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雪美条高校探偵部員たちの事件簿  作者: 香富士
File15 凪沢の過去
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File15-1 友達との再会

夏梨なつり、久し振り!」

 わたしが声をかけると、彼女は振り返った。女子にしては背が高く、スカートから覗く脚はとても綺麗。ツインテールにまとめた髪がピョンと跳ねる。彼女はパッと顔が明るくなり、わたしの手を取った。

「ほのか! 久し振りね! 去年の――秋くらいだっけ? 最後に会ったのは」

「そうね。にしてもすごいわね、楠鳩くすはと高校演劇部は。こんなところで公演をするなんて」

「うん、なんでも顧問の青崎あおさき先生がこのホールの館長さんと知り合いで、なんか色々と掛け合ったらしいのよ。都内の大会でも、良い成績だったしね」

 わたし、凪沢ほのかは中学時代の友達が多く進学した楠鳩高校の、演劇部の公演を見に来ていた。場所は、美霧日みきりひ文化センター。楠鳩高校からは若干遠いが、観る価値は十分にあると思う。

 そしてわたしの前にいる彼女は、高溝たかみぞ夏梨。中学の間は3年間ずっと同じクラスだった。会うのは久し振りなはずなのに、全然そんな気がしない。

「お、凪沢さんじゃないか。久し振り!」

 わたしの後ろから現れた背の高い男子は、木本きもと昌隆まさたか君。彼も3年間同じクラス。サッカー部員で、クラスのムードメーカー的な存在だった。彼はいかにもスポーツができそうな短髪を掻き上げながらわたしを見下ろしていた。

「久し振りね、木本君。最近万里子まりこちゃんとはどうなの?」

「うまくやってるさ、もちろん。この前はルミナスランド行ったんだよ! 今日は本番前に楽屋に来てくれって言われてるしよ」

 教室の隅っこで本を読んでる優等生タイプの彼女が、高校で演劇部に入部して大役を務めることになるなんて、全く考えていなかった。さらに木本君と付き合い始めるとも。


 ◇


 一演劇部の公演とはいえ、こんなところでやることもあってホール内はそこそこに混みあっていた。生徒だけでなく、保護者も多くいる。

「それでルミナスランドに着いたのに万里子がいなくて、慌てて電話しようとしたら留守番電話が入っててよ。『今最寄り駅についたから、これから向かう』って! いやぁ、いつもしっかりしてんのに、そういうたまにの失敗も可愛いんだよなぁ――」

 木本君はベラベラと万里子ちゃんの話をし続ける。それほどに彼女のことを溺愛していたとはね。活発な木本君と、物静かな万里子ちゃん。正反対だけど案外そういう方がお似合いなのかもしれない。

「それで、木本君。楽屋はどっちなの?」

 夏梨がついに耐えられなくなったのか、木本君の話を遮って聞いた。

「いや、特に聞いてないな……適当に探せば良いんじゃないか」

「きっとあっちじゃないか?」

 後ろから肩を叩かれ振り返ると、藤科ふじしな京悟きょうご君が右手を挙げ、立っていた。背は木本君と同じくらいだが、彼にはない光がある気がする。木本君ほどではないが髪の毛は短く揃っており、そこそこイケメン。サッカー部主将で、木本君と共に活躍していた。

「お、京悟。お前も誰かに会いに行くのか?」

「いや、お前と高溝さん、それに凪沢さんまで見えたからさ。ちょっと声をかけただけだよ。それに楽屋に行くってことは湯田ゆださんか? 学校で本番前にぜひ来てくれって言われてたしよ」

「あぁそうだ。せっかくなら京悟、一緒に来ないか?」

「そうだな。どうせ暇だったしよ」

そんな感じでわたしたちは4人で万里子ちゃんを訪ねることになった。途中の「一般の方の立ち入りはご遠慮ください」と書いてあるドアでは、機械に木本君の持っていたカードキーをかざすとドアが開いた。

「意外と警備が厳しいのね」

 夏梨が木本君に話しかけた。

「あぁ、そうみたいだ。だから演劇部員には全員このカードキーが配られてて、これを使わなきゃ楽屋の方には行けないらしい。俺らみたいに入るには、あらかじめ演劇部の誰かからこれをもらわなきゃダメなんだ」

彼は1度ポケットに入れたカードを見せる。「美霧日文化センター 関係者83」と書かれている。

「そういえば出入りが比較的自由だった時に、なんか事件があったんだっけ。詳しくは知らないけど」

 藤科君が呟いた。わたしは全然覚えていない。だが他のふたりもよく分からなかったようで、この話題は何事もなくスルーされた。すると横の部屋から良く見知った顔がピョコンと覗いた。

「あれ、夏梨に木本君に藤科君……それにほのかまで!」

星美ほしみ!」

 身長150センチもない、小柄な彼女は北久保きたくぼ星美。楠鳩高校演劇部員で、今回の脚本は彼女が大半を書き直してそれがかなり評価されたらしい。さらにそれによって、1年生の新入部員の中でも一目置かれる存在となったと聞いている。夢は小説家になることらしい。

「どうしたの、みんなで揃ってこんな方に来ちゃって。というより、どうやって入ったの?」

「俺が万里子から受け取ってんだよ、このカードキー」

 木本君が手の中のカードを示した。

「あぁ、そういうこと」

 星美は事情を察し、クスッと笑った。

「万里子なら緊張してるみたいで、衣装に着替えてから控室に籠ってるわ。案内してあげる」

 星美に連れられ、演劇部員の人が忙しそうにバタバタ走り回っている中をゾロゾロ歩く。星美に何かを聞く人もいて、それに星美は的確に答えていた。中学の時も色々とテキパキこなして、人望もある星美は皆から頼られていたけど、それは今も変わっていない。

「北久保さんは準備とかは良いのか?」

 木本君が聞いた。

「うん、あたしの今日の役目は音響だから。もう今やるべきことは、あらかた終わってるの。まあもうすぐ最後のミーティングあるからそれには顔を出すけど」

 そんなことを話している間に、万里子の待つ部屋についたようだ。星美がドアをノックする。

「万里子、木本君たちが来たんだけど開けて良い?」

「ええ、良いわよ」

 よく通る声が聞こえ、星美がドアを開ける。中には、全身真っ黒のドレスを着ている万里子ちゃんがいた。中学生の頃とは別人のように、美しくなっている。ボブカットだった髪は随分と長くなり、肩の下あたりまである。いつもしていた縁の黒い眼鏡はもうしておらず、目が小さく見えた。化粧もしているのだろうけど、見違えたようだ。

「よう、万里子」

 木本君がそっけなく万里子ちゃんを呼ぶ。万里子ちゃんはひとりひとりの顔を見ながら、

「昌隆……夏梨ちゃんに藤科君にそれにほのかちゃん! 久し振り、卒業式以来ね」

「そうね。それにしてもすごく変わったわね」

「うん、ちょっと自分を変えたかったのよ……色々あってね」

 そう言う万里子ちゃんはどこか悲しげな目でわたしたちを見る。その理由わけはわたしにはよく分からなかったのだが、なぜか一瞬だけ空気が変わった気がした。万里子ちゃんは続ける。

「みんなありがとうね、応援に来てくれて。そういえばこの6人は、中学の3年間ずっと3組だったメンバーよね」

「そういえば……そうだね」

 夏梨が皆の顔を見渡して言った。

「思い出しちゃうな、中学の時のこと。あの時は万里子ちゃんがこんな風になるとは思いもしなかったよ。ね、ほのか」

「そうね。でも今の万里子ちゃん、すごく輝いてる気がするわ」

「ホント? それは良かった!」

 万里子ちゃんは嬉しそうに笑った。そういえば、前の彼女はこんな顔も見せなかったな――まるで別の人みたい。何が万里子ちゃんを変えたのか、わたしには見当もつかない。約1年同じ高校に通った他の皆なら分かるかもしれないけど。

「おや、私はお邪魔かしら」

 どこかで聞いたような声に振り返ると、木本君ほどの背丈のある女性が立っている。衣装は赤を基調としたジャージのようなもので、戦隊ヒーローみたいな感じ。モデルのようにスラッとした細い体や、長い脚は舞台の上で映えるのだろう。女性として非常に優れた身体つきであるとわたしは思った。

真優まゆ先輩! すみません、友人が来ているだけですので」

「いや、大丈夫よ。もうすぐミーティングが始まるから呼びに来たんだけど、もう少しお友達と話してなさい。リラックスするのも大切よ」

 そう言い残すと、彼女はピンと背筋を伸ばしたまま歩いて行ってしまった。

「今のは確か、部長さんだっけ? それに楠鳩中でも演劇部だったよね」

 藤科君が万里子ちゃんに尋ねる。

「そうよ。六條ろくじょう真優先輩。ルックスだけじゃなくて、演技もすごいのよ! あたしもあんな風になりたいわ」

「万里子も充分すごいと思うわよ。1年生にしてこんな大役じゃない!」

 星美がフォローを入れると万里子ちゃんはニコリと笑った。

「ありがと。星美も星美で、すごいと思うけどね――さて」

 万里子ちゃんはテーブルの上の置き時計を見ると、立ち上がった。時計にはデジタル数字で「13:43」と表示されている。

「そろそろ時間だし、あとは客席で存分に楽しんでいってよ」

「うん、じゃあまたね」

 わたしが手を振ると、万里子ちゃんも振り返す。

「じゃあ――またすぐに来てね」



 この時、彼女の瞳が何を意味するのか分かっていれば事件なんて起きなかったのかもしれない――わたしは、できるはずのなかったことをこの切ない想いと共に過去のわたしに送り届けた。



 ◇



 わたしたちは星美を残して客席に戻る。途中で夏梨が、

「ちょっとお手洗い寄ってくから、先に戻ってて!」

 と言い、抜けてしまったので木本君と藤科君の2人に囲まれて戻る。

「凪沢さん」

 ふいに、藤科君がわたしを呼んだ。

「なぁに?」

 隣の彼の方を向くと、わたしのことを見るでもなく言った。

「いや、ただ黙って歩くのもアレだし……そう、どうなんだ、学校は? 楠鳩中から雪美条高校に行ったのは、確かひとりだけだっただろ? 友達とかその他諸々……」

「そうなのよね。大半は楠鳩高校とかだもん。でも大丈夫。仲の良い友達もできたし、みんなともこうしてたまに会えば。今の時間ときに満足してるわ」

「ふぅん――そうか。別に今のに深い意味はないから、気にしないでくれ。ちょっと気になっただけだから」

 ふと反対側の木本君に目をやると、藤科君のことをジッと見ていた。何か言いたげだが、言葉を発した訳ではなかった。藤科君の方は、なぜか口をキュッと結んで何か決めたような表情だった。

「ところでふたりはどうなの? 楠鳩高校の様子は」

 藤科君の方が答える。

「別に普通さ。多少の変化はあったけど、中学の時のメンバーと似たようなものだからさ。仲良くやってるよ。昌隆はいつの間にか湯田さんと付き合い始めたしさ」

「あぁ、俺も嬉しかったよ、まさか万里子があんな――」

 木本君は照れ隠しに、頭を掻いた。顔もほんのり赤く染まっている。嬉しそうに万里子ちゃんのことを語ってくれたし、純粋に彼女のことが好きなのだなぁと思う。

「てか、もう俺の話はもういいだろ。京悟、お前はどうなんだ?」

「そうだな――ノーコメントとしておこうかな」

 藤科君は意味ありげに笑いながら言った。

「お、その反応はいますなぁ。誰だ? そうだなぁ、うちのクラスの――」

「やめろやめろ。詮索しないでくれよ、昌隆」

「へいへい。考えないことにしとくよ」

「ったく……」

 藤科君は左袖をまくり、腕時計を確認する。

「まだ始まらないよな。俺もトイレ行ってくるから先に席に行っててくれ」

 木本君の返事も待たず、藤科君は駆け出した。

「なんかふたりになっちまったな、凪沢さん」

「そうね……」

 なんとなく話しずらくなり、話題を作ろうとするが何も思いつかない。黙って客席に向かって歩いていると、突然木本君が足を止めた。

「……どうしたの?」

「ん? いや、今ちょっとスマホを見ようとして鞄を開けたら――ほら」

 彼は鞄から、戦隊ヒーローが持っていそうなおもちゃの銃を取り出した。

「も、もちろん俺んじゃねぇよ。多分万里子の部屋で偶然入ったんだと思う。結構ゴチャゴチャ置いてあったし」

「それじゃあ早く返しに行かないと! 困ってるよ、きっと」

「あぁ、もちろんそのつもりさ。一緒に来てくんねぇか、凪沢さん」

「良いわよ」

 わたしたちは小走りでもとの道を戻った。


 ◇


 例のロックのかかった扉を木本君のカードキーで開けて中に入ると、さっきが嘘のように静まり返っている。

「そういえば、ミーティングするって言ってたわね」

「う~ん、どうしようかこれ。誰かに渡せれば良かったんだが」

「適当にメモ置いて戻れば? 誰もいないんだからしょうがないわよ」

 そう言いながらわたしたちは、ドアのすぐ右の小部屋に入る。小道具や部員の荷物などが、テーブルの上や椅子の上に置かれている。

「……ってか凪沢さん。なんかメモとか持ってないか? 俺、そういうの持ってなかったわ」

「もう、しょうがないわね。じゃあ……はい」

 わたしは鞄から、この前友達と行ったルミナスランドのお土産のメモ帳を1枚差し出した。木本君は「サンキュー」と受け取って、ボールペンでサラサラと何かを書く。その間、わたしはふと部屋の中の小道具が目に入った。おもちゃの銃や魔女が持っていそうな杖、それに小型のコンピュータみたいなもの。見ているだけで楽しくなってくる。つい見入っていると木本君はいつの間にやら書き終わっていて、壁際に立ちすくんでいた。

「あ、木本君ゴメン!」

「ん? い、いや……だ、大丈夫だよ」

 彼は壁に向かったまま答え、床の上の鞄をいじる。そしてクルリと向きを変えて向き直ると、

「じゃあ用事も済んだしさっさと客席に行こうか」

 わたしの背中を押すようにしながら部屋を後にした。


 ◇


「……ん。もうこんな時間か!」

 木本君はわざとっぽく腕時計を確認しながら叫んだ。

「俺、ちょっとトイレ寄ってくからさ、どっか適当に席とっておいてくれるか?」

「良いけど、どこでも大丈夫なの?」

「あぁ。全席自由だからさ。京悟と高溝さんの分もよろしくな!」

 木本君は方向を変えると、もと来た方に戻っていく。さっきトイレは通り過ぎたんだし、その時に行けば良かったのに。すると入れ替わるように藤科君が姿を現した。なぜだかとっても驚いた表情で。

「な、凪沢さん……。今そこで昌隆とすれ違ったけど、どうかしたのか?」

 彼は木本君が走って行った方を見ている。

「うん、ちょっと届け物をしに行っててね。わたしたちは席に座ってましょ」

「それは良いが、高溝さんはどうしたんだ? 楽屋のところでトイレ向かってから見かけてないけど」

「さぁね。夏梨って方向音痴だから、迷ってんじゃない? 席の場所をメッセージで送っとけば大丈夫でしょ」


 ◇


 わたしと藤科君は走って劇場に入る。ほとんどの席は埋まっていたが、運よく前の方に4つ並んで空いていたのでそこを取った。

「あ、いたいた!」

 席に座ろうとすると、夏梨がやってきた。

「あら、夏梨! どうして分かったの?」

「少し前から追っかけてたのよ。呼んだんだけど、気が付いてくれなくて」

「間に合ったか!」

 夏梨の後ろから、木本君が走って戻ってくる。肩を弾ませて、いかに急いでいたかが伝わってきた。

「万里子ちゃんが遅らせてくれたんじゃない? 木本君が最初から観れるように」

 夏梨がクスクス笑いながら言った。

「いや、まさかそんなことはないだろ」

 木本君はドカッと椅子に腰かける。

「俺が座ってるかどうかなんて知れないし、ましてやそこまで――いや、してくれたらめっちゃ嬉しいけどさ」

 彼はニカッと笑い、白い歯を見せた。

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