File2-3 ラブレターの在り処
事件関係者
千葉美玲 雪美条高校2-C バスケ部員
佐土原歌乃 雪美条高校2-C 合唱部員
蓮井颯也 雪美条高校2-C 演劇部員〔演習室1〕
松菱珠理 雪美条高校2-C 書道部員〔演習室2〕
八木優奈 雪美条高校2-C 美術部員〔美術室〕
段野鈴夏 雪美条高校2-C ファッション部員〔家庭科室〕
~C館見取り図~
文化祭の3日目、わたしはホールでとある部活の発表を見ながら、その人の出番が終わるのを待っていた。もちろんあの人に真実を話してもらうために。
わたしは昨日のことを思い出していた。
◇
「それじゃ、私の考えたことを話しますよ」
凛花ちゃんはそう前置きして話し始めた。事務室で私と名瀬先輩、福森先生で彼女の話を黙って聞く。
「じゃあ福森先生もいることですし、振り返りながら話しますね。まず事件の始まりは凪沢先輩がご友人、千葉先輩、佐土原先輩の2人に自分の計画を話しているのを犯人に聞かれてしまったところからです。その計画とはまず4時20分頃に自分のラブレター入りの鞄をC館に置いて4時40分頃にそこへ戻るということです。もちろん5時に呼び出した好きな人に告白するために。そして凪沢先輩はほぼこの通りに行動した、とういうところまでオッケーですか?」
わたしたち3人が頷いたのを見てから凛花ちゃんは続ける。
「動機はとりあえず無視して、犯人はなんとかして告白を阻止するためにラブレターを盗むことを決意します。しかしそれの入った鞄はずっと凪沢先輩が持っていた。だからC館に鞄が置かれた時が犯人にとって盗むチャンスだったんです。
しかしここでとある問題がありました。それはC館の前で剣道部と卓球部が出店の準備を始めていたこと。もし盗めたとしてもその人たちに逃げるところを目撃されたら疑われてしまう。そう考えそのままC館に居残り、何かに隠してしまおうと考えた。でも20分間で隠せるか自信はない。そこでいったん誰かに罪を着せて時間を稼ごうとしたんです」
「その『誰か』ってのが蓮井君ってことでしょ?」
わたしがそう尋ねると、彼女はいつもとは違う調子で頷き、話し続けた。
「今、凪沢先輩が言ったように犯人は蓮井先輩に罪を着せるような準備――レンガでドアを開かなくしたりをしてから事務室で待っていました。そして凪沢先輩、千葉先輩、佐土原先輩の3人を姿や声などで来たことを確認したら、事務室を出てあからさまにラブレターを見せつけながら上階へ。そこでまあこれは後で言いますけど、何らかの方法で演習室1のドアを閉めて自分がさっきまでいた部屋へ。そしてどうにかしてラブレターを隠す作業へ移った。と、まあ犯人の行動はおそらくこんな感じ。大丈夫ですか?」
うん、やっぱりお前はいつもの凛花じゃねーな! そう思うほどに彼女はスラスラ述べ、いつもの無表情な顔からは想像し難い微笑を浮かべている。ただ、その笑みに何か違和感がある。別にいつもと異なっているとかそういうことじゃなくて……そうかわたしに……。そこでやっと気が付いた、彼女の優しさに。
「あ、そうそう、さっき全員のところを回った時の録音しておいたんですけど聞きます? 多少映像もありますけど」
凛花ちゃんはスマホを胸ポケットから取り出す。
「ちょっと凛花、いつの間にそんなことを?」
名瀬先輩が驚いた顔できいた。
「ずっと胸ポケットで録画モードにして入れておいたんですよ。何かの証拠になると思いまして」
そんな彼女のスマホの映像(ほとんどは音だけだが)を見る。福森先生はフンフン頷き、時折頭を掻いてた。そして聞き終えると、
「な~るほど。わかりましたよ。確かにタネがわかればどうってことないですねぇ」
確かに違和感のある発言をした人はいた。でもなんであの人が……それにわたしのラブレターは? どうやって蓮井君に罪を着せたの……。
わたしの疑問に満ちた顔を察した凛花ちゃんは話し始めた、事件の真相を。
◇
その部活の発表が終わり、わたしは頃合いを見計らって舞台裏へ行った。そして彼女が1人になったのを確認してから話しかけた。
「やあ、どーもどーも。まさかあなたとは思わなかったわよ」
彼女は肩をビクッと動かし、こちらの方など見ずにその場に立ち尽くした。
「最初に違和感を覚えたのはあなたのとある一言。私は“あるもの”が盗まれたとしか言っていないのにあなたは“あんなもの”すぐに見つかると言った。これって少し変じゃない? 少なくともその“あるもの”が何かがイメージされていなくては“あんなもの”なんて言わないでしょう?」
彼女はそのまま立ち尽くしている。わたしは構わずに続けた。
「じゃあ本題。まずどうやって蓮井君のいた演習室1のドアを閉めたか。これはちょっと考えればわかったわね。まず長くて細い糸を用意する。それを演習室1のドアノブに引っかけて両端とも2階と3階の間の階段に持って行く。これで準備はオッケー。あとは急いで階段を駆け上がって糸の端をタイミングを見計らってグッと引っ張る。すると糸に引っ張られてあの引き戸は自動に閉まるって寸法。仮に糸が切れちゃっても多少の動く力がドアにかかれば、人の目はそっちに向くからね。あとは糸の片方を持ってスルッと引っ張れば回収も完了。そもそもあの廊下はそんなに明るくないから、床に沿わせれば糸なんて気が付かれない」
彼女はゆっくりと、くるりと回ってこちらを向いた。そしてフフッと笑う。
「待って、待って頂戴。なんでそれだと私ってことになるの? 別にそれなら私じゃなくてもできるわよ。C館にいた人なら誰でも……」
「いや、これはあなただけしかできないわ。ひとりひとり可能性を考えればね。
あの時C館にいたのは4人。まず演習室1にいた蓮井君は、あの動揺っぷりから犯人とは考えにくい。わざわざ自分に疑いのかかる方法を使っているんだからね。そして演習室2にいた珠理ちゃん。演習室1の引き戸は、右にスライドすると開いて、左にスライドさせると閉じるタイプ。つまり、演習室2から糸を使ってドアを引っ張ることは無理。何か支えを使えばできるかもしれないけど、そしたら美玲やわたしが何か目撃するはずだから。
残るは3階のふたり。でもここで決定的に違うのはレンガを運んだ方法。随分綺麗に消したようだけど、少しだけ残っていたわ。鈴夏ちゃん、あなたの作った“台車”の跡が」
鈴夏ちゃんは、顔を大きく歪める。どうやら凛花ちゃんの推理は正解だったようだ。
「あなたの持っていたスケッチブックと、ミシンの上糸に使う糸巻き。それであなたは即席の台車を作った。そうよね?
まず、スケッチブックの短い辺より少し長い長さになるようつなげた鉛筆を用意する。多分、糸で縛ったんでしょうね。そしてその両端を糸巻きの穴に刺せば、台車の車輪の完成。同じものをもう1つ作って、それ上にスケッチブックをのせれば即席の台車の完成って訳。それにレンガをのせて表口のドアまで運んだ、そんな感じでしょう?」
「そ、そんなの勝手な想像でしょ! 変なこと言わないで!」
鈴夏ちゃんは珍しく口調を荒げる。彼女の顔は真っ赤になっているが、認めようとはしない。
「ええ、それを行った証拠はない。でも、唯一残る証拠――私のラブレターをあなたが持っていたら確定よね?」
彼女は一瞬顔をこわばらせる。しかし負けずにきいてきた。
「じゃ、どこにあるって言うの?」
わたしはズンズンと鈴夏ちゃんに近づき、大事そうに持っている服を奪おうと手をかける。
「ちょっと何するの!」
「やましいことがないと言うならこれをちょっと調べさせてくれない? ほら、あの時はポケットを調べたくらいでよく調べてないでしょう? ラブレターを隠せて、わたしたちの目をくらませられるであろう場所。それはこのスカートの中……というより裏地よ」
鈴夏ちゃんは目を見開き、ガックリと膝を落とした。
「……じゃあ認めるの? 盗んだことを」
「ええ。よく気が付いたわね、このスカートの裏地に隠したことを。ここならちょっと言えば、調べられずに済むと思ったんだけどな……」
わたしはそのスカートを触ってみる。確かに何かが入っているような感覚がある。
「こんなところに……しかも鈴夏ちゃん、あなたこれまさか切り刻んだの?」
「……うん。さすがに手紙そのまんまだと気が付くかもしれないからね。多少はかさばるし。あなたには悪いと思ったんだけど……」
うなだれる彼女に、わたしは声をかける。
「ねえ、鈴夏ちゃん。なんで真面目なあなたがこんなことを……」
「やっぱり気になるわよね? うん、あなたには本当に悪いことをしたと思ってる。彼への告白のチャンスを失ったんだもん。
私もほのかちゃんと同じで彼への想いは強かったわ。実は私、去年の最初の頃はファッション部に入部しようなんて考えていなかったの。彼は偶然私が趣味で書いていた洋服のデザインを見たの。その時は本当にただの趣味ってだけでそんな大勢の人に見せようなんて考えすら無かった。すると彼が言ってくれたのよ、素敵なデザインだからファッション部に入ってそれをいろんな人に見せてみればってね。初めてだったの、この趣味程度のものをほめてくれたのは。それで私はファッション部に入部したわ。そうしたらみんな喜んでくれて…。もちろん彼も。そして私は何回も彼のところへデザインを見せに行ったの。彼のお母さんはあの有名なブランドの『レインボーガーデン』のデザイナーらしいし、かなり彼も詳しかったから少しアドバイスみたいなものももらっていたわ。そんなことをしているうちに私は彼に好意を抱くようになった――。この今まで経験したことのないような湧き上がる気持ち――これを誰かに止められるなんて……そう思ったのよ。そして偶然耳に入ったあなたの言葉。気が付いたら私は……私は……」
わたしは鈴夏と2年間同じクラスでいたが初めて彼女の本当の心を見た気がする。その瞳から流れる雫が全てを語っていた。
「……良いわ、あなたの方が佐塚君とはお似合いよ」
わたしは後ろを向きながら言った。
◇
「ほぉ、なるほどねぇ。あなたはそれで本当に後悔していないんですね?」
わたしはその日のうちに福森先生のところへ行き、あったことを全て話した。
「はい、彼女の姿を見ていたらなんだかわたしの方が悪者みたいに思えてきちゃって……。いや、もちろん本当はそうじゃないんでしょうね。でもやっぱり初めて鈴夏ちゃんのことを本気で認めて、大きく前へ進めるようになった佐塚君との間柄は壊したらいけないかな~って。
実は優奈は鈴夏ちゃんと同じ中学校だったそうなんです。だから鈴夏ちゃんの中学生の頃のことを尋ねてみたんですよ、あの後にすぐ。そうしたら当時は今みたいに活発に部活をしたりするような子じゃなかったみたいなんです。いつも静かな感じで。でもファッション部に入部してからはかなり変わったそうなんです。それはもともとは佐塚君との出会いのおかげなんだと思います。自身に転機をもたらしてくれた彼と鈴夏ちゃんの2人の関係には手出ししちゃダメですよね?」
それに、私も思い出しちゃったなぁ、あの人のことを。今は何をしているのやら……。
「ま、あなたが自分で解決しているというのならそれで良いと思いますよ。私は口出ししませんよ。じゃあ名瀬さんや森浦さんにもよろしくお願いしますよ。きっと彼女たちもあなたのことを心配しているでしょうし」
「はい!」
わたしは駆け出した。
【初投稿 2月4日】