File3-1 美術室の壊された作品
僕の名前は江藤慎一郎。雪美条高校の1年生。探偵部員。ここで言う探偵部とは別にガチで探偵をやるわけじゃなくて、ただミステリー好きな人の良い人が集まってミステリー談義をしつつ頼まれた雑用をこなす部活。これはそんな僕の部活中の出来事。
雪美条高校の文化祭は3日間あり、今日はその真ん中の日。その日の放課後、友達と教室で雑談している間にそれは起きた。
「おう、江藤か?」
探偵部部長、十田兼一部長からの電話だ。僕が返事をする間もなく、部長は続ける。
「ちょっと今ヤバいことになっててさ、2号館の美術室に来てくれないか? 誰か探偵部のやつも連れて。じゃ、あとは頼む」
「え、ちょ、ちょっと!」
十田部長は一方的に言って、電話を切った。虚しくツーツー音が鳴っている。
「どうしたんだ、江藤」
友達の横倉が不安そうに僕にきいた。
「部長に呼ばれちゃってさ。なんか、2号館の美術室に来いってさ」
「ふぅん……大変だな、探偵部も意外と」
「いやいや、楽な方だよ多分」
◇
横倉の元を離れ、副部長である凪沢先輩にかける。しかしなぜか、全く応答がない。次に誰にかけようか考えようとした瞬間、ひとりの女性が通りかかった。
「……あ、森浦さん! ちょうどいいや!」
彼女の名前は森浦凛花。もちろん、探偵部員。僕と同じクラスで同じ部活なのに、あまり彼女のことを詳しく知らない。いや、正確に言えば知れないのだ。いつも無表情であまりしゃべらないから。同じクラスの女子ともすごく親しげに話していることもそんなにないし……うん、はっきり言ってよくわからない。でもミステリー談義では意外と話す。ますますよくわからないね。ま、それは彼女の長所というか性格なんだ。
「何、江藤君」
「いや、実は十田部長から美術室に来いって電話があったんだけど、誰か連れてくるようにも言われてさ。だからさ、一緒に来てくんないか?」
「ええ、良いわ」
彼女はすぐさま答えると、スタスタと美術室に向かって歩き出した。
◇
美術室に着くと十田部長は、ふたりの生徒と一緒に美術室前の廊下に立っていた。上履きに入っているラインの色から察するに、ふたりとも3年生のようだ。十田部長は僕らのことを見つけるとすぐに自分の方に手招いた。
「おう、ふたりともありがとな。実は見ての通り、厄介ごとにまきこまれちゃ……」
「ちょっと何が“厄介ごと”よ! あんたがやったくせに!」
一緒にいた生徒のうち、背の高い女子生徒の方がポニーテールの髪を激しく揺らしながら言った。気の強い人であることを、瞬時に理解した。
「だ、か、ら! 俺じゃねーって何回も言ってんだろ、北河!」
2人はまた言い合いを始めた。このままでは埒が明かないので、僕はただ横でじっと傍観しているだけの、気弱そうな小柄な眼鏡の男子に話しかける。
「あの、いったい何が……」
「ん?」
彼はなぜかジッと僕の顔を見つめてから、ゆったりとした口調で、
「いやぁ実はさ、北河さんの作品が誰かに壊されて……」
「あたしから話すから小形君は黙って!」
「は、はい……」
気の弱そうな彼、小形先輩は口を閉ざしてしまう。北河先輩は何かを見定めるかのようにジロジロと僕と森浦さんを見たのちに、腰に手を当て言った。
「じゃ、あたしから話すわね。えっとどこから話せば……」
「来てくれたのか中湯!」
十田部長が北河先輩の話を遮って呼んだのは、2年生の男子の探偵部員、中湯陽太先輩。凪沢先輩とはそりが合わないらしく、ふたり一緒にいるところを全然見ない。加えて中湯先輩はあまり部活動に積極的ではないし。
「まあ部長のためなら来ますよ。凪沢さんもいないようですし」
「お前、なんでそんなに凪沢のことが嫌いなんだ? なんかあったなら言えばいいのに……」
「今はそんなことよりも、本題を聞かせてくださいよ」
「……そりゃそうだな。じゃ北河、一応お前の口から話してくれ」
北河先輩は大きなため息を1つついてから話し始めた。
「結論から言えば、あたしのある作品が壊されてたのよ!
詳しく言うと、まず全美術部員は15時30分まで、美術室に集まって今日のことについて話していた。その時はあたしのあの作品は壊されてないのが確認されている。そうよね、小形君!」
「あ、あぁ……間違いないよ。僕だって、先生だって見てたと思う」
随分自信なさげに小形先輩は答えた。北河先輩は満足げに笑うと、
「そう。そしてそれ以降、あたしと小形君が16時15分に美術室に入るまで、あなた以外誰も出入りしていないはずなのよ。ここに用事のある人なんていなかったんだから!」
「ち、ちょっと待て北河!」
十田部長が大声で話を遮った。
「何よ。せっかくあたしの華麗なる推理を披露していたのに」
「その……なんだ。『誰も出入りしていない』の根拠は『用事のある人はいないはず』だけか?」
「そうよ。何が悪いの」
「悪いに決まってんだろ! 俺みたいにフラフラっと入った奴がいた可能性は一切無視かよ!」
「そんなに言うなら探してみようじゃない、目撃者を。この廊下を45分間、誰も通らなかったはずないだろうし!」
「分かった。探してきてやろうじゃないか――俺の後輩たちがな!」
「え!」
僕と中湯先輩は同時に声をあげ、顔を見合わせた。森浦さんはただ無表情のまま十田部長を眺めている。
「頼む! 俺が直接探すと一層疑われるだろうし……」
十田部長は両手を合わせ、頭を深く下げた。
「……分かりましたよ」
◇
しばらくの後、中湯先輩が目撃者を見つけたという連絡が入り、僕と森浦さんは戻る。美術室前の廊下には誰もおらず、美術準備室の扉を開けると先ほどの十田部長、北河先輩、小形先輩、さらに雪美条高校の美術教師、白家美恵子先生がいた。騒ぎを聞いてやってきたに違いない。そして、中湯先輩はふたりの2年生を連れて来た。美術部員の宇高繁広、俵谷聡太だと中湯先輩が僕らに説明する。宇高先輩はいかにも運動ができそうな、ガッチリした体つき。なんで美術部員なんだろう? 逆に俵谷先輩は、いかにも美術部というような風貌。優しそうな細い目にほっそりとした体。美術部が似合う人だ。
「宇高君に俵谷君。あなた達が十田君の無実を証明してくれるの?」
北河先輩が意地悪そうに聞いた。すると俵谷先輩の方が、
「あの北河部長、一体何があったんですか? 僕らはただ陽太に『美術部の集まりの後から、16時15分くらいまで美術室の近くにいなかったか』って聞かれただけなんですが。なぁ、繁広」
「そうでなんですよ。ともかく来いって言われて連れてこられたんで……」
「フン、良いわ。じゃあ説明してあげるわよ、何があったのか」
北河先輩は再びことのあらましを語った。そして十田先輩を疑っているということを話すと、目撃者ふたりの表情が曇る。それを彼女は見逃さなかった。
「あら、何か心当たりでも?」
「……陽太には悪いんだけどさ、俺らはむしろ犯行を暴きそうなんだよ。決定的な証言で」
「おい、待ってくれよ聡太! そんな……そんなことってあんのか! お前、ず~っと美術室を見張ってたとでも言うのか!」
「悪いけどそうだよ。それに、あの十田って先輩しか出入りしてないのを見てるから……な、繁広」
宇高先輩も大きく頷く。
「間違いねぇよ。俺と聡太は結果的に美術室を見張る形で作業してたんだから」
十田部長と中湯先輩は唖然として、言葉が出てきていない。僕は思わず、森浦さんの方を見た。きっと、きっと何かしてくれると思って。しかし彼女は準備室の隅っこで電話をしていた。彼女は電話を切るとスタスタと歩いて僕に告げた。
「ごめんなさい、凪沢先輩に呼ばれちゃって。後は何とかして頂戴」
「そ、そんな! 十田部長が疑われてるのにか?」
「しょうがないじゃない。凪沢先輩だって、なんか深刻そうだったし……。じゃ、私の考えたこと、ひとつだけあるから聞かせるわね」
「え、考えたことって……」
「あの人よ」
森浦さんは僕の返事も聞かず、右手の人差し指をこっそりとある人物に向けた。
「あの人は、さっきあっちの人が話した時、動揺してた。隠そうとしていたけど、間違いないわ。きっと、何か予想外があったんじゃないかしら。詳しくは分からないけど」
それだけ言うと、森浦さんは小走りで走り去った。