『こうして少年はまたひとつ大人になった』(8)
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事ここに至って、俺はようやくひとつの、たったひとつの明快にして普遍の真実を理解した。
──この人はヤバい、
──本気でヤバい、
──俺が
──俺なんかが、
──太刀打ちできるような相手では、
────到底ない。
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──こうして俺はこの田舎に引っ越してきた。
同行されたというか、連行されたというか、まあ平たく言えば<拉致>という手段を用いられて。
そしてあの夏の暑い日から、もう一年と半年近くが経過しようとしている。曜子さんが俺を引き取ってくれた理由、それは俺の胸の中でずっと鍵を掛けられ、封印されたままだ。聞けば答えてくれるような気もするが、正直聞くのが怖い。
あの日俺が賢明にも肌で感じ本能的に察したとおり、曜子さんは俺にとって、決定的でクリティカルな存在である。だからこそ答えを聞くことを躊躇ったまま、今日に至っているのだ。
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まあ悩んでいても仕方ない。結局なるようにしかならないのだから。そして極めて幸運なことに、ここでの生活は悪くない。むしろ良い、とさえ言えるかもしれない。
俺はフ─ッと大きく息を吐く。両肘を欄干に預けて、もう一度じっくり眼下の街並みを眺める。寒さは相変わらずなのだが、なぜだろうか、なにか暖かいものが身体の奥深くに宿り、寒さを和らげてくれているような気がした。
天守閣の室内に目を移せば、まだ布団にくるまって静かな寝息を立てている夕凪の無防備な姿がある。
さてさて、では長きに渡った回想の要旨を、簡潔にまとめて締めくくることにしよう。
あの夏の日の体験から、俺が学んだ大切な教訓はたったふたつだ。
ひとつ、
──綺麗な薔薇には棘がある。
──その薔薇が綺麗であればあるほど、巨大な棘が。
ふたつ、
──よく知らない人間がいきなり訪ねて来ても、不用意に玄関のドアを開けてはならない。
────決っして。
第1章 完




