File3-3 美術部の中の憎しみ
事件関係者
白家美恵子 雪美条高校美術教師 美術部顧問
北河珠代 雪美条高校3-B 美術部部長
小形光樹 雪美条高校3-E 美術部員
宇高繁広 雪美条高校2-A 美術部員
俵谷聡太 雪美条高校2-A 美術部員
円谷京子 雪美条高校2-E 美術部副部長
翌朝。僕と中湯先輩は、探偵部顧問の福森先生のところへ行った。
昨日僕らは結局「これは部活の問題だから」と白家先生に言われ、どうなったのかわからないのだ。そこで、何かヒントを貰えればと思い、やって来たのだ。
「ほぉそんなことがねぇ。昨日、凪沢さんたちのところでも色々あったんですがね」
「そうなんですか。ま、ともかく聞いてくださいよ」
僕らはできるだけ細かく、昨日のことを話した。だいたい20分くらいかけて。
「……なるほど。ちなみに、その壊された作品の写真とかあります?」
「ありますよ」
僕は昨日撮っておいた写真を見せた。福森先生はにたりと笑うと、僕らに尋ねる。
「この写真からわかる、犯人の特徴は何です?」
「ど、どういうことですか?」
僕は何の事だか全くわからなかったが、中湯先輩はしばらくするとパンと手を叩いた。
「犯人は左利きじゃないですか? 右側が少しだけ残ってるってことは、左側から殴ったってこと。小さめな作品だから、左から振り下ろせば左は割と粉々になるけど、右は残る」
「ええ。その通りです。ちなみにあの場にいた人の中で左利きはいましたか?」
僕は必死に思い出してみる。あの時の全てを。北河先輩、小形先輩、宇高先輩、俵谷先輩、円谷先輩……。
「あ、円谷先輩ですか? 妙に派手な腕時計を、右腕にしていました!」
「その通り。彼女は左利きです」
「でも円谷は完璧なアリバイがありますよ。石川先生と葛島さんが証人です」
「もちろん承知です。そこで考えるのは、他の左利きの存在。他に左利きはいましたか?」
う~ん……頭の中で昨日のことを何度もリピートしてみるが分からない。他の4人の利き手はどっちだったんだ?
しばらく熟考していると、福森先生が助け舟を出した。
「確か美術室には、『自分の手』という作品がありましたよね。あれは見ましたか?」
「はい。でもあれから何が……あぁっ!」
そうか! 僕はあの日感じた違和感の正体を突き止めた。
「ど、どうした江藤」
「自分の手を見ながら作る作品です。作りやすいのはどっちですか、先輩」
「同じじゃないのか?」
「いや、断然利き手じゃない方です。右利きなら、左手を見ながら右手で作業した方が楽ですから」
「なるほど。ということはあれを見れば、利き手が判別できるのか」
「はい。そして右手は1つしかありませんでした。多分、美術部副部長の円谷京子先輩のもので……あれ、おかしいですよ」
福森先生はニヤニヤと笑っている。分かってるなら、最初から教えてほしいものだ。
「そう。つまり右利きの犯人は、わざと左利きのふりをして壊したんですよ。なぜだと思います?」
中湯先輩が先に答える。
「そりゃもちろん、左利きが犯人と思わせるため……あぁっ!」
「ど、どうしたんですか先輩」
なんだかほんの少し前、同じようなやり取りをした気がする。
「犯人は円谷に罪を着せたかったんだよ! あいつは16時10分に美術室に来いっていう手紙を受け取っている。もし繁広と聡太に美術室に入るところを目撃され、北河先輩の作品が壊されたとなりゃ、間違いなく犯人扱いだ。あのふたりは仲が最悪だからな。でも犯人の唯一の、そして最大の誤算は肝心の円谷が来なかったこと。そのせいで十田部長が疑われたんだ」
「じゃあ……誰なんですか犯人は」
「それは知らん」
再び僕らは先生に助けを求める。ヤレヤレと首を振ると、福森先生は眼鏡を指で押し上げて得意げに語りだす。
「犯人は円谷さんに罪を着せたいんですから、余計な干渉は減らしたいはず。もちろん、美術室に入ることすら。でも犯人が美術室に入らず、作品を上手いこと壊せるかと言ったらそれは難しい。そこで犯人は考えました。第一発見者と被害者になってしまえば良いと」
その2つに当てはまるのは、あの人しかいない。まさか、まさかあの人とは。そういえば森浦さんも怪しんでたっけ。「動揺していた。多分予定外があったから」って言ってた。おそらくそれは、宇高先輩と俵谷先輩が円谷先輩を目撃していなかったことなんだろう。
「北河珠代さん。彼女が犯人なんじゃないですかねぇ」
にたりと笑いながら、福森先生は言った。
「……質問、良いですか」
しばらくの沈黙の後、中湯先輩が福森先生にきく。
「北河先輩は、いつの間に作品を壊したんですか? チャンスがないと思うんですが。もし発見した時に壊したんなら、小形先輩が気が付くでしょうし」
「同じものを作って、あらかじめ左側から壊したものを用意していたんだと思いますよ。それを机の下に、段ボールを被せて隠していたんでしょう。小形君と美術室に入った彼女は、彼が別の方を向いているのを確認したらそれを取り出して、元の作品が飾ってある場所に置いたんです。ステンドグラスの作品は紙に乗せてありますから、破片も一緒に移動できますしね。元の作品はポケットに隠したんですかね。そんなに大きくないなら、何とかなるでしょう」
◇
その日の放課後、白家先生のところへ行って事情をきいてみると、福森先生の推理は当たっていた。円谷先輩が部長になってしまうことを、どうしても避けたかったらしい。コンクールのことで2人の仲はかなり悪いものだったようだから。そこで円谷先輩を陥れるため、あんなことをしたとのことだ。結局その計画は、粉々に打ち砕かれてしまったんだけど。
◇
「なんでこんなことになっちゃったんでしょうかね」
僕は放課後、中湯先輩と一緒にいた。
「まあしょうがないだろ。人は誰だって憎んでいる人がいるもんなんだから。そいつを憎む気持ちが時折大きくなって、そいつにいなくなって欲しいとかを思っちまうんだよ。それが推理小説である殺人とか、今回のこととかにつながるんだろ?
でももし憎む人が誰もいない人ってのがいたとしたら、その人はきっと憎む人がいる人より学ぶことが少ないんだと思うぞ。だから憎みっていう感情も必要なんじゃないかな……。それのストッパーも一緒にね」
「なんかいつもよりかっこよく見えますよ、先輩」
「フン、いつもかっこいいよ。ま、俺にとっての憎む人ってのはあいつなのかもな」
「それてもしかして凪さ……」
「さ~て、俺のクラス、打ち上げあるしそれに行こうかな」
中湯先輩は僕の答えを聞き終える前に歩き出してしまった。……なんで凪沢先輩と中湯先輩は仲が悪いんだろう?
ま、良いか。僕も打ち上げに行こっと。
僕は立ち上がり荷物を取りに行った。
【初投稿 2月13日】