『こうして少年はまたひとつ大人になった』(2)
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城の名を『胡桃割城』という。
お椀を伏せたような形をした丘陵の頂上付近に、天守閣のある本丸が築かれている。
そしてこの本丸を中心として、丘陵の頂上から丘裾に向けて、斜面を削るように二の丸、三の丸が楕円状に広がっていた。
この城は規模こそさほど大きくないものの、北は鋭い穂先を揃えた気高い山々、東は深い水掘、西には轟音けたたましい急流に囲まれ、まさしく天然の要害と呼ぶに相応しい、威厳と風格を備えている。
そして本丸や二の丸には、有事に備えて櫓や蔵がいくつも建てられ、白く塗りかためられた漆喰の壁には、弓矢鉄砲を放つための銃眼があちらこちらに穿たれている。
いまは時代が時代だけに、城全体が眠っているように映るが、在りし日の威勢と風格が、隠しようもなくそこにはあった。
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ちなみに、この『胡桃割城』という、一風変わった名前の由来には諸説あるらしい。
──曰く、天守閣のある本丸のかたわらに、胡桃の大木が昔から自生していて、長きに渡り御神木として大切に崇め奉られてきたから──という説。
──曰く、この城が胡桃の硬い実のように堅牢な作りで、割る(落城させる)ことが容易でない難攻不落の城であると、広く近隣に知れ渡ってきたから──という説。
他にも諸説あって、はっきりしない。
今もって、自称郷土歴史風俗保護なんとか組合(正式名称は不明)の組合員達と、公民館の爺さま連中が、日夜喧々轟々の言い争いを繰り広げているらしい。
正直、あまり興味も湧かない。
──というか、できれば関わり合いたくない。
だってこの前見たときなんか、自称郷土なんとか員さんの目、血走ってたし。爺さまの方は爺さまの方で、口角に泡飛ばす熱弁がすぎて、入れ歯が宙に舞ってたし。
──別の意味で、見物する価値はあるような気がしてきたが。
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──まあ名前の由来はわきに置いといて、何故こんな冬のくそ寒い朝に天守閣に登って街を見下ろしてるか。
それは単純に、俺がここからの景色を気に入っているからだ。
さらに言えば、去年の夏。
あのくそ暑い夏の盛りの日以降。
俺がこの城に[居候]させてもらっていて、天守閣への出入りを自由に許可されているからだ。
──うぅ、居候
なんだか聞くだけで空しく、肩身が狭まる。
──『居る』に『候ふ』と書いて[居候]
アルファベットだとisoro(oは長母音)。
リピ─トアフタ─ミ─
──isoro
間違っても歯槽膿漏とかではない。音の響きはすごく似ているが。
──うん。
漢字にしようが、アルファベットにしようが、情けなさは変わらないことを確認。
システムオ─ルグリ─ン。我、コノ城二居候ス。ユエニ我アリ。
──いかん。
あまりの情けなさに理性と感情がショ─トしてきた。
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──俺がこの城に居候させてもらうことになった経緯を、有りていに言おう。俺の家族がまだ東京に住んでた頃。より正確に言えば、俺が近所の都立高校に入学する当日。
両親が死んだ。
俺を高校まで車で送り届けたその帰り道に。
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──思考が記憶にアクセスしようとしている。
滅多に思い出すこともない記憶だから、アクセスには少し時間がかかる。少し経って、ピ─っと温かみのまるで欠如した電子音が脳内に響き、無事アクセスが成功したことを告げる。
──うん、大丈夫なようだ。
まあ忘れようと思って忘れられるようなシロモノではない。いっそ綺麗さっぱり忘れられたらどんなにか楽だろうに。脳の海馬というやつは余程意地悪く出来ているらしい。
さすがは俺の身体の一部だ。
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──ああ、また寄り道が過ぎた。
では久々に振り返ってみるとしよう。もう過ぎ去った日のことなのだから。
だから大丈夫。
誰に言い聞かせるでもなく、呟く。




