File3-2 美術部員たちの証言
「じゃ、ともかく詳しく話してみてよ。宇高君と俵谷君が見ていたことを」
白家先生が明るく言った。こういう時の白家先生はあまり落ち着いた感じにはならず、むしろ元気に振る舞う。当事者たちを落ち込ませないためなのだろうか。
「だって何か勘違いしてるかもしれないでしょ? 十田君の処遇はその後で決める、良いわよね探偵さん達?」
「もちろんですとも! な、江藤!」
「は、はい!」
「それじゃ、さっそく頼むわね。宇高君と俵谷君」
彼らは顔を見合わせると、宇高先輩から低い声で話し出した。
「俺らは廊下でちょっと作業をしてたんだ。絵の展示パネルがぐらついて危ないから、ねじを止め直したりっていう作業を」
「美術室の真ん前は人が通るのに邪魔になると思ったので、できるだけ広くて、あんまり美術室からも遠くない曲がり角のところで。そこからバッチリ美術室の人の出入りは見えますけど……」
「誰も出入りはなかったな。その十田って人と、その後に入れ違うように来た北河部長と小形先輩以外には。だから北河部長の作品が壊せるのは、ひとりしかいないだろうよ」
うぅん……ホントに決定的に隙がない。美術部員の集まりの後から、ずっと作業をしつつ美術室を見ていたふたりが言うのなら間違いないはず。でも、十田部長は犯行を否定し続けている。だったら隙を無理矢理にでも見つけないと……。
「あの、ちょっと良いですか?」
「なんだい?」
宇高先輩が太い腕を組みながら返事をする。
「おふたりは1度もその場を離れなかったんですか? どちらかひとりだけでも、トイレに行ったりしたことは……」
「俺は1回トイレに行ったよ。ほんの3,4分だがな」
「だったらその間、ホントに出入りがなかったか分かるんですか、俵谷先輩!」
「ぼ、僕かい?」
俵谷先輩はキョトンとして僕を見る。
「確かにそうだな」
中湯先輩も隣で頷く。
「ひとりだったなら、その間に急いで美術室と往復できるんじゃないか?」
俵谷先輩は10秒ほどピクリとも動かずその場に立ちすくんでいたが、ようやく僕らの言い分を理解したのか、急に慌て始める。
「む、無理だよ! その時は丁度、白家先生と会話してたんだから! そうですよね、先生!」
「……そうだったわね。確かに私は俵谷君ひとりで作業してるのを見かけた。でも宇高君が戻ってくるのは見てないわよ」
「丁度入れ違うように、繁広は戻って来たんですよ!」
「確かに俺も白家先生の後姿を、トイレから戻ったときに見てる」
宇高先輩の援護射撃のおかげで、完全に逃げ道がなくなる。白家先生と俵谷先輩が会ったのも、宇高先輩がその直後に戻ってきたのも間違いなさそう。
僕は困って中湯先輩の方を見るが、頼りなく僕と同じように首を捻っていた。
「中湯先輩、これじゃあ……」
「確かにそうなるんだ。十田部長しか出入りしていない、それが決定的になっちまう。だから、だから何か新しい突破口を開かないことには……」
「動機」
そのよく通る綺麗な声と同時に、僕の肩に手がのった。振り返ると、すまし顔の白家先生がいた。
「十田君には動機がないわ。北河さんとは同じクラスじゃないでしょ?」
「一緒なのは1年の時だけです」
「その時に何かトラブルでもあった?」
「特には……なかったかと。だよな?」
「なんでそこであたしに振るのよ! ま、でもそうね。性格的にあたしたちの仲は良好とは言い難かったけど、こんな2年越しで恨みを晴らされるようなことはないわ。探偵部部長としても、特に何もなかったし」
「そう。じゃ、ここまで来たら分かるわよね、探偵さん達」
白家先生はニコリと笑うと、また僕らの肩に手を置いた。
「つまり、何か動機のありそうな人――それを探すべきなんじゃないですか?」
「そうだな。ちなみに参考までに聞くが繁広と聡太、お前らはどうなんだ?」
「べ、別に俺はフツーだよ!」
「僕だって! そうですよね、北河先輩!」
「ええ。別に同じ部活の人ってくらいで、特別深い思いがある訳じゃないわ」
何か言い方に若干の棘がある気がしないこともないが、おそらくそれが北河先輩の素なんだと僕は思う。僕は嫌いではないが、敵が多くなりがちなタイプ。
「じゃあ逆に動機のありそうな人、いませんか?」
「いるわよ、円谷京子って奴がね」
「あなた、まだ根に持ってるの?」
白家先生が呆れながら言った。中湯先輩も何かを察したのか、苦笑いだ。
「先生。誰なんですか、その人」
「円谷さんってのは美術部の副部長なんだけど、前にちょっと北河さんと色々と……ね」
白家先生が語尾を濁していると、北河先輩が声を荒げる。
「あいつ、あたしの作品のモチーフを盗ったのよ! しかもちゃっかり銀賞を取っちゃってさ! なんであいつがあんな――」
「落ち着きなさい」
白家先生にたしなめられ、北河先輩は何か言いたげな口を無理矢理閉じた。するとしばらくだんまりだった小形先輩が小声で北河先輩に言った。
「そろそろ忘れてあげなよ、北河さん。根はいい子なんだから」
「あなたにはあたしの気持ちが分かんないのよ! というより前々から思ってたけどさ、アンタあいつに惚れてんの?」
「ま、まさか! そ、そ、そんな訳……」
反応から見るに、その予想は当たっているようだ。顔を赤くした彼は、小さくなっている。そんなやりとりを微笑みながら見ていた白家先生は、咳払いしてから中湯先輩に言った。
「中湯君、確か円谷さんと同じクラスよね? 彼女を呼んできてもらえる?」
「はい、分かり――ってもう来てますよ、ほらあそこ」
中湯先輩はが指さしたのは、北河先輩と同じくらい背の高い、ロングヘアーの女子。廊下をダラダラと歩いている。
「あら皆さん、何やってんの? お祭りでもあるのかしら?」
「ちょっとアンタ、何しに来たの!」
すかさず北河先輩が冷たい視線を向ける。
「何って……一応副部長なんですけどねぇ、いや、次期部長と呼んでくれても良いんですよ、北河“部長”」
「んなこと聞いてないわよ!」
「はいはい、なんで来たかですよね。手紙があったんですよ。『16時10分、美術室に来て待っていてください』ってやつが。出したのって部長ですか?」
「知らないわ、そんなの」
「ふぅん……一応来たけど遅すぎたわね。もう5時過ぎだし」
円谷先輩は右腕に光る、派手な腕時計を確認しながら言った。正直、彼女は僕の苦手なタイプ。出会って1分も経たぬうちに僕はそれを悟った。
「ところで先生、なんでこんなに集まってるんですか?」
「実は……」
白家先生は北河先輩を抑えるようにしながら、事件の説明をした。十田部長が疑われたが動機がなくて、彼女が疑われていることまで丁寧に。全てを聞き終えるまで黙っていた円谷先輩は、話が終わると勝ち誇ったかのように笑う。
「残念だけどねぇ、アタシはアリバイがある。美術部の集まりの後、ずっと友達と教室で話してたのよ! 美術室を出たところで彩華と石川先生に会って、一緒に教室まで行ったから完璧にアリバイがあるわ!」
どうだと言わんばかりの態度で、円谷先輩は場を圧倒する。しかし白家先生は冷静に彼女に告げる。
「一応確認させてもらうわよ、円谷さん。中湯君、葛島彩華さんは知ってる?」
「はい、去年同じクラスだったので」
「それじゃ、葛島さんの確認はお願いするわ。私が石川先生に聞いてくるから」
◇
10分ほどしてふたりは戻ってきたが、円谷京子さんのアリバイをただ証明しただけで終わった。つまり、捜査は振り出しに戻ってしまった訳だ。
「……どうしましょうか、先輩」
「とりあえず現場を見せてもらおうじゃないか。何か証拠があるかもしれないし。良いですよね、白家先生」
「もちろん。私も一緒に見せてもらうわ」
◇
鍵はかかっていないのでそのまま中へ。エアコンは切られているが、閉め切っていたからか少し空気はヒンヤリとしている。窓の鍵も、しっかりとかかっている。
「あら、大胆にやったわねぇ」
展示台代わりの机の上に、ひとつひとつの作品が白い紙の上に乗せられ、丁寧に置かれている。問題の作品はドアから1番遠い奥にあった。周りに並んでいるものから察するに、ステンドグラスで作られたものだったようだ。大きさは多分、丁度手のひらに乗るくらい。
この現状ではそこまでしか知ることはできない。硬いもので殴られたのか、その作品は砕けていた。ガラス片はバラバラと散っており、原形をとどめていない。なんとか作品の右側の少しだけは残っているが、それだけではどんなものなのか想像もできない。
僕は机にかかっている、床まで届きそうなテーブルクロスをめくる。すると、重ねておいてある段ボールの上にハンマーが見えた。多分、これで壊したんだろう。美術室の備品であることは、貼ってある「美術室」というシールから判断できる。いつもハンマーのしまってある棚は、鍵もないから誰だって取り出すことはできただろう。
「この作品、どんなのだったんですか?」
「確か家を模ったような作品だったわ。この破片を見る感じ、北河さんの作品が壊されたのは間違いなさそうだけど……」
すると、先生は何かに気が付いたような表情で辺りを見回す。
ステンドグラスの作品が並んでいる横には、『自分の手』という粘土で作られたものが並んでいる。ブイサインや人差し指だけ立てているものなど様々。美術部員全員の物が並んでいるようだ。僕はそれらをじっと見ていると、1つの作品に違和感を感じた。その1つだけ何かが周りと違うような、そんな気がした。
「……ねぇふたりとも。音はどうだったと思う?」
白家先生が突然言った。
「音って何ですか?」
中湯先輩が聞き返す。
「だから、これを壊した時の音よ。それなりの音がするはずよね」
「まあ多分。でも外には聞こえないんじゃないかと、さすがに。江藤はどう思う?」
「僕もそう思いますよ。美術室の中なら、どこでも聞こえたとは思いますが」
「……そう、よね」
白家先生はクルリと方向転換すると、美術室のドアを開け放つ。そしてすぐさま質問した。
「北河さん、小形君! あの壊された作品を見つけた時のこと、詳しく聞かせて!」
先に返事をしたのは北河先輩。
「ちょっと展示の仕方を変えたかったから、小形君と一緒に美術室に向かったんです。なぜか十田君がいたから追っ払ったんですけど。それであたしは例のステンドグラスの作品がある傍の、『自分の手』が飾ってあるところへ。その間小形君は?」
「僕は入ってすぐ左の抽象画が飾ってあるところをみてたよ」
「あ、そう。で、あたしはふとステンドグラスの方に目を向けたら、壊されてるのがあるのに気づいて、急いで駆け寄ったんです。自分のが壊されてるのは一目瞭然だったから、急いで十田君を呼んだって訳です」
白家先生は少し考えると、小形先輩の方に尋ねる。
「北河さんが壊された作品を見つけた時、あなたはどうしてたの?」
「僕ですか? 僕はさっきも言った通り絵を眺めてました。だから北河さんが何をしてたのかはよく知りませんよ」
「ふぅん……ありがと。さて、この場はとりあえず解散しましょうか」
僕には何が何だか分からなかった。でもその時の白家先生のにんまりした顔を見ると、先生が全てを見抜いたことだけは理解できた。




