File11-3 ~1人の女性と店員たち~
事件関係者
藪塚莉奈(29) 春見恵堂店員 〔誠一の妻〕
香川久未(30) 春見恵堂店員
八町岳二(49) 春見恵堂副店長
藪塚誠一(29) 春見恵堂店員 〔被害者〕
栗川麻理香 春見恵堂店員 〔故人〕
現場周辺図
3人の事情聴取が終わったのか、江木畑刑事は僕たちの待つ部屋に来た。
「目星はついたの?」
理絵花が聞くと、江木畑刑事は残念そうに首を横に振る。
「よく分からないのよねぇ。藪塚さんが逃げなかった訳も、誰が彼を殺害したのかも」
そうして彼女はおもむろに手帳を取り出す。
「とりあえずさっき貝崎君から話があったのよ。栗川麻理香さんの自殺に関して。
栗川さんのご家族、もう彼女が自殺した時にはみんな亡くなっていたの。母親の栗川由佳里さんは自殺の1週間前に病気で亡くなっていて、父親の栗川典孝さんは彼女が高2になった頃に病死している。それから典孝さん、麻理香さんの実の父親じゃないらしいの。実の父親は由佳里さんが麻理香さんを産んだ直後に失踪したようだから。彼の連れ子の諒香さんという子もいたようだけど、彼女は麻理香さんが小3の時に亡くなっている。咲海町にあった泉樹屋での火災に巻き込まれて……。結構な犠牲者を出した火事らしいわ。身に付けていたものからなんとか身元を判断されたようね」
つまり栗川麻理香さんの家族は自殺した時には皆、すでに亡くなっていたという訳だ。事故や病気で家族を失い、恋人とも別れてしまったらああなってしまうのだろうか……。
「栗川麻理香さんが亡くなったのは丁度1年前の今日、12月21日の午後6時ごろ。第一発見者はすでに別れていたはずの藪塚誠一さん。自分の部屋のアパートの鍵を返してもらおうと訪ねたら、発見したそうよ」
「藪塚さんがその栗川さんを殺害した可能性はないんですか?」
僕が言うと理絵花も頷く。
「確かに私もそれは考えたのよ。第一発見者ならまず真っ先に犯行の疑いをかけられる。でも犯行じゃなくて、遺書の隠滅を疑われるってことは何かあったのかしら?」
「さすがはリエちゃんね」
江木畑刑事は笑いながら手帳を再びめくる。
「栗川さんに抵抗の跡が全く残っていなくてね。睡眠薬の類も検出されなかったし、そもそも藪塚さん、昔に腕に負った怪我のせいで利き手の右腕に力が入らなくなっているそうで。首を締めて殺害なんて難しいんじゃないかということで彼は容疑者から除外。だから藪塚さんは自分が責められることを恐れて、遺書を隠して莉奈さんにメールでそれっぽい遺書を送ったってのが噂になってるの。まあ栗川さんが遺書を残さずに自殺したって可能性もあるからなんとも判断できないけど。とまあこんなものかしらね、栗川さんの自殺に関しては」
「じゃあ3人の事情聴取、どんなことを話してたのか教えてよ」
「ええ。まず話を聞いたのは香川さんで……」
◆
「そうね。確かにマリちゃん――栗川麻理香ちゃんとは仲良くしてて、その自殺の原因となったであろう藪塚誠一は恨んでいたわ。その証拠を掴むためにわざわざあんな男と付き合ったのも事実。でもあの男、あたしの本性に気が付くとさっさと莉奈さんと結婚までして、他の店にわたしを飛ばそうとしたの。まあだから1番あいつを殺したかったのはあたしかもしれないわね」
香川久未さんは怪しい笑みを浮かべる。最も誠一さんを殺す動機が見えるのは彼女だが――実際はどうなのだろうか。
「では香川さん。あなたがあの廊下で気が付いたことはありますか?」
「実はね、警部さん。あたしあいつに会ってるのよ」
「あいつといいますと藪塚誠一さん?」
「ええ、そう。あの人殺しにね」
吐き捨てるように言う香川さん。テーブルの上の彼女の拳はプルプルと震えていた。
「さっきも言った通り、あたしは近いうちに泉樹屋の春見恵堂を追い出されることになってた。あいつにとって邪魔だったんでしょうね、証拠を求めるあたしは。彼のショーはなかなかの業績があったし、他にも色々とやってるあいつは甲崎店長を取り込んで発言力もあったから。だからそのことの文句を言いに」
「文句というのは、『自分を他店に追い出すな』というような?」
「そうです。さらに『ここにいなくとも絶対にマリちゃんを殺した証拠を掴んでやる、そしてあんたの本性を暴いてやる!』ってね。……でも今思えばなんだかおぼつかない感じで、いつものような反論もなかったわ。さっさと帰ってくれの一点張りだったし」
「ほぉ」
真井田警部は手帳の「11時40分~11時58分」のところに「おぼつかない様子・睡眠薬を飲んだか?」と書いたのが見えた。確か睡眠薬が紅茶から出たという報告があったから、その時彼はすでに意識がもうろうとしていたのだろう。
「ちなみにその藪塚さんと会った時の、部屋の中の様子は?」
「いつも通りだったと思いますよ。あいつの様子が変だっただけで。いつものように机の上は散らかってたし、棚もごちゃごちゃ。机には水槽みたいなのが乗っかってたわね。あとあいつは寒がりだから、部屋の中を暑いくらいに暖めるの。ヒーターをガンガンに入れて。あの時も温風がムワッときたの覚えてる」
「では最後にお聞きしたいのですが、行きは右へ行ったのに帰りは左からでしたよね? あれは何か理由でも?」
「大した理由なんてないですよ。少し廊下が暑かった気がしたから温度を下げただけ。10時過ぎにも下げたと思うんだけど少し暑くて。あたしとしてはあんな廊下に冷暖房が付けなくても良いと思うんですが。八町さんも言ってましたし。エアコンのスイッチは丁字路を左に曲がったところの左側の壁にあるから、行きと帰りで違ったんでしょうね」
*
「確かに栗川さんとは仲良くしていたかもしれません。ですがそれは仕事場の上司としてのこと。たまにレストランや喫茶店で話を聞いてあげただけです。特に親密な関係ではありませんよ。それに……」
八町岳二さんはそこまで言うと眼鏡を指先で押し上げた。
「私、子供も妻もいませんからなかなか楽しかったですよ。新鮮な感じで。だから彼女が自殺したと聞いた時はショックで……まさかあの栗川さんが……」
口では親密な関係ではないと言っていたが、あまりそうではなさそう。彼の震えた声や心底悲しんでいる様子から私はそう思った。
「店の中では誠一君が自殺の原因なんて言われてますが私は信じていません。だとしたら何か誠一君のことを私に話してきそうなものですし。莉奈さんの受け取った遺書、あれが本物なんじゃないですかね」
「では栗川さんの話はそれくらいにして、今日の話をいたしましょうか。あの廊下などで気が付いたことはありませんか?」
「実はですね、警部さん。私、準備室を見に行ったんです」
彼はまた眼鏡を押し上げ、慎重な口調でそう言った。香川さんだけでなく、八町さんも被害者と会っていたのか?
「何のためですか?」
「誠一君、いつもヒーターをあの部屋で長時間使うんですが、万が一火事にでもなったら大変でしょう? だからたまにそれを注意しに行っているんです。私、そういう無駄遣いとか許せないタイプなので。でもあの時は不在だという札がノブに掛かっていたので早々に店舗へ戻った訳です。少し在庫の確認をしてから」
「では廊下などで何か変わったことなどはありましたか?」
「そういえば工事の音がいつもよりうるさかったですかねぇ。なんだか今日は一段とうるさかった気がします。気のせいかもしれませんが」
工事の音か。私たちは聞いてないけど、リエちゃんたちなら何か分かるかな? それに多分その音のせいで彼が助けを求めても外には聞こえないだろう。
「ところで八町さん。あの倉庫だけでは店の全ての在庫は置ききれないのでは?」
「ええ、もちろんそうです。改装中なので使えないんですよ。ですから店外の空きスペースを使っています。少し面倒ですが仕方ありません。そういえば今日、何度か莉奈さんはそちらへ向かっていましたね。特に事件とは関係ないと思いますが」
*
「麻理香は気の合う友達でした。歳も同じだからか、なんだか通じ合っちゃったんです。プライベートでも数えきれないほどの場所に行きました。だから自殺したときは……」
藪塚莉奈さんはハンカチで目元を抑える。親友の死はよほどショックだったのだろう。
「でも麻理香はわたしに遺書を送ってくれたんです。ほら、これ」
莉奈さんの見せた差出人が栗川麻理香のメール。確かにさっき言っていたように、自殺の理由は母の死であると書いてある。他にも莉奈さんへの感謝、一緒に働いていた人への詫び、恋人の藪塚誠一への気持ちが書かれている。
「麻理香は私の姉みたいな存在でした。わたしの相談に乗ってくれたり、気遣ってくれたりして。まるで本当に姉妹だったみたいに過ごしたんです。だから本当に辛かった……でもまさか今日またそれと同じ気持ちを味わうとは……」
誠一さんとの結婚は、香川さんのように愛のないものかもと思ったが、この涙は――どうなんだろう? 私にはよく分からなかった。栗川さんの死の理由を突き止めるために近づいたのだろうか。
「お辛いでしょうから、話せる範囲で構いません。あの廊下での行動を教えてください」
莉奈さんはハンカチをテーブルにゆっくりとした動作で置いてから話し出す。
「先ほども言いましたがわたしは夫の作業を手伝うつもりであちらに行きました。不在だという札が掛かっていたんですが、そのうち戻ると思って10分ちょっと待っていました。でも現れる気配がなくて店舗の方に戻りました」
特に引っ掛かる点はない。仮に莉奈さんが犯人じゃなかったら、すでに誠一さんは亡くなっていたのだろうから現れなくて当然だし。
「では廊下において気が付いた点はありますか?」
「そうですね……工事の音がいつもより大きかった気がします。気のせいかもしれませんが」
八町さんと同じ証言。何か関係あるのかな?
「あと、そうそう。やけに廊下が寒かった気がするんです。もしかしたら誠一が何かを伝えに来ていたのかもしれませんね」
私も背筋が寒くなった気がした。
◆
「……という感じ。どう? 何か分かる?」
江木畑刑事はパタンと手帳を閉じながら問いかける。理絵花は下を向いて考え込んでいるので僕が聞く。
「事情聴取の後、さらに何か調べたことはあるんですか?」
「一応3人の言っていたことが本当か確認したわよ。まず工事の作業員に音に関して聞いたけど、別に普段通りだったと思うって言われちゃった。その人らの勘違いだろうって。あと八町さんの言っていた、莉奈さんが臨時の在庫置き場に何度か向かったということ。それはたまたま何度も行く羽目になっただけだとか。防犯カメラをチェックしたら4回行っていたわね、誠一さんの姿が最後に確認されてから」
「ちなみにその臨時の置き場はどこなんですか?」
「倉庫や準備室と壁を挟んで向こう側よ。少し面倒くさそうな場所だと思うけど。あと香川さんの言ってたエアコンのスイッチ。指紋を調べたんだけど不自然なところはなく、出てきたのは甲崎店長、八町さん、香川さんだけ。八町さんのが多くて甲崎店長と香川さんは少し。主に八町さんがキチキチ管理しているらしいから彼が1番多いんだろうって」
「なるほど」
理絵花はフフッと笑った。――ということは?
「もしかして分かったのか、誰が犯人なのか」
「もちろんよ慎ちゃん。あの人しかありえないわ。これを成し遂げられるのは」




