わらないようなことしか喋らなかったが、どこかいつもより嬉しそうにハシャいでいた。
家でも車内でも、まだ制服を着慣れず馬子にも衣装みたいになってる居心地悪そうな俺の姿を、携帯で連写していた。わりと本気で恥ずかしかった。
高校に着いて、一本だけまだ花を残していた校内の桜を見つけたお袋が、すかさず携帯を構える。この絶好のシャターチャンスを逃すまいと、戦場カメラマンみたく鋭い目付きだ。
お袋は、俺と桜の両方が綺麗にフレームに収まるポイントを探して、ここでもない、あそこでもないと無闇に校門の前をウロついている。
このままじっとしていると、また我が家に恥ずかしい写真のコレクションが増やされてしまいそうだから、俺は早々にこの場を退散することにする。間一髪、お袋がピントを合わせ終わる前に、俺は校門をくぐって校内に逃げ込んだ。
──不意に、ざあっと一陣のつむじ風が吹いた。
一本だけ花を残した桜から、ひらひらと花びらが降り注ぐ。俺は一瞬その幻想的な光景に目を奪われた。
親父もお袋も、少し離れたところから、その美しい光景に目を細めているようだった。
──直後、お袋の瞳にこれ以上ないほど怪しく鋭い光が灯されるのを、俺は見逃さなかった。
ヤバい、逃げよう。
二人に背を向け、俺は校舎に向かって駆け出した。背後からかすかに、親父とお袋の声援が聞こえた。ご丁寧に女声部と男声部でハモってやがる。
「入学おめでと〜!今日からが〜んば〜れよ〜〜!」
いやほんと恥ずかしすぎるから。
──ってか、ほんと仲睦まじいなアンタら。
◇◆◇◆◇
──そしてその帰り道。
二人はなんでもない一般道の、見通しも良い直線道路での信号待ちの最中、自動車同士の多重衝突事故に巻き込まれたらしい。
感情を持たない金属の塊は、塊同士でピンボールみたく勢いよく衝突して、それがあっという間に連鎖したらしい。金属の塊が文字通りスクラップの山になるまで、1分とかからなかったらしい。今年に入って、全国でも最悪の玉突き事故だったらしい。
事故の引き金となったトラックの運転者は、不眠症が続いて睡眠薬を常用していたにもかかわらず、事故後のそいつの体内からは規定値を遥かに超えるアルコールが検出されたらしい。
そしてそいつは事故でも肋骨を二、三本骨折しただけで、他にはかすり傷ひとつなかったらしい。
──親父とお袋は、勿論二人ともちゃんとシートベルトをしていたらしい。エアバックだって正常に作動したらしい。
でも運悪くトラックとトラックに挟まれる形になってしまったらしい。
俺の親父とお袋を乗せた軽自動車は、ほとんど原型を留めないまでにプレスされたらしい。
そしてそれから間もなく炎上したらしい。
お袋が事故が起きる直前に友達に送ったメールの添付写真には、桜吹雪が舞う校内を走る、ピントのブレまくった俺の背中が映っていたらしい。
メール本文には一言だけ、
「今日も悠悟は元気いっぱいです♡」
と書いてあった
……らしい
◇◆◇◆◇
俺はその頃、教頭だとか教育委員会だとかの偉い人の訓示と更に偉い人の訓示とそのまた偉い人の訓示を聞いていた。
正確には、右耳から左耳へ、あるいはその逆方向に、訓示がさわさわと風のように通りすぎるだけの時間をただじっと耐えていた。
退屈な入学式と、ほとんど内容のないホ─ムル─ムがようやく終わった。
俺は中学時代からの連れに、帰り道にあるゲ─センでも冷やかすかとか、そんなたわいも無いことを喋りながら校門を出た。
直後、携帯が鳴った。




