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我、おかわりを所望ス(2)

 ◇◆◇◆◇


 ──そんな回想に耽りつつ、再びぼーっと街を眺めていると、階下から呼び声が聞こえてきた。


夕凪(ゆうな)ちゃーん、悠悟(ゆうご)くーん、ご飯できたよー。もうあさだよー』


 と、間の抜けた声。声質はよく通る綺麗なソプラノなのだが、口調のせいで台無しである。

 俺は廻縁から天守閣の室内に戻り、声の主を待ち受ける。


 間をおかず、トントントンと軽やかな足音が響いて、一人の少女が階下から顔を覗かせた。

 一見して、整った顔立ちと言って差し支えないだろう(我ながら偉そうな言い草だ)。

 美人というよりは[可憐]と形容するのがお似合いかもしれない。


 ──あえて形容するなら、自らの花の重みで今にも花柄(かへい)(くき)の部分)が折れてしまいそうな、白百合みたくというのか。

 ──周囲の人々に、この子を見守ってあげたい、見守ってあげなきゃオーラをびんびんに受信させる存在というのか。


 勿論本人に作為はなく、あくまで自然と周りがそうなる訳だが、ある意味逸材である。



 ◇◆◇◆◇



 彼女の名前は[秋山志穂(あきやましほ)]。

 俺と同じ近くの県立森宮野(もりみやの)高校に通っている。学年は俺のひとつ下なので、現在高校一年生だ。


 志穂の家とウチとはご近所だから、毎日登校する前にここに寄って、ついでだから一緒に朝ご飯を食べて、さらについでだから食後のお茶なんぞも飲みつつ、皆で連れ立って登校するのが日課になっているのだ。


 よその家の子と毎日のように朝ご飯を一緒に食べることに、俺も最初は違和感を覚えたが、当の曜子さんはむしろ嬉しそうだから、まあいいのだろう。

 ──どうやら朝食の用意が出来たので知らせに上がってきたらしい。志穂は部屋に俺がいることを目に止めると、


『あっ……ゆーご君。おはよー』


 と、これまた間の抜けた声で挨拶をした。


「ぉー、おはよー」


 ついこちらも間の抜けた声で返してしまう。こいつのほわんとした口調は伝染しやすいのだ。特にまだ頭の冴えていない朝方には。

 俺の気のない返事にも志穂はにこっと笑って返してくれた。しかし次の瞬間にはその笑顔がたちまち凍りつく。


 部屋の中央に鎮座する、[ソレ]に気づいたからだ。

 うーむ、やはり気付いてしまったか。俺はあえて、さっきからずっと目に入らないフリをしてたのだが。


 ──事ここに至っては致し方ない。説明しよう。



 ◇◆◇◆◇



[ソレ]は端的に言い現すならば、呪われし布団の九十九神(つくもがみ)とでも呼ぶべきか。

 立派な神様になれる年月まであとほんの僅かとなりながら、僅か一年の歳月が足りないばかりに無残に捨て置かれ、邪悪なる悪霊と化してしまった哀しき布団の成れの果て。


 ──では勿論なくて。

 ──冬の朝は寒いから、

 ──私はまだまだ眠っていたいから、


 という、芸術的なまでにどーでもいい理由で日々惰眠を貪っている、この胡桃割城(くるみわりじょう)の主、[土岐川夕凪(ときかわゆうな)]、その人である。


 そんな怠惰な城主は、柔らかく暖かそうな掛け布団に包まれ、すやすやと呑気な寝息を立てている。

 よくよく見れば掛け布団には、山水が銀、梅の花が紅の糸で(きら)びやかに刺繍され、おそらくそよぐ風を表したのであろう美しい金糸の曲線があちらこちら、舞うように踊っている。

 見る人が見ればこれが容易なる代物でないことは明らかだろう。布団一つ取っても、この家が脈々と受け継いできた格式と伝統を現しているのだ。


 ──まっ、寝ぼけてる城主様の口からじっとり滴っている(よだれ)を見れば、そんな格式とやらは一瞬で吹き飛ぶ訳だが。



 ◇◆◇◆◇



 ──と、どーでもいい思考を巡らせている俺をよそに、志穂は健気に布団の山を揺さぶっている。


『ゆーなちゃーん。朝ご飯出来たよー。早く起きてこないと曜子おばさんに怒られちゃうよぅぅぅ』


 ──半分涙声になってきてるな。哀れなやつ。

 ちなみに朝寝坊して怒られるのは夕凪であって、志穂が泣く必要はないと思うが。

 

──てかこの光景、昨日も見たんだが。

 動かね布団の山。目に涙を溜め布団を揺する少女。傍観を決め込む少年──シュールな絵柄だ。


 ──まあ夕凪はちょっとやそっとのことでは起きない。こんな寒い朝の日には、なおさら。


 だから志穂のしている行為は無駄というか単なる徒労というか、そういう類のものだ。

 志穂本人もそろそろ気付いても良さそうなもんだが──おそらく毎日のように曜子さんに目覚まし役をお願いされ、それを断り切れないのだろう。

 そしていつも美味しい御飯を振舞ってくれる曜子さんの力になれない自分を、内心責めているのだろう。


 うっ──なんて健気な(つーか憐れな)

 ──不覚にも俺まで涙ぐみそうになる。可憐な見た目そのまんま、心根まで清らかで優しいやつだからなぁ。


 ──まあ無駄な行為なんだけど。



 ◇◆◇◆◇



 志穂はなおも懸命に夕凪という名の布団の山を揺さぶり続けるが、夕凪はまるで応える兆しを見せない。

 まさしく、動かざること山の如し!

 ──ちょっと違うか。


『すぴー……すすぴー』


 驚愕。山が喋った。しかも寝言で!

 ──てか、すぴーとか音させて寝るやつ、漫画とかアニメ以外で初めてみたぞ。どーでもいいことに感動する俺。

 布団を揺さぶるのにも疲れ果て、ますます半泣きになる志穂。

 ──いと哀れなる姿である。


 しかし、それでこそ秋山志穂。薄幸(はっこう)の星の下に生まれることを約束されし少女。

 ──って嫌な星の下だな、それ。




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