バッファローはもういない
僕は34歳になったばかりだが、頭頂部がだいぶ薄くなっていた。自分では気付いていなかったが、半年ぶりに会った友達にその事を指摘され、認めざるを得なかった。
どうしてこんな事になってしまったのだろう?
僕は様々な理由を考えた。高校生の頃はバッファローと呼ばれる程盛り上がっていたのに、いつバッファローは去ってしまったのか。
恐らくは5年前に髪を金髪にした事が最初の原因ではなかろうか。
その頃僕は京都に住んでおり、遺跡発掘現場で働いていた。その現場は50人程が働く大きな現場で、主戦力は定年後の爺さんたちであったが、レゲエの格好をした長髪長髭の兄さんがいたり、タコ部屋労働を渡り歩いてきたという兄ちゃんがいたり、世の中からはみ出した者が流れ着く漂流所のような雰囲気があった。
そうした空気感も手伝い、世の中を完全に嫌になっていた僕は自らの髪を金色に脱色した。
髪を脱色するのは髪に非常に良くないと聞いていたが、なぜか僕には絶対に禿げないという根拠のない自信があった。まだバッファローは僕と共にいると過信していたのかもしれない。
そして10ヶ月が経ち、その現場が終わって働き口を無くした僕は、人間関係のいざこざもあって遠くに行こう思い、東京に引っ越しすることにした。
髪は黒く戻したが、ここで次の原因と思われる場所が浮上する。
コインシャワーである。
コインシャワーとは100円で5分間、または200円で8分間お湯が出るシステムであり、狭い敷地に4つか5つくらいのシャワー室が並んでいる。僕が住んでいた高円寺の近所にはコインシャワーが何軒かあり、風呂が家になかったのでよく行った。
その頃の僕はすき家でアルバイトをして生計を立てていたが、貧乏だったので、とにかく5分以内にすべて済ませようと必死だった。
まず体全体にシャワーをかける。止めてる時間はカウントされないので、止めてから頭と体を洗う。そして勝負である石鹸流しだ。残り僅かな時間に全て洗い流さなければ延長になるので、素早い動きが必要だ。そしてその間に、シャンプーやら石鹸も後片付けせねばならない。5分過ぎたらもうシャワーは出ない、止まった後に石鹸なんか触ったら最後、もう洗い流すことは出来ない。
そのようにして、僕のコインシャワーライフは成り立っていたのだが、あの10ヶ月程の日々を経て、バッファローは完全に去ってしまったのだろう。安価なシャンプーと圧倒的洗髪スピード。あの時取り去らなかった毛根の汚れが決定的に髪を細くし、抜け落ちさせたのだ。
バッファローはもういない。
思い上がった僕が、心使いを怠って、長い年月をかけて知らない間にボロボロにしてしまっていた。
僕は高校生2年生の時の生徒手帳を見てみた。
頭髪が顔の幅ほどのボリュームで盛り上がっている。
「バッファロー・・・」
僕の声は夜に消えた。