File14-1 ~チョコレートを買いに~
「来週はバレンタインよね……」
探偵部副部長、凪沢ほのか先輩はカレンダーを眺めながらそう呟いた。いつの間にか、さっきまで動かしていた手は止まっている。
「先輩は誰かにあげる予定とかあるんですか?」
なんて僕は聞く奴はいないだろう。なぜなら彼女の恋は去年の秋、文化祭の日に儚く散っているらしいから。もちろん本人から聞いた訳ではなく、噂程度にほんのりと広まっていたのが僕の耳に入っただけだが。僕、江藤慎一郎は黙々と美術部から頼まれたC館美術室の片付けを続ける。
「ほのかは誰かにあげるの?」
思わず僕は手に持っていた色鉛筆のケースを落としてしまい、ガッチャーンと大きな音が響く。その声の主は美術部副部長、八木優奈先輩である。あくまで僕の意見だが、なんとなく不良っぽい。ちなみに僕と凪沢先輩がここで片付けをしているのは、彼女の依頼によるものである。
「確かほら、好きな人がいるんじゃなかったっけ?」
八木先輩のそんな質問に僕が慌てていると、凪沢先輩はあっさり首を縦に振る。
「いるわ。昔から好きだった人がね」
「へぇ、誰なの? この学校にいる人?」
「違うわ。別のトコ。ちょっと色々あってね……そう、丁度去年のこの時期よね――」
凪沢先輩はいつも見せないような重い表情で窓の外を見つめている。だが八木先輩もそんな様子に気が付いたのか、すぐに話題を変える。
「よし、そろそろ終わらせよっか。もうだいたいオッケーだから。ありがとね、ほのか。それに江藤君も」
「ホントにもう良いの? まだ少し残ってる気もするけど」
「全然大丈夫! サンキューね、2人とも!」
少し強引な気もしたが、僕らは美術室を後にした。
◇
僕と何となくの流れで、凪沢先輩と2人で帰る。あんなことの後で、特に話すネタが見つからないので黙ったままなのだが。
「……ねぇ、江藤君」
後ろから声が聞こえる。振り向くと先輩は歩くのを止めていた。なぜか恥ずかしそうに下を向いている。
「な、何ですか急に」
「ちょっと付き合ってほしいんだけど」
そう言う凪沢先輩の顔は、いつもより数倍“女性のような”顔だった。そして、いつもより数倍真面目な瞳であった。
「へ……?」
僕が返す言葉を見つけようと迷っていると、凪沢先輩が切り出した。
「高校の近くの洋菓子店なんだけどね、ちょっと男の人に来てもらいたいのよ。だから――良い?」
「は、はい、大丈夫ですよ」
……あぁ、びっくりした。
◇
「さっき優奈と話してたら、ちょっと思い出しちゃってさ。わたしが好きだった人のことを。彼、チョコレート好きだから久し振りに会うのに持って行きたいのよ」
凪沢先輩は歩きながらそう言った。
「へぇチョコレートですか――でもなんで僕を?」
「ほら、男の人ってどんなのを貰ったら嬉しいのか分からなくて。ちょっと手伝ってほしい訳よ」
「そういうことなんですね。お役に立てば良いんですが」
「そうだ!」
急に凪沢先輩が手を叩く。
「ついでにあなたのカノジョさんにも買いなよ、チョコ」
「ぼ、僕が……理絵花に?」
「ええ。別に外国では男子から女子にもあげるみたいだし、良いんじゃない? もらって悲しむ子はいないだろうしさ!」
確かに理絵花はチョコレートは好きだし多分、人にあげるより人からもらった方が喜ぶ。
「そうですね。買いますよ、チョコレート」
「うん、決まりね。そのお店、チョコレートのお菓子で有名だしさ」
「ところでそのお店の名前って何ですか?」
「ここだよ」
学校から約15分。少し駅からは離れた場所だが、お洒落な洋菓子店がそこにあった。看板には「Happy fork」とある。
「へぇ、こんなお店があるんですね。全然知りませんでしたよ」
「あら、そうなの? でも美味しいって最近女子の間では噂になってるの。学校からもそんなに遠くないしね」
ガラス戸を開け店内を見渡すとお客さんは1人。私服姿だがおそらく女子高生。ガラスケースを覗きこみ、何を買うのか考え中のようだ。少ししか見えないが、彼女の眼からは真剣な想いが伝わってきた。
ガラスケースの奥にはコックコート姿の男が立っている。長身で肩幅の広いスポーツマンタイプ。顔はイケメンの部類だから多分モテるタイプだろうし、チョコレートもたくさんもらえるに違いないと勝手に判断した。名札には「鳥生」とある。
「さて、どれにしましょうかね、江藤君?」
凪沢先輩がチラリとケースの中を見ただけで聞く。
「もうそっから僕に投げるんですか? 少しくらい自分で考えないと、自分であげたって言えませんよ」
「そりゃそうか。じゃあ……」
その時だ。
「きゃぁぁぁっっっ――――!」
店の奥から女性の悲鳴。
僕と凪沢先輩は顔を見合わせる。鳥生さんも、戸惑っているようだ。だがすぐに、
「お、お客様、少々お待ちください。只今様子を確認して参りますので……」
と言って駆け出した。
「先輩、どうす――って、ちょっと!」
凪沢先輩は彼を追うように走り出していた。僕も急いでふたりを追う――と、その時。何故か厨房の方から何人かの人が走って店の出入り口から出て行く。訳が分からないが、僕は彼らについていく。
店の脇の細い道を通り、裏口らしき扉から中へ。そして入ってすぐ右の部屋に集まっているようだ。
「か、金堂さん……」
男性がドアの傍で呆然としている。部屋の中には3人の女性とふたりの男性。皆、コックコート姿なことから、ここのパティシエなのだろう。
そして部屋の中央には人が倒れている。その人の背中からは、何かがニョキっと伸びている。よくよく見れば、それは――包丁であった。
その包丁の周りは赤く染まっており、白い服のせいで一層目立っている。
彼が亡くなっていることは、ひと目見て分かった。
「皆さん、その場を動かないで!」
凪沢先輩が突然叫んだ。
「今、警察を呼びます。その場を動かないように!」
どう考えても1番の部外者は僕らのはずなのに、その場の大人たちは先輩に従う。
僕は先輩が警察に連絡している間、この場を観察してみる。
調理台の上にはチョコレート菓子がのっている。西洋風のお城みたいなチョコレート菓子。被害者の作っていたものなのだろうか。素人目から見れば、ただただすごいとしか言い表せない。
「江藤君」
「は、はい!」
いつの間にやら通報は済んだようで、凪沢先輩はスマホをポケットにしまっている。
「さっき店内に女の子がいたでしょ? 多分高校生くらいの。その子を引き留めておいてくれる? 何かあってからじゃ遅いし」
「はぁ……分かりました」
「あ、もちろん厨房よりこっちに来ちゃダメよ。江藤君も向こうの店舗の方で待ってて」
そんな指示を受け、僕は来た道を戻る。さっきの女子高生は店内の椅子に座り、律儀に待っていてくれた。
「あの~」
「はい!」
彼女は待ってましたと言わんばかりに立ちあがる。それと同時に二つ結びにした髪がピョンと跳ねた。顔は充分に可愛いくて、そのヘアスタイルとも合っている。背は僕よりも少し低いくらいだから、女性の中でも背は低めな方だろう。
「悪いけどちょっと事件があって……しばらくここで待っててほしいんだけど良いかな?」
「もちろんです! でも事件ってどんな――まさか殺人事件とか?」
「え!」
僕は彼女の勘の良さに驚いた。いや、偶然だと信じたいのだが。彼女は無邪気に笑っている。
「いや、まあ、うん……」
「ふぅん……わかりましたよ」
彼女は微笑んだ。




